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≪公国村≫

 ルヴィア教団の大神殿は、大陸北西部にあるということです。北西部は険しい山で切り離されているうえに岩礁のため航路も通っておらず、それゆえ一般の都市とは交流が途絶えているのですが、リュードは北西部の町で暮らしている協力者から特殊な方法で連絡を受けて、大神殿の存在を知ったのだとか。
 険しい山をどうやって超えるのか。冒険者ではあっても登山家ではないクライスたちには、越えられそうもありません。しかし昔使われていた大トンネルが存在するということで、そこを抜けていくことにしました。

 トンネルの向こうは山の手前と大差ない、温暖な土地でした。とりあえず近くにあった村17で休憩することにします。村17は、村にしても・・・というくらい貧しそうな田舎です。

 その村で情報を集めたり世間話をしたりしていたのですが、面白い話を聞きました。なんでもこの村の正式名称はエルミネア公国というらしく、立派だった城を持ち、現在でも3人の騎士を抱えているのだとか。公国といえば王族によって治められている国であるのがこの世界では一般的なのですが、なぜこんなに田舎なのか・・・。
 しかし詳しい話を聞くことはできませんでした。というのもこの国の公女と王都サラミスの第一王子の結婚式が近いらしく、村人たちは総出で公女たちの出発を見送りに行くからでした。
 その公女のことは、食堂にいた女性から話を聞くことができました。

 娘A「公女さまは、黙って座っていればユリのような方・・・なんだけど、その正体は冒険者も顔負けのおてんば娘。今年で16才のはずだけど、村の剣術大会で3年連続で優勝しているのよ。騎士団長よりずっと強いんだから!」

 娘B「ラナちゃんと王子様は、3年前にお城のパーティで出会ってお互い一目ぼれ。それ以来、伝書鳩を使って文通をしてたんだって。ああ、そんな恋愛、あこがれるな〜。」

 シリュン「公女様を “ラナちゃん” だって? まるで友達を呼んでいるみたいだな。」

 ファルナ「それだけ愛されているってことよ。」

 リュード「俺たちも行くぞ!」

 シリュン「そうだな。どんな人か見てみたいし。」

 リュード「そうじゃない。俺の協力者というのは、この国で騎士をやっているんだ。急がないと旅立ってしまう!」

 そして出発式が行われるという、広場に行きました。ところが・・・お約束のように事件が起きていたのです。


≪魔族襲撃≫

 広場には、戦闘の跡が残っていました。なんでも突然悪魔の群れが襲ってきて、公女をさらおうとしたのだとか。お供の騎士たちでは悪魔にかなわず、公女のみが奮戦! しかし公女は形勢不利と悟って、森に逃げ出したのだそうです。
 この世界では、悪魔というのは異世界の住人の総称であり、太陽の光には弱いのが共通する特徴です。それが日中に自ら行動するとは、非常に考えにくいことです。悪魔たちは、悪魔の命に無頓着な人間によって指揮されているのではないか・・・そんな推測を立てることができました。

 公爵「たのむ、娘を助け出してくれ! 報酬なら払う、だから・・・」

 公爵が何か言っていましたが、クライスたちは話も聞かずに森に駆け出します。

 公爵「えーい、人の話を聞けい! ・・・人の話も聞けん奴らには任せてはおけん、わしらも行くぞ!」

 騎士「そのお怪我では無理です!」

 公爵「無理でも行く! えーい、離せい!」


≪悪ノリ爆発、ファルナ公女作戦≫

 公女を追って行く途中、何体ものインプや下級悪魔の死体が転がっていました。最下級悪魔であるインプは生命力も低く、太陽の光にやられて絶命したものがほとんどでしたが、下級悪魔の死因はすべて剣によるものでした。太陽の光のせいで本来の動きができないとはいえ、公女の剣術は名人級のようです。
 しかし多勢に無勢。ようやく追いついた時に見たのは、公女をとらえた上級悪魔が、ワイバーン(飛竜)に乗った人間とともに飛び去っていく姿でした。
 飛んで行った先は高い塔。公女はその中に運ばれたようです。それを確認した一行は、すぐにそこへ向かおうとします。その時、追いかけてきた公爵たちと出会ったため、作戦会議を行います。

 リュード「悪魔の数は少なかった。油断さえしなければ、俺たちなら公女を救出できるはずだ。そうすると、結婚式のほうが問題だな。道中の宿は手配しているだろうから、公爵たちには先に行ってもらうとして・・・どうする? 公女がいないのはすぐに気付かれるぞ?」

 シリュン「・・・なぁ、公女さまって、ファルナに似てたと思わないか? 背格好とか、髪の色や長さとか・・・。同じ格好をして顔を隠せば、見分けがつかないと思うんだが。」

