3ページ目/全3ページ 幼稚園に行かない代わりに、英国から母が連れてきたナニィと呼ばれる 乳母達がいる。彼女らは、母親代わりに子供の成長を見守り、また、学校の 先生のように教育をしてくれる。 俺は、背後に控えている乳母の一人に声をかけた。彼女は、俺と同じ年頃の 娘が一人おり、そのせいもあって、教育担当の総責任者となっていた。 「これは、いつになったら、終わるのかな? 」 彼女は、児童心理に詳しいプロだけあって、すぐに、俺の気持ちを察して くれた。子供が、長い時間、座り続けるのは難しい。 俺の場合、類まれな忍耐力と、彼女らの教育の賜物で、このように紳士然 としていられるだけだった。 「あと、十五分ほどしますと、長太郎様のバースデーケーキの披露があります。 それが済みましたら、ご自由に席を離れてけっこうですよ。」 俺の席の隣に設置されている直径五メートルの台座には、これから、特大の ケーキが運ばれてくる予定だった。ウェデングケーキのように三段重ねを しており、白い生クリームと果物が乗せられ、頂上の一段目には、五本の 蝋燭が設置されている。火をつけると、花火のように、七色の炎が美しく 散る特注品だった。 俺は、乳母のその説明を聞くと微笑んだ。 すでに、あの少女に会いに行く事しか考えていない。 あの子の微笑みが、まるで真っ赤な薔薇が咲くように。俺の頭の中に 色鮮やかに広がっていた。 それは、俺にとって、この世の何よりも魅力的だった。 ★ 鳳家には、千近い部屋があるが、各所に監視カメラが設置されている。 警備室に問い合わせれば、そのモニター映像を見る事ができるのだった。 俺は、パーティ会場にある詰所に立ち寄ると、警備担当の主任に頼んで、 例の子供の姿を探してもらった。 何百もあるカメラの映像が、次々に切り替わってゆく。邸内には、美しく 着飾った人々で溢れていたが、その中で幼い子供は、わずかしかいない。 『 腰まである長い黒髪 』に注意して探していると、南棟一階の回廊内で ゆっくりと歩いている姿を発見する事ができた。 彼女は、何度か立ち止まっては、中庭を覗いている。 その庭は、自由に外出する事の出来ない俺のために、三歳の誕生日に祖父が 作ってくれた物だった。 透き通った湧き水が流れ、白い橋がかけられている。イギリスの古城にある 庭園をまねて作られたもので、緑の芝生が広がる中に、白い石が敷き詰め られた遊歩道があり、その先にある広場には、ブランコなどの遊具と 噴水が置かれていた。 俺は、勉強時間以外は、朝から日が暮れるまで、そこで過ごす事が多い。 何百種もの花の咲く庭園は、俺のお気に入りの場所だったからだ。 しかし、冬になると、その川の水が子供には危険だろうからと 閉鎖されてしまい、植樹されている木々を、窓辺から観賞するためだけに 使われている。 俺が、モニターを見つめていると、その少女は、中庭へ続くガラス扉を 押し開けようと体当たりを始めた。締め切られた扉は、金具で固定して あるはずなのだが、楔が古くなっているのか、子供の力で少しずつ 押し開かれてゆく。 大きな扉が開くにつれ、彼女の糸のように細い髪が、吹き込んだ風に なびいている。 その姿は、見惚れるほど美しかった。 俺は、両親に注意を受け、冬期は決して、その庭に入った事は無かった。 ずっと自室の窓辺で、悲しい気分で庭を見つめているのが、冬場の日課に なっていた。 俺の中にあったそんな常識が、この少女によって、一つ一つ崩されてゆくのを 感じて、俺は身震いをした。 ( この子には、出来ない事なんて、一つも無いのかもしれないな。 ) 俺は、両親の言いつけ通り、一度も外に出た事が無かった。 同じ年頃の子供と話をした事も、遊んだ事も無かった。 いつも愛想笑いばかりで、腹を抱えて笑った事は無かった。 この屋敷で、一人きりで過ごすのは寂しい。でも、それを人に話すのは、 我が侭のようで言えなかった。 だから、目の前いる少女の大胆な行動が、とても魅力的に思えて、目が 離せなくなったのだろう。 しかし、その『 自由の女神 』は、知らないのだ。 その庭園は、俺と家族以外は、入ってはならない禁域だ。 許可された者以外が中に踏み込むと、セキュリティ装置が作動し、窓に 全てシャッターがおりてしまう。さらに、侵入者に対して、蛍光塗料入りの マーカーが吹き付けられるのだ。 俺は、慌てて、装置の解除を主任に頼むと、警備員詰所を後にした。 その4 〜ファーストコンタクト〜の巻 へ続く→ 行ってみる ![]() ![]() 2ページ目へ戻る 小説マップへ戻る |