〜 アンジェリーク 〜

【幻 春 〜結び〜】

 

 光の守護聖の執務室に、何の先触れもなく闇の守護聖は訪れ、開口一番告げた。
「これから視察に行くのだが、一緒に行かぬか?」
いつものように淡々と表情を変えることなく、ただ静かにそう告げたのだった。
 ジュリアスはその突然の申し出に戸惑い、ついまじまじと相手の顔を見つめてしまった。
「どうしたのだ?いきなり視察につき合えなどと・・・」
普段が普段なだけに、ここ数ヶ月の間、怠ることなく視察に赴く姿を見せられ続けて戸惑いを禁じ得ないジュリアスは不審も露わに尋ね返す。
 熱心に執務に勤しむ闇の守護聖の姿などはっきりいって違和感が漂う以外の何者でもないのだ。それがこうして犬猿の仲だと言われ続けて久しい自分を惑星への視察に誘うなど俄には信じ難いことであった。
「別に・・・」
闇の守護聖は短くそう言うとくるりと踵を返してしまった。
「待て!誰も行かぬとは言っておらぬ」
慌ててジュリアスはそう声をかけてさっさと退室してしまおうとしたクラヴィスを引き留める。
 扉の近くでクラヴィスはその歩みを止め、再び首座の守護聖へ視線を投げた。
 紺碧の双眸が真っ直ぐそれを捉える。
「一緒に行くのは構わぬが、さほど時間は取れぬ。それでも良いか?」
濃紫の双眸が、執務机にうずたかく積まれた決裁待ちの書類を認めた。
「・・・・・・、仕方なかろう」

少々残念そうに呟いたと思ったのは、ジュリアスの気のせいだったのだろうか。

 クラヴィスに連れられるままにジュリアスが訪れた惑星。
 そこは地の守護聖ルヴァの好みにあいそうな文明を築いている星だった。

 ジュリアスが案内されたのは、一面に淡い桃色の花が咲く山だった。
 その花はジュリアスが今までに一度として見たことのないものだったが、その美しさは格別で思わず賛嘆のため息をついていた。
「これは、見事な・・・」
山を桃色に染め上げている光景は何とも言えず見事な光景だった。
 紺碧の双眸が柔らかく和んでいくのを傍らから見つめていたクラヴィスはジュリアスをさらに連れて山頂近くまで導き、周囲の木々よりもさらに見事な花を咲かせている老木のもとへと誘った。
 ずっしりと花を咲かせた一枝に手を差し伸べながら、
「これは、『桜』という花だ」
闇の守護聖は静かに語りだす。
「『春』になるとこうして花を咲かせるのだ。そして満開になったと思うとすぐさま風に攫われるようにして散ってしまう」
何と哀しくも潔い花ではないかと語る口調は何を思いだしているのか少々寂しげだった。
「おまえにこれを見せたかったのだ」
静かに、静かにクラヴィスは告げる。その視線は老木から外れることはなかった。
「・・・そう・・・か」
声に誘われるようにして見遣った視線の先、濃紫の瞳に宿る想いにはっと胸をつかれたジュリアスはそれ以上言葉を重ねることはできなかった。

 光と闇の守護聖の頭上で、風に攫われるようにしてはらはらと桜の花びらが散っていた。

 

END

 

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