 ファルナ「ちょっと、何を考えているのよ!?」

 リュード「確かに似ていたな。公女の顔を知るものはそうはいないだろうし、おてんばで有名だというのならば、このままでも・・・」

 ファルナ「すぐにばれるわよ! だいたい公女様は16才なんでしょ? 私とは・・・。」

 シリュン「10代で通るエディシアの妹なんだ、大丈夫だって!」

 ファルナ「クライス〜、何とか言ってよ〜。」

 クライス「大けがをした騎士はリュードが代われば・・・。」

 ファルナ「ああ、クライスまで・・・。」

 公爵「実は従者も一人、大けがをして・・・。」

 シリュン「俺が代わるよ。おっ、完璧じゃないか?」

 ファルナ「そんなわけないでしょ! だいたい公女様の救出はどうするのよ!」

 シリュン「クライスが余ってるだろ? 何とかなるって!」

 リュード「真面目な話、俺やファルナは隠密行動には不向きだからな。クライスとシリュンに行かせるのがベストなのだろうが・・・まあ、クライスなら一人でも大丈夫だろう。」

 そして暴走会議は終了し、クライスは1人で公女が運び去られた塔へ向かいます。


≪横恋慕≫

 クライスは塔に忍び込みます。中に悪魔がいるらしく、昼間でありながら雨戸がすべて閉め切られています。
 登っていくと話し声が聞こえてきました。隠れて耳を澄まします。

 男「ラナティア、今からでも遅くはない。僕と結婚してくれないか?」

 ラナ「あんたなんか大嫌い! 結婚なんかしてやるもんですか!」

 男「どうしてだい? 僕たちは許嫁じゃないか。もちろん君を愛している。国を豊かにするだけの金もある。力だって見ただろ? 僕のどこが不満なんだい?」

 ラナ「人をさらっておいて愛してる? 悪魔に命令するのが力? うぬぼれるのも大抵にしてよね! 自分では何もできないくせに!」

 男「そんなことはないさ。君のためなら何だってできる。新たな力も手に入れた。さあ、僕の目を見て・・・あんな男のことなんかすぐに忘れられる・・・君は僕を愛するようになる・・・。」

 クライス「・・・・・・・・・魅了の魔法ですか。でもそれではかかりませんよ。呪文を間違えて唱えてはね。」

 男「何者だ! 人の領地を犯しおって、許されるとでも思っているのか!」

 クライス「人の心を犯そうとしていたあなたに、そんなことを言う資格はありませんよ。・・・さて、遅くなりましたが公女様、あなたを助けにまいりました。」

 男「何をしている、やれ!」

 部屋の隅にいた上級悪魔が迫ってきます。公女は男のすきを突いて上の階へと逃げだし、男は彼女を追っていきます。

 悪魔「我ガ姿ニ気付カナカッタノカ? ソレトモ勝テルトデモ思ッテイルノカ?」

 悪魔が余裕を見せてしゃべっている間に、クライスは先制のファイヤーボール。しかし火球は悪魔を大きくそれて、塔の雨戸に当たります。

 悪魔「どこを狙って・・・!」

 火球は雨戸を破壊、塔の中に太陽の光が差し込んできます。その光を浴びて動きが鈍った上級悪魔との一騎打ち、クライスは見事勝利を収めます。そして公女を追って階段を駆け上ります。
 塔の屋上で、男はラナティアを追い詰めていました。近くには騎乗用のワイバーンもいますが、戦闘用ではないらしく、おとなしくしています。

 男「ラナティア、もう逃がさない・・・えっ?」

 ラナ「とうっ!」

 ラナティアの一本背負い、ただしすっぽ抜け。男は塔から落ちていきます。

 ラナ「あっ、思わずやっちゃった・・・。おーい、生きてる?」

 男「僕はあきらめないぞー!」

 ・・・元気みたいです。その時、クライスが追い付きました。

 ラナ「あっ! ・・・えーっと、見てました?」

 クライス「ええ、まあ・・・。」

 ラナ「えーと・・・・・・助けに来てくださいまして、ありがとうございました・・・だよね?」

 日が暮れてきたので、2人は塔の中でキャンプをします。

 ラナ「血が付いてる・・・このドレス、もう着られないな・・・。どうしよう・・・。」

 クライス「あのワイバーンになら私でも乗れます。いったん公国に戻っても、結婚式には間に合いますよ。」

 ラナ「ううん、そうじゃないの。わたしドレスは、この一着しか持ってないんだ。これだって3年前に買ったものを、仕立て直して着てたの。・・・公国がどんなところか知ってるんでしょう? 貴族なんて名前だけ、お金なんてないのよ・・・。普段着で式に出るしかないね。最良の日にみじめな思いをしないといけないなんて・・・。物語だったら魔法使いが素敵なドレスを着せてくれるのに、無理よね、そんなの・・・。」

 クライス「できますよ。」

 ラナ「そうよね、そんなのできるはずが・・・できるの!?」

 クライス「幻ですけどね。1日くらいは持ちますから・・・でも、血のにおいまでは消せませんよ。」

 ラナ「着替えれば大丈夫なんでしょ? ・・・本当にありがとう。」

 そして翌日、2人はワイバーンに乗って公国に戻ります。彼女は青いワンピースに着替えてきました。

 ラナ「これ、わたしの一番のお気に入り。でも、関係ないのかな?」

 支度が済むと再びワイバーンに乗って、今度は結婚式が行われる王都サラミスに向かいます。


≪公女の決意≫

 2人は式場の上空に着きました。結婚式には何とか間に合ったようです。もし間に合わなければ、ファルナが代わりに・・・(笑)。
 いえ、すでに彼女は大ピンチであるはずで、必死に時間稼ぎをしていることでしょう。

