2ページ目/全5ページ 日吉と訪れた二年校舎には、思い人の姿は無かった。 それどころか、誰の姿も校舎内には無い。それと言うのも、一年生以外は 全て春休み真っ只中で、まだ、授業は始まっていないからだった。 俺が、目的を失い呆然と立ち尽くしていると、背後に立っていた ボディガードが、静かに口を開いた。 「……宍戸亮なら、部活中じゃ無いかな? たぶん、この時間なら 基礎トレが終わって、二年生の部員達と第一コートで乱打を 始めているはずだけどな。」 「お前……。な、な、な、何で、そんな……。」 俺は、日吉若の言葉に激しく動揺していた。 何で、この男が、俺の好きな相手を知っているんだ? どうして、宍戸亮がドコにいるのか、そんなに詳しい情報を 持っているんだ? そう訊ねようとしたが、頭が混乱していたので、なかなか言葉が 出てこなかった。 日吉は、うろたえて顔を真っ赤にしている俺の背中を押すようにして、 氷帝学園の小等部にあるテニスコートまで案内してくれた。 「勘違いしないで欲しいけど……。俺は、興味本位で調べたわけじゃ 無いからな。これも仕事のうち。鳳家の関係者なら、大抵の人間の 情報は、この頭の中に入っているんだよ。」 彼は、一度見た相手の顔と、読んだ調査資料は必ず記億して しまうのだと言う。そういう訓練を父親から受けてきたらしいので、 ボディガードとしての優秀さは、感心するばかりだった。 「宍戸亮。氷帝学園初等部二年B組。 九月二十九日のてんびん座生まれ。血液型は、B型。 今、一番興味のある事は、テニス。 入学した当初、前の席に座っていた跡部景吾に誘われて入部。 最初は、興味本位だったが、負けず嫌いで上達が早く、来年には、 三年生で異例のレギュラー取りの可能性が大。 ただ、難点は、背の低さと骨格の細さ、それに伴うパワー不足。 それを足の速さと反射神経でカバーしている。」 まるで何かの書類でも読むように、そんな事を話す日吉は、 いたずらっ子のような顔をすると、こんな内容も俺に聞かせてくれた。 「彼の昼飯は、いつもサンドウィッチなんだ。本人は、好きだから……と、 言っているけれど。本当は、部室で着替えをしながら食べやすい からだな。昼飯を食べるのも、時間がもったいない。そういう事。 とにかく、人よりも早くコートを取りたいらしい。 単純思考のテニス馬鹿って事だ。 だから、彼に会うなら、テニスコートを探した方が早い。」 一人言のように宍戸亮の情報を話ながら、日吉は、南グランドにある テニスコートまで、俺を連れていってくれた。 到着してみると、確かに、テニスウェアに身を包んだ子供達が、黄色の ボールを追いかけて走り回っている。 「このテニス部は、かつてプロ選手も輩出しているので、関東では名が 知られている。だから、授業にもテニスを取り入れるくらい、学園側も 熱心なんだよ。ほら、見てみろよ。ガキの遊び場にしては、なかなか 良い設備だろ? 」 小等部の第一コートは、八面あったが、土は綺麗に整地され、夜間にも 使用できるように照明設備がついていた。隣には、シャワールーム完備の 部室まであるらしい。 「でも、無駄な出費だろうね。この学校に通えるくらいの生徒なら、みんな 家にテニスコートくらい持っているし、いくらでもテニススクールに 通えるし、プロのコーチに指導も受けられるじゃないか……。」 日吉は、小声で皮肉な台詞を吐いていたが、俺は、そんな事は聞いて いなかった。 いや、耳には、言葉がきちんと届いている。しかし、それを理解するには、 脳が働かないのだ。 夢にまで見た彼が、今、俺の目の前にいるからだった。 五十人近い子供達が練習していたが、俺には、一瞬で『 宍戸亮 』の 姿を見つける事ができた。 ![]() ![]() 1ページ目へ戻る 3ページ目へ進む 小説マップへ戻る |