≪きまぐれ月記:2004年12月≫
私が鬱気味だったため、何を書いてしまうか分からないので更新をお休み、というか自粛していたのですが、今週から再開することにしました。休止中も頻繁に来てくださっていた方もいるようで、管理人として嬉しく思うと同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。どれだけのことができるかは分かりませんが、これからの更新で少しでもお返しできればと思います。まあ私くらいになると、鬱病でなくてもヘマをやるくらい簡単なんですけどね!
・・・ゴホン。
更新を中断している間にも、色々なことがありました。一応これは日記なので、私の足跡を残す意味でも、まずはそこから書いていこうと思います。
それでは運営再開! 明るく、楽しく、さわやかに再スタートです!
愚痴日記(オチから入ってみました)
9月30日。
これまで勤めていた人材派遣会社を辞めた。私にとっても突然の話だ。なにせその日に出勤するまで、会社を辞めるつもりはなかったのだから。いや、退職の手続きは終わっていたのだが、その代わり翌日から、派遣先の会社の社員として働くようになっていた。というのも栄転のような話があったからだ。もちろん次の会社への入社手続きも終わっていた。それが1秒も働くことなく退職することになったのだ。
読んでいて意味がさっぱり分からないかもしれないが、書いている私だってよく分からない。でもこれは事実だったりする。
このエセ栄転もどきまがいの話だが、問題だらけの派遣会社から派遣先の大企業(業績絶好調)に異動するわけだから、条件的には結構良かった。引越し不要で、勤める工場も同じ。変わるのは職場だけ。給料アップに有給の日数アップ。私にとって最も大きな問題であるタバコに関しても、現状よりはマシな環境だと聞いていた。だからこそ、その話に乗ったのだ。
でもその時から、こうなる可能性があることには気付いていた。なにせ「タバコのことは問題ない」と言っていたのが喫煙者だったから。私は長年タバコ嫌いをやっているから、喫煙者と非喫煙者、嫌煙者、そして私を含むタバコ拒絶者とで、タバコに対する感覚が全く違うことは知っている。だから「タバコのことは問題ない」という話を喫煙者2人から聞いたところで、全くアテにしていなかった。でもまさか、臭いから逃げようがない、以前よりも酷い職場だとは思わなかった。だからそれが分かった9月30日に、以前の会社と次の会社を、2つ同時に辞めることにしたのだ。
私自身、いつまでもその会社に勤めているつもりはなかったが、辞めるのは定年まで働ける会社への就職が決まってからであり、少なくとも今年いっぱいはお世話になるつもりだった。しかし人生、なかなかうまくいかないものだ。
しかもすぐに、新たな問題が待っている。実家に帰ったら「またタバコで会社を辞めたのか!」と親に言われて、大喧嘩になることは目に見えている。私は実家では、お荷物にして疫病神なのだ。
なので実家に帰らず、寮にいさせてもらえる間に部屋を探して、しばらくはバイトをしようと思っていた。しかしすでに無職となり、保証人もいない人間に、部屋を貸してくれるところはないらしい。当たり前といえば当たり前だが、この手のことはさっぱり知らなかったせいで、部屋探しで1日を無駄にした。
結局実家に帰ることになり、予想通りの大喧嘩になるのだが、それでも帰るところがあるというのはありがたいものだ。なにせ私が本当に孤独な人間だったなら、今ごろ橋の下とか、公園のベンチとかが似合う男になっていたかもしれないし、このサイトも永久に中断だ。
帰宅前の話に戻るのだが、長らくお世話になった会社と寮だから、なんだかんだといっても愛着はある。「楽しい思い出:辛い思い出=1:5」くらいの生活だったし、サイトを運営していなければ「1:100」くらいになっていただろうけど、ある種の楽しさがあったことは確かだ。なにせ超がつくほど文章を書くのが苦手な私が、こんなにも長く日記を書き続けることができたのだから。これは私の成長もあるとは思うのだが、何よりも膨大なネタを提供してくれた会社と寮のおかげだろう。
そんな会社、そんな寮とも今日でお別れ。
1年以上も暮らしていた、この六畳一間とサヨウナラ。もう2度と来たくないから、だからこそのサヨウナラ。
このサイトを見ることはないだろうけど、お世話になった会社の皆さま、ありがとうございました。突然の話で驚かせてすいません。
ミーティングの時間にした、数分間の稚拙なタバコスピーチを聞いただけでタバコを止めてくれた、そして気が付くと一番仲が良くなっていた、そして9月30日に有給をとって休んでいたため挨拶すらできなかったSさん、ありがとうございました。
そして私は愛媛にある実家に帰ったのだが、何日か経ってから、最後の日に干していた洗濯物を、ハンガーと一緒に全部忘れて帰ったことに気が付いた。見落としようがない場所に干していたから、寮務担当の上司はきっと唖然としたことだろう。
やっぱり最後は会社に頼らず、自分のネタでしめないとね!
