宍戸さんには、お金が無い!第2話

    その3 〜鳳長太郎の贈り物〜 の巻



   俺は、ベッドに寝転んで、昔の事を考えながら、不思議な思いでいっぱいになっていた。

   どう考えても、鳳には嫌われる要因しか無いような気がする。


   小さい頃から、鳳長太郎には反発しているし、初対面で暴力まで振るっている。

   中等部で接触するのは、部活の時間だけだが、その時も、先輩として、厳しく接しているはずだ。 

   氷帝の男子テニス部は、練習が過酷なので有名だが、同じくらい先輩後輩の

   上下関係も厳しいのだ。 入部した一年の半分近くが、数ヶ月で退部してしまう。


   部活での鳳とのヤリトリも思い出してみたが、自分が鳳に好かれる要因が無いように思えた。

   俺は、テニスにしか興味が無い。

   それも、自分がレギュラーを取る事に必死で、人に褒められるほど、後輩の面倒をみた記憶が無い。

   弱いプレイヤーには興味は無いし、ライバルだと思われる実力者とは戦いたくて仕方が無い。

   生まれながらに、闘争本能が強い人間なのかもしれなかった。


   俺は、ベッドの上をグルグル転げ回っていた。何となく身の置き所が無い感じで、だるくて

   たまらない。 少し眠ろうと思っていたが、考えているうちに頭が冴えてしまっていた。


   そのうち、自分が握りしめていた物体に気がついた。

   鳳が、最後に、俺に渡した小さな握りこぶし大の包みだった。開けるつもりは無かったのだが、

   あの男を知る手がかりが欲しいような気がしていた。


   俺は、起き上がり、ベッド端に腰かけると、箱にかけられた赤いリボンを外し、美しい赤と金の

    包装紙を破り去った。その下から出てきた物は、紫色のビロードの布が貼られた小箱であった。


   (おい、この形のケースって言ったら・・・。)

   俺の記憶では、これは、宝石を保管するケースだ。母親もいくつか貴金属を持っているが、

    同じような箱を鏡台に置いている。


   二枚貝のような構造のケースを、慎重な手つきで開けてみた。箱を開封するだけの作業なのに、

    緊張している自分に苦笑した、中から、何かとんでも無い物体が出てきそうな不安があるからだった。


   それは、あの鳳長太郎からの贈り物だからだ。

   それも、《 退職金代わり 》なんて、嫌な言葉のオマケがついている。

   俺は、箱を開いたとたん、乱反射する光が眩しくて目を細めた。ある程度は想像していたが、

   中から出てきたのは、数種類の宝石で飾られた指輪であった。


   中央には、親指大の大きな青い石が乗せてある。まるで光沢のあるベルベッドのような光を

   放っていた。 その周囲には、小指大の透明な宝石が十以上も輝いていた。

   たぶん、中央がサファイア、周囲の石がダイヤモンドのように思えた。指輪の台座は、少し鈍い

   銀色をしている。 本物の銀かプラチナだろうか?


   宝石の価値など知るわけも無いが、鳳が用意した物である。安い品とは、とても思えなかった。

   (一体、いくらするんだ、こんなモン。)

   指輪をつまんで振ってみたり、手の平に乗せて回したりして眺めている内に、ある事に気が付いた。

   俺の背筋には、冷や汗が流れ始めた。


   リングの内面に、長い英数字で何か刻まれているのだ。

   英語は苦手だったので、細かな内容は判別できないが。最後の言葉だけは、俺にも理解できた。

   日本語に訳せば、こうである。

   《 ・・・愛をこめて。 リョウへ。  》

   「うわぁぁ〜! 」

   俺は、自室に響き渡る大声を上げて、ベッドの上でのたうってしまった。

   (一体、何だよ。その愛ってのは・・・?? )

   リョウと言う名前の人間なら、日本中に五万といると思うのだが。この状態で、俺以外の名前を

   掘り込むはずが無かった。しかし、そんな物を男の鳳から贈ってもらう意味がわからない。


   確かに、あの晩。俺は、鳳長太郎から、愛の告白らしき言葉を言われているが・・・。

   薬を飲んだ上での、戯言程度に思っていた。

   (本気で、あの男は、俺が好きなんだろうか? )

   そう思ったら、自分の顔面から、奇妙な汗が吹き出るのがわかった。恥ずかしさや、嫌悪感や、

    いろいろと混ざった気分で、何と言っていいのか、わからない。


   黒沼の言うように、男は子供が出来ないから、性処理の道具に選ばれた・・・の方が、まだ理解

   しやすいように思えていた。


   俺がベッドの上で、激しく手足をばたつかせて騒いでいるので階下にいた母が声をかけてきた。

   「亮? 静かにしないと近所迷惑ですよ。」

   確かに、都内だと言うのに森の中にある鳳邸と違って、この家は、人口密度の高い住宅街の

   中にある。それも、隣との境は、五メートル程度しか無い。


   俺は、慌てて悲鳴を押し殺し、沸いてくる羞恥心や恐怖心を押さえ込んだ。

   精神疲労を感じて、ぐったりとベッドへ手足を投げていた俺は、室内が薄暗くなってきた事に

   気づき、ゆっくりと立ち上がると、部屋に電灯を灯した。


   鳳邸では、どの部屋も豪華なシャンデリアが置かれ、優美な光を辺りに注いでいたが、やはり、

   自分には、蛍光灯のシャープな光の方が落ち着くように思った。


   春になり、陽の暮れる時間も少しずつ遅くなっているが、そろそろ高校教師である父も帰宅する

   頃だと思われた。 その時間に合わせて、母が台所で夕食の支度を始めている。良い匂いが、

   二階の俺の部屋まで匂ってきていた。


   なんて事の無い日常の風景なのだが、今の自分には、それが幸せでたまらなかった。

   昔なら、家族に対して、こんな優しい気持ちにはなっていなかったように思った。


   この指輪の件も、帰宅した父に相談するべきなんだろうか?

   出来れば、家族には秘密にしたまま、鳳長太郎へ返してしまいたいと思っていた。

   あの男に、復讐したいくらい憎まれているにしても。

   逆に、恐ろしい事なのだが・・・。

   男だと言うのに、指輪を贈られてしまうほどに、惚れられているにしても。

   どちらにせよ、鳳が何を考えているのかを、はっきりさせないと、俺と鳳長太郎の問題は解決

    しないように思えていた。




         その4 〜熱い身体〜の巻へ続く→ 行ってみるその4・熱い身体



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