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   頭を垂れて、走るように移動する俺の後ろを、バツの悪そうな顔をした

   日吉若が追いかけてきた。


   「すいません。どうも、マズイ事をしたみたいですよね? 

   まさか、二人がこんなに仲が悪いなんて、思ってもいなかったから……。

   やっぱり、宍戸亮は、当主を許婚だなんて、考えてもいないって

   事ですかね? 

   まあ、男同志じゃあ、それが普通の反応かもしれないけどな。」


   そんなボディガードの心無い台詞が、俺の心の傷をさらに広げた事に、

   日吉は気がつかず、こんな事までつけくわえて駄目押しした。


   「宍戸亮は、テニス以外には、まるで興味が無いからな。

    好きな女もいないし、初恋もまだ。そんな相手に、愛だの恋だの

   言っても仕方が無い。当主の事を覚えていなくても、当然でしょう。


    だいたい、五歳の時に、たった一度だけ会った人間の事を

   覚えている方が……。実際、そっちの方が変だよ。」


   日吉の台詞に、俺は、立ち止まった。

   さすがに、空気の読めない専属ボディガードも、自分の発言に問題が

   あった事に気がついたのか、気まずい顔をしながら、俺の顔を

   覗き込んできた。


   「俺、親父にも良く注意されるんですが……。言葉が足りないと言うか。

   話せば、話すほど、いつも墓穴を掘るから、な
るべく無駄口はきかない

   ようにしているんですよね。今回は、俺の不注意でした。反省してます。」


   俺は、恐縮している日吉の顔をまじまじと見つめると、五分前に

   思いついた事を説明した。それにより、今度は、このボディガードの方が、

   度肝を抜かれる事になった。


   「日吉。俺は、これから家に帰るよ。すぐに車を呼んで欲しい。

   大至急、やらないと駄目な事ができたんだ。」


   日吉は、状況を把握できずにいた。


   「やりたい事? でも、入学式は、どうするんです? 」

   「そんな物は、どうでも良い。お前だって、保健室で昼寝をするつもり

    だったんだろ? そんなに暇なら、俺のやる事を手伝ってくれ。

   それで、今回の言動に対しては、一切、お咎め無し。

   チャラにしてやる。」


   日吉は、俺の横柄な態度に驚いている様子だった。


   俺は、幼少期からこういう姿勢で生きてきた。氷帝学園で生活をする上で、

   礼儀正しい良い子を演じているだけだ。


   俺は、鞄に仕込まれたマイクに向かって、息子を貸してくれるように

   日吉若の父親に話を通した。


   それから、外国に仕事で出かけている父親に携帯電話で連絡を取ると、

   こんな頼み事をしたのだった。


   「家にナイター設備のあるテニスコートが欲しいんです。

   それも大至急、用意してください。
 それから、優秀なテニスコーチも

   雇って欲しい。 生徒は二人です。俺と、日吉若君のテニスウェアと

   ラケットの準備も、よろしくお願いします。」


   日吉は、この時になり、やっと事態が飲み込めた様子だった。

   「えっ? テニスを習うのか? これから、すぐに? 

    何で、俺まで一緒にやる必要があるんだ? 」

   出会ったばかりの三十分前は、ポーカーフェイスだった日吉の

   驚愕した顔を、俺は、満面の笑みを浮かべて眺めていた。


   「だって……。一人じゃあ、試合も練習も出来ないだろう? 

   テニスは、二人いないと打ち合えない。だから、日吉が、

   雇い主の俺に協力するのは、当然じゃ無いのか? 」


   「……おいおい。ちょっと待ったッ! 俺が雇われたのは、

   ボディガードで、テニスの練習相手でも、世話係でも、無いはずだろ?」


   「そうだったか? 最初の挨拶で、『これから、学園では、ずっと一緒。』

   と言ったのは、お前の方だろ?


   俺がテニス部に入ったら、もれなくボディガード君も一緒
に入る事に

   なるんだよ。これからも、よろしく。」


   「……。鳳。お前、本当は、二重人格なんだろ? どこが温室育ちで、

    礼儀正しいお坊ちゃまなんだよッ! 割増料金を請求するぞッ! 」


   俺は、その台詞に笑ってしまった。




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