以前暮らしていた寮と実家との直線距離は、約100km。もう少し詳しく書くと、海を挟んであっち側とこっち側だ。なのに今回の帰省にかかった時間は約10時間。時速にすると約10km/h。この異様な遅さは、お金をケチったことが原因でもあるのだが・・・
愛媛の周辺って、空間がゆがんでいるんでしょうか?
トップページに書いてあるのでご存知だと思いますが、サイト名を “管&エディのミックスキャンディ”
から、“夜明け前の月明かり” に変更しました。
この新しいサイト名、個人的には気にいっています。だって、「意味はさっぱり分からないけど様々な解釈ができそうで、サイトの内容にピッタリ合っていると感じる人もいるかもしれない、真面目風で格好良さそうな名前」って、このサイトにピッタリだと思いませんか?
まさに、うさん臭さ爆発!
ちなみのこのサイト名、私の名前とは何の関係もありません。以前のサイト名は2人のハンドルネームをもじっていたから今度は本名だろうと想像し、「夜明け前の月明かり」を見てピンときて、前野あきら(または前野あかり)という名前を電話帳で探した人、いましたらごくろうさまでした。残念ながら違います。
・・・で、ここからが重要な話になるのですが・・・。
旧サイト名とのギャップで笑った人、正直に手を挙げるように。
はーい。
ついに1万ヒットを記録した。私がパソコンから離れていた時期のために、気がつくと越えていたという悲しい事態になったのだが、1年目(11ヶ月)で1万を超えたのは凄く嬉しい。実際には勘違いでアクセスした人や、望んでいた内容ではなくがっかりした人がほとんどだろうけど、それでも誇りを持っていい数字だと思う。
テキストサイトや絵日記サイトの管理人は、こんな時に記念イベントを行うことが多い。私もテキストサイトの管理人だから、その気持ちは良く分かる。こういったサイトを開いていると、喜んでほしいというサービス精神だとか、いつも見てくれる読者への恩返しだとか、少しでも読者と触れ合いたいといった気持ちが湧いてくるものだから。それにアクセスアップのチャンスでもある(笑)。兄弟サイトの中にも、記念イベントで盛り上がっていたところがあるようだ。
それに比べてこのサイト。
1万ヒット記念イベントが、サイト名の変更と更新再開。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
私には姪が2人いるのだが、下の子はまだ幼稚園児のため、色々と面白いことをやってくれる。特にアスパラガスのベーコン巻きの食べ方が最高だ。
その子は以前、ベーコンをはがしてそれだけを食べていたため、食後は皿にアスパラガスだけが残されていた。しかし久しぶりに一緒に暮らすようになって、その変ぼうぶりに大笑い。ベーコンをはがしてから食べるというのは同じなのだが、食べるのがアスパラガスで、残すのがベーコンなのだ。食べ物の好き嫌いというのは関心のある事柄でもあり、今後の成長がとても楽しみだ。
姪の成長を楽しみにする私は、いろいろピンチな独り者。借り物で親バカ気分を楽しんでいます。
姪がおもちゃのおみくじを持ってきた。1本引いて渡したら、それを見た姪は「バツ」だと言う。
はて、おみくじでバツ? おもちゃだから、マルやバツが書かれているのか?
と思ってすぐにピンときた。漢字の読めない姪が、おみくじで「バツ」と読みそうなものといえば・・・凶!
どっちにしてもダメじゃん!
就職が決まった。人材派遣のような会社で、大企業の中に入って2交替制のライン作業を行う仕事だ。残業もかなり長い。
以前の会社と共通点が多いのは、別にそれが好きだからではない。夜勤なんてしんどいこと、本当はやりたくない。しかし私が勤まりそうな会社というのはあまりないし、私を雇ってくれる会社というのもあまりなく、どうしてもこうなってしまうのだ。もちろん待遇も良いとは言えず、総合的には以前の会社よりはマシという程度だろう。時間をかければもっといい会社が見つかったかもしれないが、実家にいづらい事情が2つほどあり、さっさと逃げ出したかったのだ。
・・・私は一応長男なんだけど、親もそれを望んでいるので、特に問題はないはずだ。
実はものすごく条件のいい会社(給料は現在の会社の約2倍!)があって面接を受けたのだが、そっちは見事に落っこちた。というか、落としてもらった。職場の分煙が十分じゃないって、それでも本当に業界最大手ですか! 日本最大級の会社が、そんなことでいいんですか!
