4ページ目/全5ページ 頭を垂れて、走るように移動する俺の後ろを、バツの悪そうな顔をした 日吉若が追いかけてきた。 「すいません。どうも、マズイ事をしたみたいですよね? まさか、二人がこんなに仲が悪いなんて、思ってもいなかったから……。 やっぱり、宍戸亮は、当主を許婚だなんて、考えてもいないって 事ですかね? まあ、男同志じゃあ、それが普通の反応かもしれないけどな。」 そんなボディガードの心無い台詞が、俺の心の傷をさらに広げた事に、 日吉は気がつかず、こんな事までつけくわえて駄目押しした。 「宍戸亮は、テニス以外には、まるで興味が無いからな。 好きな女もいないし、初恋もまだ。そんな相手に、愛だの恋だの 言っても仕方が無い。当主の事を覚えていなくても、当然でしょう。 だいたい、五歳の時に、たった一度だけ会った人間の事を 覚えている方が……。実際、そっちの方が変だよ。」 日吉の台詞に、俺は、立ち止まった。 さすがに、空気の読めない専属ボディガードも、自分の発言に問題が あった事に気がついたのか、気まずい顔をしながら、俺の顔を 覗き込んできた。 「俺、親父にも良く注意されるんですが……。言葉が足りないと言うか。 話せば、話すほど、いつも墓穴を掘るから、なるべく無駄口はきかない ようにしているんですよね。今回は、俺の不注意でした。反省してます。」 俺は、恐縮している日吉の顔をまじまじと見つめると、五分前に 思いついた事を説明した。それにより、今度は、このボディガードの方が、 度肝を抜かれる事になった。 「日吉。俺は、これから家に帰るよ。すぐに車を呼んで欲しい。 大至急、やらないと駄目な事ができたんだ。」 日吉は、状況を把握できずにいた。 「やりたい事? でも、入学式は、どうするんです? 」 「そんな物は、どうでも良い。お前だって、保健室で昼寝をするつもり だったんだろ? そんなに暇なら、俺のやる事を手伝ってくれ。 それで、今回の言動に対しては、一切、お咎め無し。 チャラにしてやる。」 日吉は、俺の横柄な態度に驚いている様子だった。 俺は、幼少期からこういう姿勢で生きてきた。氷帝学園で生活をする上で、 礼儀正しい良い子を演じているだけだ。 俺は、鞄に仕込まれたマイクに向かって、息子を貸してくれるように 日吉若の父親に話を通した。 それから、外国に仕事で出かけている父親に携帯電話で連絡を取ると、 こんな頼み事をしたのだった。 「家にナイター設備のあるテニスコートが欲しいんです。 それも大至急、用意してください。 それから、優秀なテニスコーチも 雇って欲しい。 生徒は二人です。俺と、日吉若君のテニスウェアと ラケットの準備も、よろしくお願いします。」 日吉は、この時になり、やっと事態が飲み込めた様子だった。 「えっ? テニスを習うのか? これから、すぐに? 何で、俺まで一緒にやる必要があるんだ? 」 出会ったばかりの三十分前は、ポーカーフェイスだった日吉の 驚愕した顔を、俺は、満面の笑みを浮かべて眺めていた。 「だって……。一人じゃあ、試合も練習も出来ないだろう? テニスは、二人いないと打ち合えない。だから、日吉が、 雇い主の俺に協力するのは、当然じゃ無いのか? 」 「……おいおい。ちょっと待ったッ! 俺が雇われたのは、 ボディガードで、テニスの練習相手でも、世話係でも、無いはずだろ?」 「そうだったか? 最初の挨拶で、『これから、学園では、ずっと一緒。』 と言ったのは、お前の方だろ? 俺がテニス部に入ったら、もれなくボディガード君も一緒に入る事に なるんだよ。これからも、よろしく。」 「……。鳳。お前、本当は、二重人格なんだろ? どこが温室育ちで、 礼儀正しいお坊ちゃまなんだよッ! 割増料金を請求するぞッ! 」 俺は、その台詞に笑ってしまった。 ![]() ![]() 3ページ目へ戻る 5ページ目へ進む 小説マップへ戻る |