2ページ目/全3ページ 彼女は、何がそんなに嬉しいのかわからないが、始終、はじけるような 笑顔を浮かべている。今は、空気の冷え切った二月だと言うのに。彼女の 回りだけ、甘い香のする花が咲き誇るように思えた。 俺は、料理を口にする事に対して、楽しさなど、感じた事は無かったような 気がする。成長するため、丈夫な身体を作るため、勉強に必要な頭脳を 維持するため。そのために栄養素を体内に入れる。だから、食事を取るのだ と教わってきたからだ。 俺が注視する中、少女は、おもむろに口をパカリと開けた。 躊躇が無い、潔い口の開け方で、まるで古墳で出土した埴輪のようだった。 そして、切っていない子牛の肉の塊を端から咥え、モシャモシャと口に 詰め込み始めた。風船のように頬が膨らみ、綺麗な顔が台無しになった。 まさか、その肉をひと飲みで行くつもりなのかと、俺がいぶかしんでいると、 突然、その子は、かがみ込むようにして、咳き込み始めた。 どうも、肉が喉に詰まったらしい。慌てて、隣に座る紳士の前にあるグラスを 手に取り、入っていた赤い液体を喉に流し込んだ。 「あっ! 駄目だッ! 」 俺は、思わず声を出してしまったが、相手の少女に聞こえるはずも無かった。 その刹那、その子は、盛大に飲んだ液体を吐き出した。 初めて、ワインを飲んだのに違い無かった。 苦い薬を味わった時のように、顔をしわくちゃに歪めて苦しんでいる。 俺は、それは見て、クスクスと笑ってしまった。 食事の最中、そんな笑い声を出すなんて思っていなかった俺の両親は、 驚いた様子で息子の顔を覗きこんだ。 中央のステージでは、オペラ歌手が去り、ちょうどピエロ達が、コミカルな ダンスとジャグリングを披露していたので、それが、面白かったのだと 両親は解釈したらしい。 それから、不思議な彼女は、テーブルにこぼれたワインをナプキンで強引に ふき取り、懲りずに再度、牛肉と格闘を始めていた。 俺は、黙って、それを見つめ続ける。 彼女の食事風景を眺めているだけで、何だか楽しい気分になり、身体が ホカホカと変に暖かいのだ。 ずっと、眺めていたいと、俺は思っていた。 しかし、残念な事に、ピエロよりも楽しいパフォーマンスを披露してくれた 少女は、突然、スクッと立ち上がると席から離れたのだった。 俺は、その子の後についていきたい衝動にかられた。しかし、祝宴の主役で ある者が、途中で席を離れる事は、礼儀を欠く行動だと理解している。 俺は、必死で我慢した。 ステージでは、依頼料が何千万単位と言うマジシャンが、煌びやかな衣装を 身にまとい、得意の技を披露している。 会場内での瞬間移動も、箱に入り身体をバラバラにされてしまうマジックも。 どれも驚く技ばかりだったが、それを見ても、俺の心は沈んでいた。 両親が大切に育ててくれるのは、嬉しかった。 このような誕生会を開いて祝ってくれるのも、ありがたい。 でも、俺が本当に欲しかったのは、一緒に笑い合える友達だったのだ。 あの少女と友達になりたい。 普通の五歳児なら、幼稚園に通い、友達と外で走り回っているに違いない。 しかし、俺は、一度も屋敷の敷地から外に出た事が無かったのだ。 ![]() ![]() 1ページ目へ戻る 3ページ目へ進む 小説マップへ戻る |