あーあ、もったいない。職場が禁煙なら、単純作業のスペシャリストを雇えたっていうのにな〜。あー、もったいない。膨大なお金はかかるけど、せめて分煙にでもしていれば・・・
・・・普通、現状維持を選ぶよな。
注:タバコの問題は様々だが、分煙という手段で解決しようとすると、そのための設備に膨大なお金がかかる。そしてそのための資金は、喫煙者ではなくなぜか企業が負担しているのが現状(喫煙者と非喫煙者で賃金に差がある会社はほとんどない)。愛煙家に厳しい世の中というが、実際には現在でも、非喫煙者よりずっと優遇されているのだ。
赴任の日の朝。別れを悲しむ彼女は、目に涙をためて私を見つめていた。
ふっ、永遠の別れでもないのに、恋人でもない女を泣かせるなんざ、オレも罪な男だぜ。
本日のゲスト : 姪(4歳)
赴任の日。私はフェリーの中で考えていた。船や電車に乗って各地を旅し、それをエッセイにして出版することができるなら、今よりも楽しく生きられるのではないだろうかと。
作家として生きることは、私にとって現実的とはいえない。しかしそれに近い生き方というのは不可能ではない。自分のサイトを持っていれば、少なくともマネ事ならできるのだから。
問題は旅費と生活費をどうするか。
そして・・・肩書きが、住所不定無職になってしまうことだが。
今回の更新分は11月の話です。1ヶ月ほど前の出来事ですが、気にしないでください。細かいことを気にしていると、どこかの管理人みたいに髪が薄くなるかもしれませんので。
・・・はぁ。
赴任の日。
私は迎えに来てくれた会社の人に案内され、車で寮に向かっていた。会社があるのも寮があるのも
“市” なのだが、事前に聞いた話では、車がないと不便なところらしい。まあ少し前まで暮らしていたところも、“市”
でありながらバスが2時間に1本で最終便が18時前だったから、似たようなものだろう。ちなみに私の実家がある
“市” は、少しだけマシだと思う。
・・・が、目的地が近付いてくるにつれ、不安がどんどん増してきた。
ここ、本当に “市” !? どう見たって、途中で通った “町” よりも田舎だよ!
そして寮に到着。私は唖然とした。周囲には民家もあるにはあるが、それ以外には山と田んぼしか見あたらない。
・・・また、凄いところに来ちゃったみたいです。
ああ、なんでこう、私はギャグ漫画の主人公みたいな生活を送らないといけないんだろう。私がこの日記に書きたいのは、オチがつくような話ではないのに。もっと、こう、なんていうか・・・例えば・・・
のき下にツバメの巣がありました。春にツバメがやってくるのが楽しみです。
・・・というのは、フン害で苦労しそうだからパス。こうじゃなくて・・・
寝坊して慌てて会社に向かっていたら、曲がり角で同い年くらいの女性とぶつかりました。彼女が持っていた買い物袋から中身がこぼれてしまったため、それを拾っていたら会社に遅刻してしまいましたが、それがきっかけで彼女と親しくなることができました。私にも春がきたみたいです。
・・・というのは、私が自動車通勤だから大惨事になっちゃうけれど、ともかくそういった方向性でオチのつかない出来事を望んでいるのだ。それなのに、なんでこうなるんだろう。見つけたのがツバメの巣じゃなくて、巨大なクモの巣でどうするんだよ。クモの観察日記を書いたって、誰も読んでくれないよ。
しかし部屋に入ってみて驚いた。6畳の部屋とは別にキッチンや風呂がついている、ワンルームマンション形式になっている。しかもかなり奇麗で、使われた形跡がない。
また、そのすぐ後で分かったのだが、車で3分くらいのところにスーパーなどがあり、割と快適に暮らせそうだ。住めば都という言葉があるが、ここはまさに、そんな場所となりそうな気がする。
・・・と思いきや、やっぱりこのままでは終わらなかった。
会社の人「自動車通勤の人は、そのうち別の寮に移ってもらいます。」
・・・だから、オチはいらないんだってば。
入寮規定
退寮時は簡単な清掃をしていただきますが、清掃業者に清掃してもらう為、自室の状況に応じて3000円〜10000円を徴収いたします。
くどい!
