2ページ目/全3ページ 日吉は、それを拾い上げると、素知らぬ顔で、俺にこう言ったのだった。 「危ないですよ。手荒に扱わない方が良いです。 そのカシミアサファイアは、高品質で、かなり高価な部類らしいです。紫色の混じらない、 澄んだ綺麗な青色のサファイアは、なかなか手に入らないらしいですよ。」 俺は、日吉からケースを手渡されながら、思わぬ事態に唖然としていた。 一歩だけ後退すると、俺は、掠れた声を出した。 「・・・お前は。一体、何なんだよっ! 」 日吉は、真顔で、俺に会釈した。 「俺も先輩と同様に、鳳家に雇われている人間です。 ・・・と、言っても、俺の場合は、学園内のボディガードが主な仕事なんですけどね。」 日吉は初等部の時に、鳳と一緒に、この氷帝学園に入学したのだと言う。 日吉家は、父親の代から、鳳家のサポートを任されているらしい。それから、ずっと同級生と 言うポジションで、ガードの仕事をしているのだ。 しかし、俺は、鳳長太郎と日吉若が、仲良く一緒にいる姿を見た記憶が無かった。 親しい様子で、会話をしていた姿も見ていない。 「まあ、友達とは、ちょっと立場が違いますからね。 でも、中等部で、当主がテニスを始めるつもりだと聞いた時は、さすがに止めましたよ。 それは、俺もテニス部に入らないとならないですから。とんだ過剰労働です。 ・・・まあ、それも、もう終わりみたいですけどね。」 「・・・終わり? 何が終わりになるんだ。お前も、俺と同じように、鳳家に雇われているのが、 嫌になったのか? 」 日吉は、俺の言葉を聞くと、神妙な面持ちで考え込んだ様子だった。数秒してから、言葉を 選ぶようにして、こう告げた。 「確かに・・・。俺も、先輩と同じように、状況が良くわからない七歳の時から、仕事を始めた わけですけどね。 ただ、俺の場合は、自分で納得して、当主のガードをやってましたから。 別に、嫌では無かったですよ。俺は、ただ、強くなりたかっただけですから。 毎日・・・なんと言うか、刺激が多くて、興奮できた毎日でした。 ああ、そうですね。だから、もう少しテニスを続けたいのかもしれないな。 健康的に身体を動かすと言うよりも・・・ずっと格闘技に近いかもしれない。 それも、いつでも真剣勝負だ。」 日吉は、思い出したように瞳を輝かせていた。 日吉は、自分自身で思っているよりも、ずっと、テニスが好きな人間なのだろうと、俺は 気がついていた。 「それで・・・。俺に、何か用事でもあるのか? 」 俺は、日吉が声をかけてきた理由は、鳳長太郎に関係する事なのだろうと確信していた。 日吉と俺の接点と言えば、それしか無いからだ。 「 用事と言うか・・・。宍戸先輩への報告ですね。 ここで待っていても、当主は、部活には来ません。 正確に言えば、今週は、学園を欠席しています。このままだと自主退学の届出を、 黒沼さんが持参するのも時間の問題では、無いでしょうか? 」 無表情のまま、顔色一つ変えずに、日吉若は、そう言った。 ![]() ![]() 1ページ目へ戻る 3ページ目へ進む 小説目次へ戻る |