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   彼女は、何がそんなに嬉しいのかわからないが、始終、はじけるような

   笑顔を浮かべている。今は、空気の冷え切った二月だと言うのに。彼女の

   回りだけ、甘い香のする花が咲き誇るように思えた。


   俺は、料理を口にする事に対して、楽しさなど、感じた事は無かったような

   気がする。
成長するため、丈夫な身体を作るため、勉強に必要な頭脳を

   維持するため。そのために栄養素を体内に入れる。だから、食事を取るのだ

   と教わってきたからだ。


   俺が注視する中、少女は、おもむろに口をパカリと開けた。


   躊躇が無い、潔い口の開け方で、まるで古墳で出土した埴輪のようだった。

   そして、切っていない子牛の肉の塊を端から咥え、モシャモシャと口に

   詰め込み始めた。風船のように頬が膨らみ、綺麗な顔が台無しになった。


   まさか、その肉をひと飲みで行くつもりなのかと、俺がいぶかしんでいると、

   突然、その子は、かがみ込むようにして、咳き込み始めた。


   どうも、肉が喉に詰まったらしい。慌てて、隣に座る紳士の前にあるグラスを

   手に取り、入っていた赤い液体を喉に流し込んだ。


   「あっ! 駄目だッ! 」

   俺は、思わず声を出してしまったが、相手の少女に聞こえるはずも無かった。

   その刹那、その子は、盛大に飲んだ液体を吐き出した。


   初めて、ワインを飲んだのに違い無かった。

   苦い薬を味わった時のように、顔をしわくちゃに歪めて苦しんでいる。

   俺は、それは見て、クスクスと笑ってしまった。


   食事の最中、そんな笑い声を出すなんて思っていなかった俺の両親は、

   驚いた様子で息子の顔を覗きこんだ。


   中央のステージでは、オペラ歌手が去り、ちょうどピエロ達が、コミカルな

   ダンスとジャグリングを披露していたので、それが、面白かったのだと

   両親は解釈したらしい。


   それから、不思議な彼女は、テーブルにこぼれたワインをナプキンで強引に

   ふき取り、懲りずに再度、牛肉と格闘を始めていた。


   俺は、黙って、それを見つめ続ける。

   彼女の食事風景を眺めているだけで、何だか楽しい気分になり、身体が

   ホカホカと変に暖かいのだ。


   ずっと、眺めていたいと、俺は思っていた。

   しかし、残念な事に、ピエロよりも楽しいパフォーマンスを披露してくれた

   少女は、突然、スクッと立ち上がると席から離れたのだった。


   俺は、その子の後についていきたい衝動にかられた。しかし、祝宴の主役で

   ある者が、途中で席を離れる事は、礼儀を欠く行動だと理解している。


   俺は、必死で我慢した。

   ステージでは、依頼料が何千万単位と言うマジシャンが、煌びやかな衣装を

   身にまとい、得意の技を披露している。


   会場内での瞬間移動も、箱に入り身体をバラバラにされてしまうマジックも。

   どれも驚く技ばかりだったが、それを見ても、俺の心は沈んでいた。


   両親が大切に育ててくれるのは、嬉しかった。

   このような誕生会を開いて祝ってくれるのも、ありがたい。

   でも、俺が本当に欲しかったのは、一緒に笑い合える友達だったのだ。

   あの少女と友達になりたい。

   普通の五歳児なら、幼稚園に通い、友達と外で走り回っているに違いない。

   しかし、俺は、一度も屋敷の敷地から外に出た事が無かったのだ。





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