部屋で目に付いたのは、ベッドと押し入れ。高さ1mくらいの押入れの上がベッドになっているのだ。だからその気になれば、ベッドを物置にして押入れで眠るという、ドラ○もん寝ができるのだ。
・・・さすがに、この年になってやろうとは思わないけれど。
でもこの寝方、実は理にかなっているのだ。というのも、押入れには扉がついているので、閉めれば中は真っ暗。夜勤の日も真っ暗なところで眠れるのだ。こんなちょっとした工夫ができるかどうかで、日常生活の快適さが大きく変わってくるのではないかと思う。もちろん実行しようとは思わないけれど。私は本来、お笑いとは無縁の、まじめ一筋の人間だからね。
・・・それなのに、なんでこんな人生を送っているんだろう。
世の中には、個人の努力ではどうにもならないことや、理解に苦しむ出来事がいくらでもある。だから人は、運命や神という存在を信じてしまうのかもしれない。
宣教師「あなたは神を信じますか?」
私「貧乏神と疫病神なら信じます。」
近いうちに引っ越すことが分かっているうえ、その日付がはっきりしないため、後から送ってもらう予定にしていたパソコンにさわれない。そこでネットカフェ初体験をしてみることにした。・・・ネットカフェ、あるんですよ、この田舎に。12月12日現在、いまだゲームを売っている店が見つからないド田舎に。
これまでにも書いてきたのだけど、私の以前のネット環境は最低レベルで、通常の電話回線に憧れるほどひどかった。だから初めてブロードバンドを体験して、ちょっと感動した。私が見るのはテキストサイトと絵日記サイトだけなので、転送速度はそれほど重要ではないのだけれど、それでも自分のパソコンとは大違い。さっそくあちこち見て回る。もちろん初めは、自分のサイト。
おおっ、アクセスカウンタが1万を超えてる! ・・・運営を中断している間に。
それからお次は、兄弟サイト。私は普段、ブラウザの “お気に入り” を利用するので、自分のサイトのリンク集を使うことがないのだけれど、始めてそのありがたさが分かった。うん、このサイト、ちゃんと役に立ってるよ!
ちなみにこの兄弟サイト、イベントの一種で結成されたものなので、私の趣味や読者へのお薦めという意味はまったくありません。でも、いいサイトがあるんですよね。サイトを巡回するときに、1日何万ヒットもしているサイトよりも先に見るくらいに。
お次はそれ以外のお気に入りサイト。この時、ちょっと困った。私はリンク集もコンテンツの1つという考えで作っているので、好きだけどリンクはしていないというサイトもあるからだ。でも幸運にも、とある兄弟サイトからリンクされているサイトのリンク集(ああ、わけ分からん)に、見たいサイトがいくつも含まれていたので、そこを利用させてもらう。
そしてもう少しで完読というところで、残念ながら時間切れ。私は読むのが速い方だけれど、さすがに1週間分を1時間で読むのは無理だった。時間を延長して追加料金を払うのは、貧乏性のプライドがゆるさないからね。
ということで、ネットカフェ初体験は終了。これは11月7日の話で、自分のパソコンが使えるようになったのが11月28日だったと思うけれど、その間、2度と利用することはなかった。だってこの店、禁煙じゃないんだもん!
1時間、よく耐えられたものだ。他にお客がいなかったおかげかな(笑)。
ちょっとおかしな食品表示のご紹介。間違いはどこでしょう?
答えは白字で書いてあるので、ドラッグ(クリックしたままマウスの移動)して反転させてご覧下さい。
問:バターピーナッツの原材料
落花生,植物油,食塩
答:(バターが含まれていない。)
注:バターは動物油、マーガリンは植物油が主成分。マーガリンはもともと、バターの代用品として作られた。
今度の勤め先も交替制。夜勤の日は、出社した時点で疲れきっている人が多い。
親しくなった人に話を聞いてみた感想だけど、特に辛そうな人は、寝酒とコーヒーに頼りすぎじゃないかと思う。この2つは一般的な手段だけれど、実は弊害も多いのだ。
アルコールは脳の働きを鈍らせるから眠くなるけれど、心拍数を増やして熟睡を困難にしてしまう。だから寝る前にはアルコール飲料は避けたほうがいい。そしてコーヒーは眠気覚ましには良いけれど、その効果は7時間程度続くこともあるので、飲む時間が遅いと寝つきを悪くしてしまう。
コーヒーで目を覚ます→寝つきが悪くなるからアルコールを飲む→ますます寝られなくなり、翌日は寝不足で出社→コーヒーで目を覚ます・・・
