1787年8月10日、ヴィーンで作曲された。(自筆作品目録による)最も有名なクラシックの曲であるが、謎の部分も多い。
モーツァルト自身は、セレナードあるいはディヴェルティメントのどちらにも分類していない。アイネ・クライネ・ナハトムジークと記載した。直訳すると一つの小さな夜の曲である。もともとセレナードとディヴェルティメントの区別は曖昧であった。セレナードの語源はイタリア語の 晴天のもと → ”戸外で” という意味である。セレナードの弦楽器の基本的編成は、ヴァイオリン2部、ヴィオラ、コントラバスである。チェロは座って演奏しなければならないので含まれていない。現代の我々にとってはコントラバスのほうが移動するのに大変ではないかと思うが、専用の台車があったらしい。
一方、ディヴェルティメントは室内楽を指している。フランス語の 気晴らし が語源であるという。誤解を招くかもしれないが、食卓の音楽やBGMを想像すればイメージとしては間違いではない。アイネ・クライネ・ナハトムジークの楽器編成は弦楽器のみの ヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス のパートに分かれている。従って、モーツァルトは完全に室内楽として構想したことを示している。また、弦楽五重奏曲説も存在するが、私は否定する。(学者特有の考えすぎで、理論的にはあり得るかもしれないが、一般的な考え方としてはどうかと思う。)
モーツァルトの目録によるとアイネ・クライネ・ナハトムジークは全5楽章の構成である。
第1楽章 アレグロ
第2楽章 メヌエット&トリオ (消失)
第3楽章 ロマンス − アンダンテ
第4楽章 メヌエット − アレグレット &トリオ
第5楽章 ロンド − アレグロ
自筆譜は本来8葉であるが第3葉目がはずされて、残されているのは7葉だけであるという。残念ながら、楽譜初版は作曲後40年経った1827年の発行であるので、初版の楽譜も第2楽章部分は丸ごと欠落している状態である。ちなみに、セレナードの分野についてはモーツァルトの生前には一曲も出版されていない。当時セレナードは1回限りの使い捨ての音楽に近かったのである。
失われた第2楽章はその後も発見されていないので、現在も欠落した形態で演奏されている。いうまでもなく、モーツァルトは作曲を始めると最後まで仕上げるか、或いは中断した場合は永久に放置した。ベートーヴェンのように長期間かけて作曲することはなかった。また、モーツァルトは即興に優れていたがブルックナーのように完成してから書き直すこともなかった。(現実的な問題で、例えば、演奏家の技量や依頼者の意向で修正することはあるが、)モーツァルト自身が完成した曲を1楽章分まるまる削除することは考えられない。何者かが持ち去ったことは間違いない。全4楽章のほうがまとまりが良いと主張する人がいるが、私は賛同しない。また、似たような楽章を挿入する発想も否定する。
アイネ・クライネ・ナハトムジークは人口に膾炙(かいしゃ)している曲である。CDの売り上げも他のモーツァルトの曲を大きく引き離してのトップである。モーツァルトに関して薀蓄(うんちく)を傾けるようになるとあまり聴かなくなる曲であるが、一点の曇りもない名曲である。
演奏・録音
BMG オイゲン・ヨッフム 指揮 バンベルク交響楽団 1986年4月録音 を挙げる。このCDのヨッフムの絶妙なテンポのとり方は素晴らしい。残響がやや多いがオーケストラの音質もドイツの伝統を良く引き継いでいる。この組み合わせによる他のモーツァルトの曲目も是非聴いて欲しいと思う。ヨッフムはブルックナー指揮者であるが、やはり、モーツァルトの演奏も素晴らしい。
Serenade No.13 "Eine kleine nachtmusik" in G major K.525
Music was written in Vienna on August 10,1787.Mozart itserf has classified into neither serenade nor divertimento.It was indicated as Eine kleine nachtmusik .(Night music) Mozart conceived of as chamber music completely.According to Mozart's table,there are all 5movements.But the 2nd movement Minuet & Trio is also missing now.
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