2ページ目/全3ページ ベンツの扉を岩槻が開くのを待ちきれず、自分で押し開けて、外へと飛び降りた。 玄関のドアを勢い良く開け、中へと駆け込んだ。たった、一晩不在にしていただけなのに、 もう何年も離れて生活していたような不思議な感覚にひたっていた。 ドアの蝶番が開く音で気がついたのか、母が台所から走ってきてくれた。母は事情をすでに 知っているらしく、驚いた顔もせずに、俺を強く抱き締めると、また頬を涙で濡らしていた。 そして、母は、「おかえりなさい。」と言ってくれた。 俺の帰宅は、歓迎されているらしい。もし、両親に拒否されていたら、途方に暮れていたように思う。 それだけで安心した俺は、笑顔で「ただいま」とだけ答えた。少しだけ声が震えてしまったので、 気恥ずかしい。母からゆっくりと身体を離すと、「少し休む。」と言い、二階にある自分の部屋へ行き、 そのままベッドへ倒れ込んだ。 母の出迎えで、俺の心はとても温かになっていたが、それとともに、大きな不安でいっぱいに 膨らんだのも事実だった。自分だけの問題ならば、こんなに悩む事も無い。しかし、今回の件は、 家族を巻き込んでいるのだ。 俺は、父親が仕事から帰宅したら、今後の事を話合う事にしていた。父がどんな返答をくれるのか 不明だったが、俺は、中学を卒業したら進学せずに、すぐに働くつもりだった。そうすれば、 父の負担も軽くなるだろうし、俺自身の気持ちも整理がつくような気がしていた。 鳳家の連中の言いなりになるくらいなら、中学を辞めて働く方がマシだと言ったのは、 偽りの無い本心だった。 (結論が出たら、何て事はねぇな。逆にすっきりした。) 俺は、笑顔を浮かべると、ベッドの上で寝返りを打った。疲労した身体の気だるげな状態も、 深い眠りに入る前の心地よい感覚にすりかわってゆく。 そうして、少しずつ眠気が強くなり、俺が小さな寝息を立て始めた時だった。突然、けたたましい 音量の管弦楽器の曲が鳴り始めた。それも、自分の懐から高らかに鳴り響いている。 (げッ! この馬鹿みたいにノリの良い曲は・・・。) 慌てて飛び起き、上着をまさぐってみた。カツンと指先に硬い金属が当たったので、右側の ポケットに手を突っ込んで、騒音の元凶を取り出してみる。 俺の右手に握られた物体は、見覚えのある携帯電話であり、《 俺に捧げる曲 》が軽快な リズムで鳴り響いている。俺は、驚きのあまり、即座に電源ボタンをオフにした。 一体、誰が、これを俺の上着に入れたのだろうか? そして、電話をかけてきた人間は、一体、誰なのだろうか? まさか、鳳長太郎本人なんだろうか? この携帯電話は、俺には不要なシロモノなので、黒沼にちゃんと返却していたのだ。 俺は、疑惑を感じながら、再度、携帯電話の電源をオンにした。着信履歴を見ると、確かに 鳳邸の電話番号が出ているが、それが、誰からの送信かは不明だった。数コールで切れて しまったらしく、何の伝言も留守録も残されていなかった。 これは、きっと、俺に携帯電話の存在を知らせたいだけのコールに違い無かった。 さらに、携帯電話の出てきたポケット以外にも、上着がこんもりと膨らんでいる。他にも何か 入っている様子だ。 俺が反対側の左ポケットを探してみると、鳳が俺に渡した謎の小さな包みが出てきた。 それも出発間際に、「俺が受け取る理由が無い。」と黒沼に突っ返して来たはずだった。鳳から、 何かもらう事が、俺には苦痛にしかならないからだ。 さらに、上着をベッドの上で力いっぱいふると、胸の裏ポケットからは、写真が一枚ひらりと 出てきたのだ。それを摘み上げ、じっくりと眺めて、俺はうなり声を上げてしまった。 薄茶色に色褪せた昔の写真で、噴水のある広い庭で、子供が二人遊んでいる写真だった。 初音が見せると俺に言っていた例の写真だった。 (あの女・・・。一体、いつの間に、俺の上着にこんなモンを仕込みやがったんだ。 ) 女のやる事は、全くあなどれない。先ほど電話をかけてよこした相手も、きっと彼女に違いない。 俺は、初音の早業とも言える所業に驚きながら、写真を注意深く調べていた。 ![]() ![]() 1ページ目へ戻る 3ページ目へ進む 小説目次へ戻る |