これ、完全な悪循環なんですよね。ですから次のことを覚えておきましょう。
* 寝酒は決してしないこと。
* コーヒーを飲む時は、就寝までの時間を計算してから(時間はゆとりを持った方がいい)。
なんて書いても、どれだけの人が実行してくれるのやら。とくに寝酒は、お酒が好きな人の言い訳にもなっているから、実行しようとする人なんて滅多にいないでしょうね。ああ、日常生活サイトの管理人って報われない。だって、事実と理屈を書くだけでは、何の役にも立たないんだから。
そこで余計なことまで考えなければならなくなる。例えば、どうすれば正しい生活を望んで実行してもらえるのかを。
夜勤の場合、睡眠時間をコントロールするのが一番のお薦めだが、世の中には寝るのがイヤとか、面倒なことはお断りという人も多く、以前の日記に書いた方法は実行してもらいにくい。だから私は新技を考えた。それは金曜日から、20時間起きておいて8時間眠るという夜更かしを3日続け、わがままを通したままで昼夜を逆転させるという方法だ(土日が休みの人限定)。ということで、この方法が有効かどうか、私自身が実行してみた。
・・・で、その結果だけれど、全然うまくいきませんでした。夜更かしが無理なくできるのは初日だけで、その後は目覚めの時間も眠くなる時間もメチャクチャで、夜勤初日には頭が痛くなるという最悪の事態。だからよい子は、決してマネをしないでね。悪い子はマネして地獄を見てね。
新しい会社に入ると、新しい出会いが待っている。初めの頃は、自己紹介や相手への質問のような話題が多い。
私はいくつかの会社を渡り歩いているから、こんな経験は何度もしている。そして毎回のように質問される事柄もある。今回もやっぱり聞かれた。
この質問、私に限らず一般的にされていることなのだろうか。それとも私を見れば、誰だってピンとくるのだろうか。
「彼女いる?」
ほっとけ!
寮には小さいとはいえキッチンがついているため、自炊をすることができる。そこでフライパンや炒め油のように応用が利くものをそろえて、時間がある時にはちょっとした料理をしている。ワンルームマンションのキッチンなので、玄関で料理をしているようなものなのだが、私は細かいことは気にしない。
今日のおかずは餃子。自炊をすると節約できるもので、20個入りがなんと100円だった。ちょっと小さいとはいえ、それでもかなり安い。味とか製造員の給料とかが心配になってくるが、私は細かいことは気にしない。
普通に料理して普通に食べるのは、今日に限れば無理がある。食器があまりないし、洗うのが面倒だし、なによりも冷めると味が落ちてしまうから。だから焼けたものから食べていくという、つまみ食い方式にすることにした。玄関で食事をしているようなものだが、細かいことは気にしない。
餃子自体の味は、普通かな。でも焼きたてだから結構おいしく食べられた。おかずが餃子だけというのは物足りないけれど、私は細かいことは気にしない。「自炊っていいなぁ」と思える一時だった。
これで、いっしょに食べてくれる人さえいればなー。(気にします!)
今回の日記も回想録になっています(11月終わり〜12月初めの出来事)。
書きたいことが多すぎて、普段ならば「ネタゲット!」と喜ぶような出来事でも思い切って省いているのですが、それでも山積み。このところ他のコンテンツが停滞しているので、日記ばかり書いていてもいけないとは思っているんですがねぇ。
別の寮に引っ越すことになった。
もともと住んでいたところは “市” とは思えないような田舎なのだが、地図を見ると市の中心部を示す枠の中に入っている。そのためこの市の住民票を調べたら、ポチとかタマとかいう名前がずいぶん混ざっているんじゃないかと疑っていた。そして今度の寮も同じ市にあるため、同じような環境だろうと思っていた。
新しい寮は、よく行くスーパーよりももう少し先にある。そのスーパーの周辺が中心街だと思っていたから、その先へは行ったことがない。そのため私は、会社帰りに上司に連れられ、寮の下見に行くことになった。私は自分の方向音痴にちょっとばかし自信を持っているので、1度で覚えられるか、とても不安だ。仕事を教えてもらうときよりも緊張する。
えーっと、スーパーまでは何度も通ったところだから問題ないな。そのすぐ先の交差点を左に曲がって・・・はっ!?
ここ、お店がいっぱい並んでるよ! ここ、人が住んでるよ! 20日も暮らしていて、まったく気がつかなかったよ!
