〜 アンジェリーク 〜

【歪み・16】

 

 女王謁見の間。
 筆頭守護聖たちは視察先で起きた出来事を、光の守護聖はざっとだが実にきっぱりとした口調できびきびと報告していた。全体を通して把握しているであろう闇の守護聖が口を開こうとせず、光の守護聖が報告せざるを得なかったのである。
 「それでは今回のバランス異常は、たった一つの小さな石が引き起こしたことだと・・・」
女王の代弁者である女王補佐官ディアは信じられないと言いたげに唇を震わせる。手のひらにのってしまう小さな石ひとつで惑星一つが滅んでしまうかもしれなかったという事実に衝撃を受けていた。
 宇宙を構成する惑星は数多あり、女王補佐官という立場から今まで幾つもの惑星の危機的状況に遭遇してきたが、これほどまでに理不尽なものはなかった。
 反射的にレースで作り上げられた御簾越しにいるであろう女王の様子を窺ってしまう。するとレース越しに緩く頷く気配がした。
「その石は、今、どちらに?」
さっと気を取り直したディアは毅然とした態度で女王の言葉を伝えた。
 その様子にクラヴィスはふっと口許を微かに歪めると、己の懐から小袋を取りだした。
「ここに・・・」
言いながら袋の口を開き中身を手のひらへあける。
 室内の照明を受けて黒々と輝く石の小片。
 それを目にした光の守護聖の表情が翳りを帯びたが、女王補佐官も闇の守護聖もそれに気づかなかった。
「クラヴィス、貴方はそれをどうするつもりですか?」
平素の声音とは微妙に異なる神秘的な響きを宿した言葉に、クラヴィスは方眉を引き上げて見せた。
「我々で管理するしかあるまい?」
それ以外になかろうがとディアの口を介しての女王の言葉に不遜な態度で返答する。
「クラヴィス!」
間髪入れずジュリアスの叱責が飛ぶが、闇の守護聖はそれをあっさり無視した。そして再び石を袋へと戻すとそれをディアの手に押しつけ、自身は用が済んだとばかりに謁見の間から退室してしまった。
 その背を見送った女王補佐官は苦笑を浮かべて怒りに満ちている光の守護聖に視線を戻し、
「しようがありませんね、クラヴィスは・・・」
慈母の如き優しい顔で呟く。
「それではこの石はわたくしが責任を持って預かっておきます。女王陛下とご相談してしかるべき場所に封印することにいたします」
それでよろしいかしらと問われ、ジュリアスは首肯するしかなかった。

 

 謁見の間を後にした闇の守護聖はそのまま自分の館へと戻っていた。
 視察などで聖地を長らく留守にした場合、通常は帰還の報告を首座もしくは女王補佐官に済ませた後、数日間は休息をとることが義務づけられている。
 お気に入りの長椅子にその長身を預け、クラヴィスはくつろいでいた。その傍らの卓には酒肴が取り揃えられている。
 久方ぶりに身体を休める安堵感にクラヴィスの表情が自然と優しいものへと変じていた。その視線の先、手のひらの上にはつい先刻まで自分がしていた青金石のピアスがある。
「あれも・・・難儀なことだな」
自分より余程疲れているであろうにてきぱきとした態度で報告していたジュリアスの姿が、そのピアスにだぶるようにして思い浮かんだ。そしてそんなことを思っている自分に苦笑を禁じ得なかった。
 ピアスを卓にそっと置き、長椅子に横になるとその目を閉じる。
 しばしの微睡みを身体が欲していた。

 「クラヴィス様、光の守護聖ジュリアス様からお手紙が届いております」
ごく控えめに館の執事の声がし、クラヴィスは目覚めることを余儀なくされた。折角心地よい眠りに就いていたのに無粋なと思いつつも執事を部屋へ招じ入れる。
「ジュリアス様からこちらをお預かりしております。何でも至急の件ですとか・・・」
不機嫌な様子を隠そうとしない主に臆することなく執事はそう告げ、手にしていた書簡を主に手渡すと早々に退室していった。
 手渡された封筒を面白くなさそうにクラヴィスは見遣り、開封せずに卓へ置こうとした。が、妙に封筒が膨らんでいることに気がつき、それに促されるようにして封を切った。
 中に入っていたのは、流麗な文字でしたためられた手紙と紫水晶のピアス。
 微妙に表情を和らげたクラヴィスはピアスをつけ直し、改めて便箋へと視線を走らせ、苦笑を浮かべた。

 

 数日後、出仕するのに差し支えのない程度に体力の回復した光の守護聖は、早速闇の守護聖の執務室に足を運ぶと開口一番叫んでいた。
 珍しく髪を耳にかけているため、露わになった耳朶で青金石のピアスがその存在を主張している。
「今回の件の報告書を本日までに提出せよと申し渡しておいただろう!」
あまりにもいつもの通りなその様子に闇の守護聖は苦笑を禁じ得ず、ふっと口許を歪める。
「何が可笑しい!」
ますます眉間に皺を寄せて怒りを露わにするジュリアスに、クラヴィスは別にと低く応じる。
「!!」
そのあまりな態度にさらに何か言ってやろうと口を開きかけたジュリアスだったが、すぐに冷静さを取り戻した。
「ともかく、今回の件で誰よりも事情に通じているのはそなただ。報告書は明日までに必ず私の元へ提出するよう」
そう言い切ると、相手の返答も待たずに自分の執務室へと戻っていった。
「やれやれ・・・」
軽い吐息とともに闇の守護聖は傍らに除けてあった書類へと手を伸ばした。

 今回の報告書が光の守護聖の元へと提出されたのは、この日の夜遅く、日付が変わる間際となる。

 

END

 

 
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