3ページ目/全3ページ 「そもそも房中術では、気を陽、血を陰と考えております。 女性には、月経があるため、血が不足し、気が過剰になりやすい。 逆に、男性は、体内に精を蓄えるため、血が余り、気が不足します。 気とは、生きるために必要な生気です。 もともと気が不足している男性が、女性の体内に精を放ってばかりいては早死に してしまう。 同時に、気が過剰にある女性が、許容以上の気を体内に取り込めば 死んでしまう。 気は、お互いの間で正しく循環させ、均衡を保たねば、命を縮める事になります。」 「……すると、私の妻が産後に死んだのは。体内に気を溜め込みすぎたせい。 そして、私の……。この原因のわからぬ病は、子供を作り、自分の気を使い 果たしたせい。 そのように、おっしゃるのでしょうか? 」 老人は、うなずくと、両目を涙で濡らした。 「私が気に病むのは、ご当主様のお体の事だけではありません。 同じ気質を受け継いだ、お子様達の事も心配なのです。この先、何か不自由が 起こるやもしれません。」 そう言うと老人は、着物の懐に右手を差し入れ、拳大の白い包みを取り出した。 それは、大きな白い絹の布袋であり、畳の上に広げると、中より親指大の青い石が 何十も転がり出てきた。 「私が、この十年の間、貿易業の傍ら、世界中を巡り、集めた品物です。石には、 それぞれ独自の波長があるのです。 鳳家の皆様には、深みのある青色をした サファイアが、最も合っていると思われます。 慰め程度にしかなりませんが、 これをお子様達に分け与えてください。これが、過剰な精を押さえ、不足した気を 補うように働く事でしょう。 同じように、人にも、生まれながらに持ち合わせた気があるのです。ご当主様と 奥様は、それが合わなかったため、このような悲しい結果になったのでしょう。 どうか、お子様達には、同じ体質を持つ相手と娶わせてください。探すのは、根気の 必要な作業かもしれませんが、寿命を延ばすには、その方法しかございません。」 話し終えた老人は、辛そうに頭を垂れてしまった。 それを見て、当主は、小枝の ように痩せ衰えた両手をゆっくりと伸ばすと、老人の皺だらけの手を取った。 「確かに、私は、もうすぐこの世を去るでしょう。でも、可愛い子供達に囲まれて 幸せな人生を送る事ができました。この感謝の気持ちをどう表わせば良いのか、 わかりません。」 そう言って、にこやかに微笑む鳳家の当主が、他人と会話をかわしたのは、それが 最後となった。 その晩、ついに息を引き取ったのである。 その時、鳳家に譲られた宝石は、子供達に渡され、いつも身につけるようにと 装飾品に加工された。 そして、石の波長を増幅させる効果があるとされ、必ず 絹製品も一緒に着るようにと伝承されたのだった。 ★ 俺が生まれた時、両親から受け取ったサファイアは、数百個にのぼる。先祖達が 全世界から探し求め、買い続け、鳳家に蓄えた物だった。 そのうち、最も大きな青紫色に輝くサファイアを指輪に加工して、俺はいつも持ち 続けていた。それを、宍戸亮に贈ったのだった。 親に知られたら、何と言われるかわからなかったが、俺は、とても満足していた。 宍戸亮に会った五歳の時に、強い運命を感じていた。 若き日、同じ病で倒れた父が、看護師をしていた母と病院で出会った時、まるで、 感電したように動けなくなったと、良く寝物語に話してくれた。 母に出会った瞬間、父の人生は、それまでと全く違う物になってしまったのだ と言う。 それと同じ事が、息子の俺の身にも起こっていた。 俺は、熱にうなされながら、過去の出来事を思い出していた。 俺の寿命が、もし、 十三年間ならば、他人と比較してみたら短いのかもしれない。 でも、俺にとっては、とても充実した特別な時に違いなかった。 なぜなら、愛する人と出会えたからだ。 もし、このまま、人生が終わったとしても。彼が幸せに生きていけるなら、俺は、 とても満足だった。 彼は、俺を幸せな気分にしてくれた、たった一人の相手だからだ。 その3 〜運命の出会い〜の巻 へ続く→ 行ってみる ![]() ![]() 2ページ目へ戻る 小説マップへ戻る |