2ページ目/全5ページ 練習が始まると、思った以上に俺の調子は、最悪で、いつもなら打ち返せる球を 思ったコースに返す事ができない。 重い身体を引きずり、冷や汗を流しながら、必死でボールに喰らいついていた。 それでも、何とか及第点をもらったようで、名前を呼ばれ、コートに残された。 これから、選ばれた一年生だけが先輩と試合を行う。 ある程度の力があり、即戦力になると思われる新入生だけが、与えられた チャンスだった。うまくすれば、秋には準レギュラーに上がれる可能性がある。 日吉は、一年の中でもダントツの出来で、先輩相手でも接戦を繰り広げ、 ゲームポイントも奪っていた。 それに比べて、俺は、あまりにも冴えない姿をさらしていた。それも、間の悪い事に、 試合の相手として監督に指名を受けたのは、宍戸亮だった。 彼は、さっそうとした姿で、コート内を走り回っている。どこに打ち出しても、 強烈なライジングを決めてくるのだ。 俺も、今までの練習成果を見せたい場面だと言うのに、全く身体が言う事を きいてくれない。 かろうじて、高速サーブが入り、数回、サービスエースをもぎ取ったが、試合には、 ストレートで負けてしまった。それも、ダブルフォルトで相手に点を取られ、 早々に自滅した。 無言で去ってゆく宍戸亮の背中を見ているうちに、俺は、意識が 遠くなってゆくのを感じた。 長い彼の黒髪が、風になびいている姿が、徐々に白くかすんでゆく。 コートの真ん中で、試合終了のコールと同時に、俺は、崩れ落ちるように 地面に倒れたのだった。 次に意識が戻った時、視界の中にあったのは、白い天井と蛍光灯の光だった。 それが、グルグルと激しく回転するので、気分が悪くなり、またすぐに目を閉じた。 辺りから、かすかに消毒液の匂いがする。きっと保健室に運び込まれたのだろう。 そして、自分が寝ている場所は、そのベッドに違いなかった。 頭には氷枕が当たっているようで、ひんやりと冷たかった。 しかし、身体の方は、内部から燃えているように熱くなっている。 けれど、風邪を 引いた感じではなく、熱と眩暈の他には、何も自覚症状は無かった。 「おい、鳳、気がついたのか? 体調が悪いなら、部活は休めッ! すぐに医者に行けッ! 自己管理を徹底するのも、選手の責任なんだからな。」 その怒声に、俺は、驚いて目を開けた。こんなに近い耳元で、彼の声を聞いたのは、 子供の頃以来だと思った。 「あなたが……。保健室に運んでくれたんですか? ずっと、ついていてくれたんですか? 先輩のあなたが……。」 ベッド脇に椅子を出して座っていた宍戸亮は、その言葉に、苦笑しながら答えた。 「お前……。俺のスマッシュを喰らった後で、コートにぶっ倒れたんだぞ。 打ちどころでも悪かったかと思って、本気で焦ったんだからな。 とにかく、無茶をするのは、よせ。 どんなに大事な練習でも。 身体を壊したら意味がねぇだろうが。 それから……。ここまでお前を運んだのは、樺地と日吉だからな。 そんな巨体を、俺が運べるかっつ〜のっ! 」 俺は、怒っている宍戸亮の顔を見ながら、涙が滲んできた。情けない事だが、 こんな風に、彼が心配してくれているのかと思ったら、感極まってしまったのだ。 宍戸亮は、俺の眼に涙が滲んでいる事に、気がついた様子だったが、 泣いている理由は、死んでもわからないだろう。 ![]() ![]() 1ページ目へ戻る 3ページ目へ進む 小説マップへ戻る |