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   日吉は、それを拾い上げると、素知らぬ顔で、俺にこう言ったのだった。

   「危ないですよ。手荒に扱わない方が良いです。

   そのカシミアサファイアは、高品質で、かなり高価な部類らしいです。紫色の混じらない、

   澄んだ綺麗な青色のサファイアは、なかなか手に入らないらしいですよ。」


   俺は、日吉からケースを手渡されながら、思わぬ事態に唖然としていた。

   一歩だけ後退すると、俺は、掠れた声を出した。


   「・・・お前は。一体、何なんだよっ! 」

   日吉は、真顔で、俺に会釈した。

   「俺も先輩と同様に、鳳家に雇われている人間です。

   ・・・と、言っても、俺の場合は、学園内のボディガードが主な仕事なんですけどね。」

   日吉は初等部の時に、鳳と一緒に、この氷帝学園に入学したのだと言う。

   日吉家は、父親の代から、鳳家のサポートを任されているらしい。それから、ずっと同級生と

   言うポジションで、ガードの仕事をしているのだ。


   しかし、俺は、鳳長太郎と日吉若が、仲良く一緒にいる姿を見た記憶が無かった。

   親しい様子で、会話をしていた姿も見ていない。


   「まあ、友達とは、ちょっと立場が違いますからね。

   でも、中等部で、当主がテニスを始めるつもりだと聞いた時は、さすがに止めましたよ。

   それは、俺もテニス部に入らないとならないですから。とんだ過剰労働です。

    ・・・まあ、それも、もう終わりみたいですけどね。」


   「・・・終わり? 何が終わりになるんだ。お前も、俺と同じように、鳳家に雇われているのが、

    嫌になったのか? 」


   日吉は、俺の言葉を聞くと、神妙な面持ちで考え込んだ様子だった。数秒してから、言葉を

    選ぶようにして、こう告げた。


  「確かに・・・。俺も、先輩と同じように、状況が良くわからない七歳の時から、仕事を始めた

   わけですけどね。
 ただ、俺の場合は、自分で納得して、当主のガードをやってましたから。

   別に、嫌では無かったですよ。俺は、ただ、強くなりたかっただけですから。

   毎日・・・なんと言うか、刺激が多くて、興奮できた毎日でした。


   ああ、そうですね。だから、もう少しテニスを続けたいのかもしれないな。

   健康的に身体を動かすと言うよりも・・・ずっと格闘技に近いかもしれない。

   それも、いつでも真剣勝負だ。」


   日吉は、思い出したように瞳を輝かせていた。

   日吉は、自分自身で思っているよりも、ずっと、テニスが好きな人間なのだろうと、俺は

   気がついていた。


   「それで・・・。俺に、何か用事でもあるのか? 」

   俺は、日吉が声をかけてきた理由は、鳳長太郎に関係する事なのだろうと確信していた。

    日吉と俺の接点と言えば、それしか無いからだ。


   「 用事と言うか・・・。宍戸先輩への報告ですね。

   ここで待っていても、当主は、部活には来ません。

   正確に言えば、今週は、学園を欠席しています。このままだと自主退学の届出を、

    黒沼さんが持参するのも時間の問題では、無いでしょうか? 」


   無表情のまま、顔色一つ変えずに、日吉若は、そう言った。



                                    
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