宍戸さんには、お金が無い!第2話

    その2 〜子供時代のアイツと俺〜 の巻



   八年前、俺が六歳の頃の話である。

   両親に連れられて、鳳長太郎の五歳の誕生パーティへ出かけたのは真実である。

   しかし、宍戸家の人間が、鳳家の使用人であると言う事情を理解できるわけもない、まだ小さか

   った俺の場合。両親の、この言葉だけが頭の中をグルグルと回っていた。


   「亮ちゃん。大きなお城へ行って、美味しい物をたくさん食べましょうね。とっても素敵な場所で、

   遊び場もたくさんありますからね。」


   小さい子供では、飽きてしまうだろうと思った両親の苦肉の策だった。

   パーティ会場で思いっきり豪勢な料理を食べた後、ジュースの飲みすぎで腹が冷えた俺は、

   トイレへと向かったのだった。


   両親は、誰かと挨拶の真っ最中で、俺が会場を抜け出した事に気がついていなかった。

   すでに、氷帝学園幼稚舎の年長組だった俺は、トイレくらい親がついていなくても、立派に

   一人で行けるのだ。


   しかし、鳳邸の馬鹿みたいに広大な敷地面積は、子供の予想をはるかに越えており、トイレ

   どころか自分の今いる場所も全くわからなくなってしまった。目的地を見失ったまま、館の中を

   放浪していた俺の忍耐も、数十分後には限界点へと近づいていた。


  (・・・も、もれちまうよぉ。)

