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   「そもそも房中術では、気を陽、血を陰と考えております。 

   女性には、月経があるため、血が不足し、気が過剰になりやすい。

   逆に、男性は、体内に精を蓄えるため、血が余り、気が不足します。


   気とは、生きるために必要な生気です。


   もともと気が不足している男性が、女性の体内に精を放ってばかりいては早死に

   してしまう。 同時に、気が過剰にある女性が、許容以上の気を体内に取り込めば

   死んでしまう。


   気は、お互いの間で正しく循環させ、均衡を保たねば、命を縮める事になります。」

   「……すると、私の妻が産後に死んだのは。体内に気を溜め込みすぎたせい。

   そして、私の
……。この原因のわからぬ病は、子供を作り、自分の気を使い

   果たしたせい。
 そのように、おっしゃるのでしょうか? 」

   老人は、うなずくと、両目を涙で濡らした。

   「私が気に病むのは、ご当主様のお体の事だけではありません。

   同じ気質を受け継いだ、お子様達の事も心配なのです。この先、何か不自由が

   起こるやもしれません。」


   そう言うと老人は、着物の懐に右手を差し入れ、拳大の白い包みを取り出した。

   それは、大きな白い絹の布袋であり、畳の上に広げると、中より親指大の青い石が

   何十も転がり出てきた。


   「私が、この十年の間、貿易業の傍ら、世界中を巡り、集めた品物です。石には、

   それぞれ独自の波長があるのです。 
鳳家の皆様には、深みのある青色をした

   サファイアが、最も合っていると思われます。
 慰め程度にしかなりませんが、

   これをお子様達に分け与えてください。これが、過剰な精を押さえ、不足した気を

   補うように働く事でしょう。


   同じように、人にも、生まれながらに持ち合わせた気があるのです。ご当主様と

   奥様は、それが合わなかったため、こ
のような悲しい結果になったのでしょう。

   どうか、お子様達には、同じ体質を持つ相手と娶わせてください。探すのは、根気の

   必要な作業かもしれませんが、寿命を延ばすには、その方法しかございません。」

   話し終えた老人は、辛そうに頭を垂れてしまった。 それを見て、当主は、小枝の

   ように痩せ衰えた両手をゆっくりと伸ばすと、老人の皺だらけの手を取った。


   「確かに、私は、もうすぐこの世を去るでしょう。でも、可愛い子供達に囲まれて

   幸せな人生を送る事ができました。
この感謝の気持ちをどう表わせば良いのか、

   わかりません。」


   そう言って、にこやかに微笑む鳳家の当主が、他人と会話をかわしたのは、それが

   最後となった。
 その晩、ついに息を引き取ったのである。

   その時、鳳家に譲られた宝石は、子供達に渡され、いつも身につけるようにと

   装飾品に加工された。 そして、石の波長を増幅させる効果があるとされ、必ず

   絹製品も一緒に着るようにと伝承されたのだった。


                   ★

   俺が生まれた時、両親から受け取ったサファイアは、数百個にのぼる。先祖達が

   全世界から探し求め、買い続け、鳳家に蓄えた物だった。


   そのうち、最も大きな青紫色に輝くサファイアを指輪に加工して、俺はいつも持ち

   続けていた。それを、宍戸亮に贈ったのだった。


   親に知られたら、何と言われるかわからなかったが、俺は、とても満足していた。

   宍戸亮に会った五歳の時に、強い運命を感じていた。

   若き日、同じ病で倒れた父が、看護師をしていた母と病院で出会った時、まるで、

   感電したように動けなくなったと、良く寝物語に話してくれた。


   母に出会った瞬間、父の人生は、それまでと全く違う物になってしまったのだ

   と言う。 
それと同じ事が、息子の俺の身にも起こっていた。

   俺は、熱にうなされながら、過去の出来事を思い出していた。 俺の寿命が、もし、

   十三年間ならば、他人と比較してみたら短いのかもしれない。


   でも、俺にとっては、とても充実した特別な時に違いなかった。

   なぜなら、愛する人と出会えたからだ。

   もし、このまま、人生が終わったとしても。彼が幸せに生きていけるなら、俺は、

   とても満足だった。

   彼は、俺を幸せな気分にしてくれた、たった一人の相手だからだ。




      その3 〜運命の出会い〜の巻 へ続く→ 行ってみるその3・運命の出会い 



          
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