スーパーからほんの数百メートルというところに、私の知らない世界があった。
そうか、ここ、本当に市だったんだ。市役所さえ路地裏みたいなところにあるから、“○○市”
という名前の町かと思っていたよ。
私は嬉しくなった。スーパーにドラッグストア、電器屋など、いずれも小さめとはいえ色々とあるようだ。ゲームショップがいまだに見つからず、ゲームレビューの更新が厳しくなってきたけれど。
やがて寮に到着。道はすごく分かりやすい。これなら私だって迷うことはない。
そして部屋に入って驚いた。以前の寮も良かったが、今度はなんと8畳間! もちろんバス、トイレ、キッチンもついている。しかも寮費は結構安いのだ。以前の会社の寮はなんだったんだろうと思うくらいに。
上司の話では「うちの会社は寮に力を入れている。」ということだったが、本当に力が入っている。私は以前、大企業の寮にいたこともあるが、はっきり言って比較にならない。
・・・が、少し力を入れすぎのような気がする。それほど儲かっているようには思えない会社でこれだけのことをやったら、当然のように給料は・・・。
まあ出費が少ないから、とりあえずは問題ないけれど。ほんと、以前の会社にいた1年間はなんだったんだろうと思う。
ともかく、生活の面は問題ない。聞いていた通り残業が長いし、聞いていた以上に休日出勤も多いけれど、多分なんとかなるだろう。さあ、新しい人生の始まりだ!
追記 : 引越しの途中で道に迷いました。新しい人生、出足は好調です。
100円ショップで包丁を購入。ステンレス製のぺらぺら包丁だけど、本格的な料理をすることはないので、私にはこれで十分だろう。
100円とはいえ、この包丁の切れ味はなかなか凄い。驚くなかれ、力を入れていないのに、なんと豆腐がまっぷたつ!
今のところ、豆腐とキノコとナイロン袋しか切っていません。切れ味は抜群です。
今日のお昼は皿うどん。でもこれって、なんで “うどん” って言うんだろう。太さを考えれば、“うどん”
じゃなくて “そうめん” なんだけどなー。でも成分表示を見ると “かんすい”
が含まれているから、実際にはラーメンじゃないのかなー。
なんてことを考えながら、どんぶりで皿うどんを食べている私ってどうなんだろうなー。
注:そうめん、ひやむぎ、うどんの違いは太さのみ。実際には製法が異なるものもあるが、食品としての分類は、太さだけで決定される。
注:“かんすい” とは有名な食品添加物の一種だが、なぜか私が持っている辞書には載っていない。炭酸ナトリウムなどを主成分とするアルカリ性の液体の総称で、これを使うと麺に独特のコシが出る。
私は軽自動車に乗っている。車種によっては女性に人気だったりする軽だが、私が乗っているのはおじさんに人気(?)のタイプで、しかも廃車寸前の中古車をタダ同然の値段で買ったもの。恋人募集中でこんな車に乗っているのはどうかとも思うが、お金をかける気にも、じっくり選ぶ気にもなれないのだから、父のお下がりでも気にならない。父が自動車の整備士で、私自身、自動車製造工場で働いた経験があるのだが、なぜか車にはまったく興味がないのだ。
その車が故障した。実家にいたときならば、「変だぞ?」と思ったらすぐに父に見てもらえたのだが、離れて暮らしているとそうもいかない。父と電話(私が電話を持っていないので公衆電話)で連絡をとりながら乗っていたのだが、とうとうレッドカードが出された。走りはするのだが、かなり危険な状態らしい。ちなみに現象は、「エンジンが温まってもチョークが入ったまま」「エンジンを切ってもエンジンがなかなか止まらない」というもので、原因は「ホース破れによる冷却水漏れ」。
もともと何が起こるか分からない車(プロのお墨付き)だったから、本当は別の車に乗って実家を出る予定だった。しかし就職が決まってから赴任までの日数がほとんどなかったため、新しい車(中古の軽(笑))が間にあわず、正月に帰省するまでは古い車に乗ることにしていたのだ。しかしあと1月というところで故障。とうとう修理に出すことになった。
幸い部品の簡単な交換だけですむため、近所のガソリンスタンドでやってもらえることになった。翌日には直るらしい。夜の10時半まで開いている店だから、会社帰りによっても十分に間にあう。
ここで問題なのが、修理中の通勤手段。送迎バスもあるのだが、私がそれを使わずマイカー通勤をしているのは、バスが禁煙になっていないから。緊急事態とはいえ、そんなバスには乗れない。となると公共機関だが、バスの時刻表を見たところ、肝心な時間帯には1本も走っていない。タクシーで出社なんて贅沢は、安日給の私にはとてもできない。
そうなると、残るは自分の足ということになる。寮から会社までは約7.5kmだから、かなりの坂道とはいえ不可能な距離ではない。本当に不幸中の幸いだ。
私は翌日、1時間ほど早起きして、往復15kmを歩いた。そのうち6kmくらいは走ったと思う。残業とサービス残業が合計3時間ほどある会社だけど、普段から健康には気をつけているから、1日くらいどうにかなるものだ。
そして帰る途中で、件のガソリンスタンドへ行く。あー、やっと車に乗れる!
