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   数分が経過して、未来流は自分の周囲で奇妙な物音がする事に気がついた。

   争うような音と、何か重いものが倒れるような音。

   それから、未来流は、誰かにそっと頭を撫でてもらっている事に気がついた。

   とても優しい大きな手だった。

   それは未来流の額にかかった髪をそっと退けると、額の上へと乗せられた。

   まるで、熱を出して寝ている子供に、親がする仕草に似ていた。未来流は、親にこんな事を

    してもらった記憶が無かった。


   驚いて、瞳を開くと、見知らぬ黒いコートを羽織った年配の男が立っていた。高級そうな

    ダークグレイのスーツを着て、髪をオールバックにした品のありそうな男だった。


   その男の髪は、白髪では無く、珍しい銀色をしている。精悍な顔つきで、目つきも鋭いが、

   口元は人懐っこい笑みを浮かべていた。

   男は未来流の額から手をどかしながら、優しく囁いた。


   「熱も無いし、体調も回復したようだな。君が元気になって嬉しいよ。君とは昔、赤ん坊の頃に

    一度会っているのだよ。まあ、覚えてはいないだろうね。」


   その笑顔を見て、未来流は不思議な懐かしさを感じていた。確かに男の顔に見覚えは

   無いけれど、初めて会ったわけではないと、未来流も直感でそう感じていた。


   「私は、君を迎えに来たんだ。さあ、一緒に家へ帰ろう! 」

   未来流は、その《 家 》と言う言葉にびくついた。

   恐ろしい養父母のいる家には、絶対に帰りたく無かった。

   未来流が脅えて青ざめているのを見て、初老の男は苦笑した。

   「違うよ、未来流。君が帰るのは生まれた本当の家さ。君の死んだ母上から

    頼まれていたんだ。見つけるのが遅くて、本当に申し訳無い。」


   男は謝罪するように頭を下げると、未来流の顔を覗き込んだ。

   その男の瞳は、まるで月のように金色に美しく輝いていた。

   「目が金色? 」

   未来流は驚いた。あの晩、施設のトイレで、強姦しようとした中年男を蹴り倒し、鏡に

    映っていた自分の瞳と同じだった。


   その金の瞳を持つ初老の男は、八十神東吾(やそかみとうご)と名乗った。

   未来流の母親とは遠縁に当たる、血のつながった親戚なのだと言う。未来流は、自分に

    血縁者がいる事に驚いた。  


   目の前にいる男に感じる懐かしさは、そういう事なのだろうか? 

   男の優しい微笑みを見ていると、未来流も自然に笑顔になってしまう。


   未来流は、不思議な感慨深い気持ちで、男を眺めていた。




                              
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