   周りを見回しても、そういう時に限って、誰も通りかからない。俺は、人生最大のピンチを迎えていた。

   足をすり合わせるように歩いていたが、間もなく、そんな歩行状態も不可能になるだろう。

   その時、俺は、目の前に広がる野原に気がついた。

   それは、人工的に作られた庭なのだが。小さかった俺には、ただっ広い花畑が広がっている

   ように見えた。


   その昔、母親が・・・。花や野菜の肥料の大元は、人間の糞便だと教えてくれた。きっと、この中で

   用を足しても、怒られる事は無いはずだ。逆に、「良い肥料をありがとう」 と、草花達に褒められるに

   違い無い。


   元来、楽観主義な俺は、勝手にそう解釈すると、身長の十倍はありそうな重いガラス扉を

   身体全身で体当たりして開くと、自由の地へと歩み出した。


   外は、晴天であったが、二月末に吹く風は、かなり冷たく、俺の頬を刺すように激しく打っていた。

   白い小道を必死で進み、隠れて用足しが出来そうな場所を探し続けた。人がいる前で尻を

   出すのは、みっとも良いものでは無いからだ。


   三分ほど探して、ちょうど自分の身体が隠れそうな木立を見つけて、小走りで近づいた。

   やっと、これで腹痛ともサヨナラだ。そう思った俺は、突然、デカイ声をかけられて飛び

   上がってしまった。


   「おいっ! ソコの髪の長い者。お前、誰にユルシをもらって入ったんだ。ここは、

   俺のショユウチだぞ。」


   俺が入ろうとした木立には、先客がいた。

   俺と背丈はあまり変わらないが、光沢のある奇麗な紺色の上着とズボンを身につけた子供だった。

   俺がいつも喧嘩している闘争本能剥き出しの凶暴なタイプの子供では無い。賢そうな顔をしている。

   きっと、室内でテレビゲームでもやって遊んでいるような子供だろうと、俺は思っていた。


   俺は、ソイツが邪魔だったので、つまみ出そうと腕を掴むと、逆に俺の手を強い力で弾き飛ばした。

    思った以上の力持ちだったので、少し驚いていると、ソイツは、こんな事を言った。


   「お前は、キョカをもらったのか? この庭は、俺のモノだ。知らない者が勝手に入ったら

   ダメなんだぞ。」


   俺は、かなり頭にきていた。

   こちらは、漏れそうで必死だと言うのに、意味不明な事を言う大馬鹿野郎である。

   「ふん。それが、どうした! 」

   俺は、右足をあげると、力いっぱい相手の腹を蹴とばした。

   年長組でも、俺に喧嘩を売るヤツは、大抵、この一撃で仕留めてきた。蹴られた相手は、

   今までの敵と同様に、腹をかばうように腰を折ると、地面へとバタリと倒れてしまった。


   そして、次の瞬間、どの子も声をあげて泣くのだが・・・。

   「・・・何で。俺の言う事を聞かないんだッ! メイレイにソムク者は、許さないからなッ! 」

   苦痛で顔を歪めて腹をさすりながら、それでも、ソイツは立ち上がった。かなり根性の座ったガキだ。

   「・・・言う事を聞かないと・・・大変な事になるんだぞ。」

   俺は、さらに力を込めて、今度は、その子の左足を蹴飛ばした。地面に派手な音と土埃が舞って、

   その子は尻持ちをつくように倒れてしまった。


   今度こそ、泣くかと身構えて待ったが、ソイツは歯を食いしばると、必死に立ち上がろうとしていた。

   全く見上げた根性である。

   俺は、ただ、その場所から移動して欲しいだけだったが、相手の少年は、一ミリも動く気は無いらしい。

   「だあ〜もう。良い加減にしろよ! うぜぇんだよ、お前! 」

   俺は、大声で怒鳴った瞬間、シマッタと思っていた。今まで必死で我慢していたモノが、大声を

   張り上げて下腹に力を入れた時に、いっきに崩れてしまったのだ。


   半ズボンの股の部分が、暖かく濡れてゆくのがわかったが、すでにどうしょうも無かった。

   俺は、泣きそうな気分に浸りながら、どうやって、ごまかそうかと頭を巡らせていた。

   お漏らしなんて、ここ、二年ほどしていない。幼稚舎に上がってから、一度も無かった事なのだ。


   両親に知られたら、確実に怒られるし、それ以前に、みっともなくて仕方が無い。

   六歳児の頃から、俺は、誰よりも負けず嫌いで、自尊心が高かったのだ。

   その時、俺の目に飛び込んできたのは、ライトアップされて七色に光っている噴水だった。

    水はかなり冷たそうだったが、我慢するしか無いだろう。


   俺は、衣服を身につけたまま、噴水の中へ思いっきり良く飛び込んだ。氷水に全身を浸す感じで、

    寒さのあまり歯がガチガチと鳴っている。


   そうやって、俺が必死になって、水に腰を浸していると、また、あの子供が近寄ってきた。

    そして、寒さで青ざめている俺の顔を覗き込むようにして、今度は、こんな事を言ってきた。


   「お前は・・・。俺が、誰だか知らないのか? 俺の事が、怖く無いのか? 」

   「・・・あのなぁ。何で、俺が、お前みたいなガキを怖がるんだよ。

    俺は、怖いモンなんて世の中にねぇよ。」


   お漏らしをして、両親にオシオキを受けるのは、怖いけれど。同じくらいの年の子供を恐れる

    理由なんて無かった。


   俺は、両手いっぱいに噴水の水を掬うと、その子の頭から、冷たい水を浴びせかけてやった。

   「ひゃあぁ〜! 」

   そんな悲鳴をあげて、今度こそ、怯んだ様子で逃げる子供の姿が可笑しかったので、追いかけて

    水をかけていたら、紺色のメイド服を着た女性に呼び止められた。


   そのまま、暖炉のある大きな部屋へ通されて、衣服を着替えさせられた。しばらくすると、テーブルの

    上に美味しそうな菓子が運ばれてきて、食べているうちに両親が顔を出したのだった。


   確かに、その時、俺は、「城が気にいったから、ここから帰りたくない。」と駄々をこねた記憶がある。

   その屋敷の迷路みたいな構造も面白かったし、花畑みたいな中庭の感じも好きになっていたし、

    出てきた菓子も美味かったからだった。


   しかし、初音が言うように、鳳長太郎と仲良く遊んだ記憶では無いのだ。

   俺が部屋で菓子を美味そうに食べている最中、鳳長太郎は、隣で静かに紅茶を飲んでいた

   ような気がする。その時にも、まともに話をした覚えは無かった。今、考えてみると、あの男は、

   しきりに何か俺に言いたそうな様子で、落ち着きが無かったようにも思える。


   何度か立ち上がろうとしたのか、椅子がガタガタ鳴るので、俺が、隣にいる鳳の顔を見ると、

   慌てたように視線をそらして、押し黙っていた。


   まあ、あの男の場合、部活中でも、鳳邸でも、同じような態度をしていたので、そういう性格なの

   かもしれない。対人恐怖症やら、口ベタな人間もいるのだろうし、仕方無い話だろう。


   まあ、あの男が、俺を強姦するような、変態野郎だとは、この時には、気がつかなかったわけだが・・・。



          その3 〜鳳長太郎の贈り物〜の巻へ続く→ 
行ってみるその3・鳳長太郎の贈り物


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