 クライス「どうやら間に合ったようですね。このワイバーンには天馬になってもらいましょうか。・・・どうしました?」

 ラナ「ねえ、1つ聞いていい? わたしの両親は、私と王子様の結婚を心から喜んでくれているのかな? ・・・わたしの許嫁だった人はね、父さんの恩人の息子なんだって。わたしを嫁がせれば恩を返せるって、ずっと言っていたんだ。それなのに、王子様との結婚を反対しなかった・・・。・・・打算が働いたんじゃないよね・・・。」

 クライス「・・・私には分かりませんよ。でもあなたがさらわれた時、大けがをしながらもあなたを助けようとした・・・。結婚式を成功させるために、見知らぬ私たちを信じてくれた・・・。信じてあげるべきだと思いますけどね。」

 ラナ「・・・そうよね・・・。」

 ラナ「・・・クライスさん、幻のドレスはいらないわ。わたし、このままで式に出るから。この服は母さんからもらったものなんだけど、もともとは母さんが父さんからもらった唯一のプレゼントなんだって。そしてお金持ちの家に生まれた母さんがね、自分の結婚式の日に着た服でもあるんだって。母さんとっても大切にしてたから、今でもちゃんと着られる・・・。・・・わたしも母さんみたいに生きたい・・・。わたし結婚式でどんな目で見られても、絶対にうつむいたりしない。最後まで胸をはっているわ。だから、笑顔で祝福してね。」

 クライス「ええ、約束しますよ。」

 会話に集中していた2人は気づきませんでした。誘拐犯が乗ったワイバーンが、後ろから近づいてきていたということに。寸前で気付いたおかげでラナティアをさらわれることは防げましたが、ワイバーン同士が衝突、ラナティアは振り落とされてしまいました。クライスはラナティアにフェザーフォール(落下速度軽減魔法)をかけますが、それが精いっぱい。彼女を救出することはできませんでした。


≪披露宴≫

 クライスはワイバーンを失いながらも誘拐犯を撃退しました。しかし再びサラミスに戻ってきた時にはすでに日は沈み、城門は閉じられていました。
 結婚式はどうなったのか・・・それを知ることもできないままで、クライスは城壁の外をさまよい、見つけた空き家で夜を明かすことにしました。
 でも彼は、眠ることができませんでした。
 公女を結婚式に送り届けるという仕事は失敗、彼女との約束である、結婚式で彼女を祝福するということも守れませんでした。空き家を見つけたおかげで野宿をしなくて済むという幸運など、何の救いにもなりません。
 リュードは知人の居場所を捜し出す魔法を使えるそうなので、見つけてもらうまでここにいよう。クライスはそう思いながらも、激しく自分を責めていた時のことでした。
 ドアがノックされ、ファルナが入ってきました。

 ファルナ「ああ、やっと見つけた! 宿屋ね、クライスの部屋も取ってもらっているから、今からでも泊まりに来なさいよ。凄くきれいなところだから、泊らなきゃ損よ。・・・それにしても、いったい何をしていたの? 結婚式の会場で、ずっと捜していたんだから。・・・どうしたの? 元気がないみたいだけど。」

 クライス「約束を果たせなかった・・・。公女を救うことができなかった・・・。」

 ファルナ「何の話? 公女様、ちゃんと結婚式に出ていたじゃないの。ちょっと遅れたけれど・・・。」

 クライス「本当ですか!?」

 ファルナ「なによ、その反応・・・! もしかして、クライスは式を見なかったの? わたし、クライスのアイデアだとばかり思っていたのに・・・。いいわ、教えてあげる。公女様ね、空から登場したのよ! 空色の服を着て、精霊のように風に舞いながら、王子様の腕の中へ・・・。本当にきれいだった・・・。みんな言っていたもの。おてんば姫が、天女になって降りてきたって・・・。」

 クライス「・・・彼女は、幸せそうでしたか?」

 ファルナ「当たり前でしょ? でも、時々きょろきょろしていたな・・・。誰かを捜しているみたいだったけど・・・。」

 その時、リュードがやってきます。

 リュード「クライス、仕事は最後までやり遂げてもらうぞ。」

 クライス「仕事?」

 リュード「ああ、そんな難しい顔はするな。お前はそこにいればそれでいい。ファルナ、お前はこっちだ。・・・シリュン、いいぞ。」

 クライスのみが入り口の正面に立ち、リュードとファルナは入って右手側に立ちます。するとシリュンが入ってきて、左手側に立ちました。

 シリュン「コホン。えー、お待たせいたしました。ただ今より、新郎新婦のご入場です!」

 そして公女と王子が入場し、恩人であるクライスのために、ささやかな披露宴が行われたのでした。


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