1779年4月26日に完成されている。同年1月15日ころ、モーツァルトは、一旦、パリ、マンハイムの旅行から、故郷ザルツブルクへ戻った。この旅行で同行していた母親は亡くなっている。しかし、作曲の上ではパリでギャラント様式(優美で華麗な様式)に触れ、また、マンハイム学派との接触はとても意義深いものであった。この曲を作曲した時のモーツァルトは最早ザルツブルクに留まることは毛頭考えていなかった。モーツァルトはやがてヴィーンへ向かうのである。
マンハイム学派はマンハイムの宮廷を拠点としていた作曲家達で、その中心は ヨハン・シュターミッツ (1717〜1757) であった。あらゆる音域の楽器を使い、当時としては画期的な響きを持つオーケストラを持っていた。生没年が示すとおりモーツァルトが生まれた翌年にシュターミッツは亡くなっており、直接の交流はなかったが、その影響はまだ残っていた。ちなみに私は学生時代に、日本モーツァルト協会の例会で、シュターミッツの弦楽四重奏曲ではあったが聴く機会があった。これをそのままモーツァルトの曲であると紹介されても当時の私には区別できないものであった。
交響曲第32番は作品番号が付けられているものとしては最後の完全な序曲スタイルの交響曲である。約8分程度の曲で、3つに分かれているが切れ目なく演奏される。主調はト長調であるが、後にトランペットとティンパ二のパートが加えられている。
モーツァルト自身は、自筆譜に日付のみを書き込み、タイトルや作品の分類をしていない。専門家でも種々の意見があり、決定的な説はないが、何らかの作品のために作曲された意図があることは、間違いないとされている。交響曲は、どうしても、楽章により分断される欠点があるが、この作品は圧倒的で、均衡した構造を持っている。コーダ部分は安定した輝かしいものとなっている。
この曲の印象は未来への希望に満ちている。敏感な諸氏は、今までの交響曲とは違いモーツァルトの音色が完熟したことを聴き取るであろう。多くの人には聞き流されているが、重要な曲であると思うとともに、私が個人的に好きな曲である。(MIDI参照)
演奏・録音
2007年、サー・コリン・デイビスの80歳の誕生記念の年にシュターツカペルレ・ドレスデンの交響曲集(5枚組)がリリースされた。2枚目の冒頭に交響曲第32番が収録されている。理想的な現代オーケストラの演奏である。残念ながら、海外盤のみで、廉価盤については売り切れたようである。
参考として、私の手元にある 2000年1月27日、 高関 健 指揮 大阪センチュリー交響楽団 の演奏 (FM 録音) が気に入っている。この時の演奏会は、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 K.364 を組み合わせているが、モーツァルトを良く理解していると思う。トランペットとティンパニが加わった楽譜を使用している。演奏は活気に満ちている。
Symphony No.32 in G major K.318
Symphony No.32 is completed on April 26,1779.Mozart once returned from the travel of Paris and Mannheim,January 15,1779.The Symphony is a symphony of the last perfect overture style as what is numbered.This music is truly filled whith the hope to the future.Mozart's tone attened full maturity unlike the old symphony.
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