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   フェンスの向こうで、ひときわ背丈の小さな少年が、細い
身体に

   似つかわしくない大きなラケットを振り回しながら、
力強くコート内を

   走っている。


   後頭部で束ねてある長い黒髪が、身体のひねりに合わせて左右へと

   なびいている。飛び散っている額の汗が、春の日差しに光り輝き、

   とても美しく見えた。


   そして、彼は、他の部員達と楽しそうに、大きな笑い声をあげている。

   今、この時を楽しんで生きているのがわかる。


   (昔と、何も変わっていない。)

   俺は、二年前の出来事を反芻しながら、初恋の人との再会に

   感動していると、日吉が、予想もしていなかった言葉をかけてきた。


   「ふ〜ん。あれが、次期当主の『 未来の妻 』になる相手ねぇ。

   今まで、そういう前例は無いと聞いたけれど。相性が良ければ、

   女じゃ無くても大丈夫なの? 」


   「つ、つまッ? 未来の妻ッ? 」

   その不可解な発言で、すっかり驚いてしまっている俺に対
して、

   日吉は、怪訝な表情をした。


   「確か、彼は、許婚って話ですよね? 御大が、彼を養子にして、

    この学園にわざわざ入学させたと聞いているんだけど……。


    まあ、男同志の婚姻は、養子縁組するしか無いからね。」

   理解できずに押し黙っている俺の態度を、日吉は、どう解釈したのか

   知らないが、一人で納得したような顔をして、さらにこのように言った。


   「御大の財産と言ったら、どこかの国の国家予算並だ。それなのに、

   遠縁の子供を養子にして、相続権が動いたと知られたら大騒ぎだろうな。


   そういう事情は、俺も親父も良くわかってますから。

   任せておいてください。秘密は守ります。」


   自分の知らない場所で、どうやら、おかしな話が進行している事に、

   俺は、やっと気がついた。


   「養子縁組? 俺との婚姻? それは、全て本当の話なのか? 

   一体、いつから、そんな事になっているんだ?


   宍戸さんは……。その事をきちんと知っているのか?

   ちゃんと納得して、この学園に通っているのか? 」

   目の前にいる日吉に、掴みかからんばかりの剣幕で捲くし
立てる俺に、

   彼は、冷静な態度を崩さずに答えた。


   「次期当主になる鳳長太郎が知らない事を、俺に、聞かれて

   困るんだけどな。俺も、詳しい事情は知りませんよ。


   宍戸先輩本人は、どうかわからないけれど、彼の両親は知っていると

   思いますよ。
どうせなら、本人に直接、事情を聞いたら、どうですか? 

   ここで言い争っても意味は無いしね。」


   日吉は、そう言うと、コートの中へ声をかけた。


   「練習中にすみませんッ! 二年生の宍戸亮先輩に話があります。

   少しの間で済むので、お願いしますッ! 」


   入学式のために、綺麗な三つ揃いのスーツを着た少年二人組へ、

   テニス部員達の視線が集まった。


   その中で、名前を呼ばれた当事者の宍戸亮が、何事かと驚いた顔を

   したまま、足早にやってくる。


   持っているタオルで顔に浮かんだ汗を拭きつつ、接近してくる彼の姿に、

   俺は、心臓が飛び出してしまいそうになった。


   「……何なんだ? お前ら。一年坊主だろ? 俺に何か用なのか? 」

   宍戸亮は、とても不機嫌な顔をしており、ぶっきらぼうな口調で

   そう言った。熱心にテニスの練習をしている最中に、見知らぬ子供に

   呼ばれ、中断させられたのだから、それは当然の事だろう。


   俺は、あんなに会いたかった少年と対面する事になったのだが、何を

   話して良いのかわからず、頭の中が真っ白になっ
ていた。

   「……おいおい、何を押し黙っているんだよッ! 

    用が無いなら行くぞッ! ったく、ふざけんなよッ! 」


   宍戸亮は、馬鹿にされたと思ったのか、イラついた様子で踵を返すと、

   コートの中央へ向かって走り出した。


   俺は、みるみるうちに遠ざかってゆく彼の後ろ姿に、必死で声を

   かけたのだった。


   「宍戸さんっ! 俺の事を覚えていませんか? 」

   宍戸亮は、その声に立ち止まると振り返った。そして、俺の顔を

   ちらりと見たが、首をかしげると、こんな悲しい台詞を投げて

   よこしたのだった。


   「お前みたいなヤツ、知らねぇ〜よッ! 

   ここは、テニス部の練習場所だぞッ! 部外者が入ってくるんじゃねぇッ!

   今度、お前らを見かけたら、問答無用でたたき出すからなっ! 」


   せっかく会えた初恋の相手に、そんな厳しい言葉を投げかけられて、

   俺は、歯を食いしばると、その場から離れた。




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