1ページ目/全3ページ 宍戸さんには、お金が無い!第2話 その1 〜宍戸亮、帰宅する〜 の巻 鳳長太郎から、《 召使いの解雇処分 》を言い渡された俺は、懐かしい我が家へ 帰宅する事となった。連れて行かれた時と同じく、真っ黒なベンツに乗せられていたが、 《 誘拐もどき 》だった往路とは異なり、すべて自分の意思で選択した結果だったので、 気分は少しだけ良くなっていた。 俺の身体は、思うように手足を動かせないくらい疲れ切っていたので、後部座席に深く座り、 頭を背もたれに預けたまま、ぼんやりと窓の外に流れてゆく快晴の空と町並みを見つめていた。 そして、つい数時間前に、鳳邸で起こった出来事を思い出しては、複雑な気持ちになっていた。 俺=宍戸亮は、親同志の取り決めにより。 鳳家の時期当主=鳳長太郎の性欲処理係に任命されてしまった。 何度、考えてみても、理不尽な話である。 それどころか、薬を盛られたあげく、前後不覚のまま男に犯されてしまったのだ。 この俺が・・・、あの鳳長太郎にだ。 そんな馬鹿な話を受け入れられるはずがない。逃げ出して当たり前。断って、当然だと思う。 たとえ、それで無一文になり、飢え死にしても、俺は、きっと後悔はしない。 ただ、鳳家から解雇され無職になるだろう父と、明日から家計のやりくりが大変になるだろう母。 そして、海外で途方にくれるだろう兄の人生は、一体どうなるのか? (・・・やめよう。考えても、どうしようも無い事だ。) 俺は、瞼を閉じると、自分の明日からの不安定な生活を心配する事は止めて、ここ数時間の 出来事を自分なりに考えていた。 とにかく、めまぐるしい二日間だった。 俺が帰宅するにあたり、鳳邸に用意されていた多くの衣服や装飾品も持って行くようにと、 執事の黒沼から勧められたが、自分の持ち物では無いと断固として断り、自前の洋服を 返してもらった。驚いた事に、一晩で上着もシャツも綺麗に洗濯され、しっかりアイロンが かけられていた。なんと、ジーンズまで皺ひとつ無くなっており、俺が好きで開けていた無数の 穴まで、わざわざ塞がれ修復されてしまっていた。 それを大事そうに部屋へ持ってきたメイドの初音は、俺が着替えをしている最中、隣でずっと すすり泣いていた。 泥で汚れていた俺の顔や手足を、初音が暖めたタオルで拭いてくれた。そして、乱れた髪に 櫛を丁寧に通し、綺麗に結わえてくれた。その時も、彼女の瞳は零れそうなくらい涙でいっぱい になっていた。 俺は、彼女の顔をなるべく見ないようにした。鳳邸で何か心残りがあるとすると、生まれて 初めて、女を騙して泣かせた事だろうか? 「・・・嘘をついて、悪かったな。」 初音には、一言だけ、そう言葉をかけたが、彼女はうな垂れたままで返事をしてはくれなかった。 支度の出来た俺が、館を出発する時に同行したのは、運転手の岩槻だけで、見送りは誰もおらず、 当主の鳳長太郎がどこにいるのか、一切わからなかった。 別に、俺は、あの男に会いたかったわけでは無い。 ただ、胸の中に硬いシコリのような物が出来ている気がしていた。それが、喉の奥で 詰っているようで、何となく苦しい。 俺は、何か、納得がいかないのだ。 (きっちり、あの男をぶちのめして無いからかもしれねぇ。) 結局、最後まで、鳳からは謝罪も聞いていなかったし、細かな説明も一切無かった。 おまけに、俺は、あれだけ心に決めていたと言うのに・・・。 鳳長太郎の顔面に、一撃入れていないのだ。 とにかくだ。 鳳の最後の言葉によると、俺は、氷帝学園に、そのまま在籍するらしい。ならば、部活で彼と 再び顔を合わせる事になるだろう。もし、俺が、鳳長太郎に、もう一度出会ったならば・・・。 その時は、きっと・・・。 (あの大馬鹿野郎の気取っている顔面を、ボコボコになるまで殴り倒す! ) 俺は、人にこれほど酷い仕打ちを受けた事も、騙された事も無かった。 今さら、何も無かった事には、できるはずがない。 (解雇だ。はい、わかりました。なんて、連中に都合良く終わらせてたまるかッ! ) 鳳に対する怒りを頭の中で反芻していると、運転手から声をかけられた。懐かしい我が家へ 到着したのだった。 ![]() ![]() 小説目次へ戻る 2ページ目へ進む |