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   俺は、鞄を持ち上げると、台所で食器を洗っていた母に声をかけ、玄関から走り去った。

   いつも平日に家に来てもらっていた家政婦には、昨日限りで辞めてもらったらしい。母が、

   鳳長太郎の母親のお供として、出かける事は、もう無いからだ。これからは、ずっと専業主婦として

   家事を受け持ってゆく。


   兄も留学生として、数年、大学に在籍し、そののち、日本に帰国するらしい。もう、兄も海外で、

   鳳家のご令嬢のボディガードをする必要は無いのだ。


   父は、すでに勤務先である高校へと向かった後だった。父の方は、高校教師の職を

   失う事は無かった。


   月曜日の晩、帰宅した父から、俺達の今後の身の振り方を聞いた時、俺も母も驚いてしまった。

   俺は、てっきり父は解雇されるのだと思っていたからだ。


   「私は、確かに、鳳家の当主をガードする仕事は失った。しかし、高校教師の職は、関係無く

   続けられるそうだ。その上、私達が生活していけるように、退職金をそれぞれに出してくれるそうだ。

   これも、全て長太郎様が、お父様に口添えしてくれたおかげで・・・。」


   あの男を様付けで呼ぶ父の姿に、俺は怒りを感じて、父の言葉を途中で遮ってしまった。

   俺は、卑下するような、父の姿を見るのは嫌だったからだ。

   「・・・俺達は、もう使用人ってわけじゃねぇ〜だろう。どうして、敬称をつける必要があるんだよ。

   金持ちの跡取り息子でも、まだ、俺と同じ中坊じゃねぇかよ。」


   そういう俺に対して、父は諭すように言葉をかけた。

   「お前は、何か誤解しているようだ。もともと鳳の家に仕えたいと熱心に希望したのは、私の

   祖父母の方だったんだ。別に鳳の当主が私達に強制したわけでは無いんだよ。


   それだけの恩を宍戸家の先祖が受けたって事だ。確かに、そんな大昔の事は、お前のような

   若い者には関係無いかもしれない。でも、私は、お前とは違って、子供の頃から、その話を

   聞かされて育っている。だから、少し考え方が違うのかもしれない。


   確かに、これからは、鳳家と接触する事は無くなるだろう。でも、感謝の気持ちを失う事は、

   私には一生涯無いと思ってい
るよ。」

   父の言葉に、俺は、驚きのあまり目を見開いていた。まさか、そんな事を父が言い出すとは

   思っていなかったからだ。


   「・・・お前は、知らない事だろうが。もともと鳳家と宍戸家は、遠い親戚関係に当たる家同志になる。

   片方は、現代になっても変わらぬ資産を有している。しかし、もう片方は、事業に失敗して

   落ちぶれてしまい、親戚一同に多
大な迷惑をかけてしまった。絶縁されても仕方がなかった

   私達を助けてくれたのは、鳳家の当主だけだった。


   当時、鳳家の当主には、宍戸の一族を助けなければならない理由があったんだ。

   そして、宍戸家にも、鳳の当主に尽くす事には、ちゃんとした意味がある。


   私達には、とても強い絆があるんだよ。お前もしばらくあの方達と接していれば、

   きっと理解できるはず・・・。」


   俺は、父のその言葉をぼんやりと聞いているしか無かった。

   俺が、鳳邸でどんな目にあったか知っているはずの父が、鳳家の当主を守るような台詞を

   言うのである。


   俺は、目の前にいる父親の心を信じる事が出来なくなっていた。

   「もう、良いよ。どちらにしても・・・。

   俺は、中学を卒業したら、家を出て働きに出る。

   俺は、あの連中と一緒に生きてゆくなんて、御免だね。二度と鳳長太郎の事は、

   思い出したくも無い! 」


   俺は、夜更けまで父と口論した結果、最後に父にそう言い放って、居間を離れた。

   どんなに対話をしても、理解しあえない場
合も世の中にはあるのだった。

   母は、何も言わずに始終無言でそばに座っていただけだった。

   たった、一晩、俺が鳳家で過ごしている間に、様々な事が変化したように思えて仕方が無かった。

   その変化は、俺の家族だけでなく、鳳長太郎の身にも起こっていた事を、この時の俺は

   まだ想像もしていなかったのだ。





          その5 〜もう一人の新入生〜の巻へ続く→ 行ってみるその5・もう一人の新入生




        
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