しかし出てきたおじさんは、申し訳なさそうな顔でこう言った。
「部品が届かなくてねぇ。」
続く。(涙)
徒歩通勤の2日目。
毎日通っている道でも、車と徒歩ではまったく違うものだ。途中の川にカモが泳いでいるのを見てのどかな気持ちになったり、通学中の小学生と挨拶を交わして、「子供って可愛いなー」と思ったりと、なかなか楽しい時間だったのだ。問題は2つ。睡眠時間が削られることと、知り合いに見つかってアホなことをしているのがばれる危険があることだ。
そしてもう少しで会社に到着というときに、ついに私の運が尽きた。
あわわ、上司に見つかった!
上司といっても1歳上で一緒に仕事をしている人なので、けっこう親しい。いろいろと話しながら会社に向かったのだが、さすがにその顔はぼうぜんとしていた。気持ちは分からなくもない。
その日の仕事中、現場を離れているさらに上の上司が、たまたま私たちのところにやってきた。私は見ていなかったのだが、私の徒歩通勤の話を聞いたとき、「はっ?」という、もの凄い顔になったらしい。気持ちは分からなくもない。
上司に見つかったのは失敗だったが、おかげで帰りは車に乗せてもらえることになった。
すいませんね、私のせいで禁煙車になっちゃって!
ということで、私の徒歩通勤記はこれでおしまい。車は直ったとはいえ応急処置のようなものなので、次の日曜日に新しい車と交換しました(車を交換するとき、わざわざ父が近所まで来てくれた。母まで遊びについてきた。おまけに寮にまでやってきた。近所を案内させられた。これが12月5日、つまり更新再開の日の話。あー、忙しかった)。
あー、そうそう。2日間だけ出会った小学生たち。お兄さんは決して、早朝マラソンを2日で挫折した訳じゃないからな!
住所変更用の書類を送ってもらうため、10月まで暮らしていたところの市役所に手紙を送っていた。そして戻ってきた封筒に入っていたのは、送ったはずの書類と変な手紙。私の住所が見つからなかったらしい。
・・・ああ、うっかりしていた。そこの寮では部屋が変わったことがあるのに、住所変更の手続きをしていなかったんだ。だから初めにいた部屋の番号を書いて送らないといけなかったんだよな。最後にいた部屋の番号を書いていたよ。
ということで、再び書類の送付。そして再び住所が見つからず戻ってくる。
・・・えーっと、もしかして、私が初めにいた部屋には今では他の人が暮らしているから、自動的に私の名前は抹消されちゃったの? でも私の名前は、実家がある市からもとっくに抹消されているんだけど。
ということは、つまり、ひょっとして・・・
私は戸籍上、この世に存在しないのですか!?
知人「O型ですか?」
私「O型ってどんな性格なの?」
知人「ええっと・・・おおらかで、のんびりしていて・・・。」
実世界の私は、こんな風に見られているらしい。これ、当たっていると思う。でも私は自分の損や他人の失敗は気にしないが、理不尽なことは我慢できない性格なので、実際にはおおらかであると同時に狭量でもある。それに「おおらかでのんびり」は、短気でそそっかしいという欠点を抑えるために、意識して作り上げた部分も大きいので、後天的なものともいえる。私がO型的な性格なのは、単なる偶然にすぎないのだ。
血液型による性格診断を信じている人は多い。でも血液型と性格の関係を少しでも知っている人はほとんどいない。例えばABO式とRh式(+,−)が有名なのは輸血の時に重要になるからであって、血液型の分け方そのものは何百種類(もっとかも)もあることや、血液型と性格の関係を肯定する説は全て筋が通っていないことなど、血液型性格診断を否定できる根拠は山のようにある。逆に、なぜデタラメな性格診断を多くの人が信じてしまうのかということについては、筋の通った説明をすることができる。
もし仮にABO式の血液型が性格に影響するとしても、性格を左右する要因は他にいくらでもあるから、影響力がゼロに等しいのは明らかだ。
と書いていると、私の性格が診断通りなのを必死に否定しているように思われるかもしれないが、現実はこうだったりする。
私「B型なんだけど。」
知人「えっ!?」
・・・なにも、そこまで驚かなくてもねぇ。
注:B型の人は、自己中心的でワガママといわれている。しかしこれが正しいとすると、自己中心的でワガママな人は2割しかいないことになってしまう。そんなわけはないのだが、誰もこのおかしさに気付かないのだろうか。血液型と性格が無関係であることに気付くのに、専門知識なんていらないのだが。
若く見られるのはいいことだと思う。私は若々しさよりも渋さに憧れるので、素直には喜べない部分もあるのだけれど、それでも童顔でない私が若く見られる(髪の毛を除く)のは、健康的な生活を送っている証明でもあり、嬉しいことだ。それに実年齢との差でしょっちゅう驚かれるので、「また見た目にだまされたな(笑)」と、内心ほくそえんでいたりもする。
でも「若い」という言葉は、「未熟」「子供っぽい」という意味で使われることも多い。こっちの意味で使われて喜ぶ人はいないだろう。私の場合はどっちの意味なんだろうかと考えると、実は両方ありそうな気がしてならない。
例えば会社と駐車場は700mほど離れている。かなりの坂道なので、「往復するだけで疲れる」などと言う人もいるが、私は走って往復している。だからそんなところを知人に見られると、「若いねぇ」なんて言われたりするわけだ。
でもそんなことは気にしない。さあ、今日も元気に走るかなー。
「若いねぇ〜。」
・・・と言った今の人、私よりも年下。
私はこのサイトに、きちんとした自己紹介ページを作っていない。これは自分の情報をどれだけ公表するのがいいか判断できないから、とりあえず延期しようという理由からなのだけど、中には意図的に隠していることもある。その1つが年齢。
私は年齢という肩書きで評価するのもされるのも好きじゃない。若くてもしっかりしている人もいれば、長く生きているのに全然ダメな人もいることは、よく分かっているつもりだから。私が年齢を隠しているのは、あらゆる肩書きから開放されたサイトにしたいと思っているからだ。
と言っても、「年齢なんて意味ないよ!」とは思わない。今回は、そんな年齢や経験に関する話を書こうと思う。
以前の会社にいた時には多くの人と出会ったけれど、中でも一番印象に残ったのが、配属されたときの職場長。途中で定年退職されたので60歳か65歳だったと思うのだけど、年齢どおりに「おじいちゃん」という言葉がピッタリの人だった。
その「おじいちゃん」、特に目立つ存在ではなかった。大企業の職場長だからそれなりの出世ではあるけれど、飛び抜けて凄いわけでもない。肩書き通りの仕事振りだったと思うし、感銘を受けるような話をしてくれたわけでもない。それなのになぜ印象に残ったかというと、その職場長の行動に、経験の重みを感じたからだ。
その「おじいちゃん」、いつも当たり前のことしか言わない。でもその多くが、当たり前すぎて軽視されがちな、でも決して軽視してはいけない大切なことだった。そして必ず、内容と言葉を選びながら、考えながら話をする。当たり前のことだけど、なかなかできることではない。
そして普段は物腰も言葉もやわらかい「おじいちゃん」だけど、たまにチンピラ風の言葉が顔をのぞかせる。根拠はそれくらいしかないので、単なる直感でしかないのだけど、昔は「今時の若者は!」と言われるような人だったんじゃないかと思うのだ。
「今時の若者」から「信頼できるおじいちゃん」へ。経験を糧にして成長してきた、たぐいまれな人だと思う。そう感じたから、強く印象に残ったのだ。
そんな「おじいちゃん」に比べて、私はどうなんだろうと考える。私はこれまでの人生を、これまでの経験を、きちんと糧にしてこれたのだろうかと。
私は幼い頃、いわゆる神童だった。勉強だろうと運動だろうと芸術だろうと素行だろうと、全てにおいて目標にされる存在だった。だからその後も、効率のよい努力を短時間行うだけで、トップクラス程度の結果は残してきた。今の生活はそのサボリのツケが回ったとも言えるわけだけど、それでも同年代の人と比べると、能力的にはほとんどの部分で上じゃないかと思っている。でも年齢に相応しいだけのものを身に付けてきたという自信はないし、自分が望んでいる姿と比較すると、足りていないことが多すぎる。当たり前だ。十分な努力をしてこなかったのだから。
私はずっと目標にされる立場だったからかもしれない。夢といえることを持たずに育った。でも大きな夢ができた今、その実現のために日々努力をしている。
いくら夢の実現のためとはいえ、自分を磨いていくのは楽ではない。でもそれが辛いことだとは思わない。やらなければならないと思っていることを、やりたいと思える手段で実行しているのだから。そしてこれまでの人生を、これからの人生のために生かすことができるのだから。これほど充実した人生を送っている人が、他にどれだけいることだろう。
そんな私が開いたこのサイト、もうすぐ1周年を迎えます。私とこのサイトは、この1年間の経験で、どれだけ成長できたでしょうか。
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