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  薄暗くなった路地裏には、街灯が灯り始めた。それを八階のホテルの小さな窓から

    眺めながら、麗二は煙草の煙をゆらせていた。夢のような不思議な時間は、終わって

    しまったのだ。


   しばらくして、麗二は煙草を灰皿に押しつけ消すと、身支度を整え、未来流へと

    声をかけた。しかし、返事は無く、ベッドの毛布がびくついたように揺れた。未来流は

   毛布に隠れるようにうずくまったまま、外へ出て来ないのだ。


   「おーい、宿泊する金は持ってね〜ぞ? 早く出て来いよ。帰るぞぉ。何、今さら

    恥ずかしがってんだよ? 」


   「う、うるさい! 」

   そんな未来流の怒ったような声を聞きながら、麗二は微笑んでいた。

   どうやら、いつもの意地っ張りな弟に戻ったようだった。

   「ふ〜ん、それくらい元気があれば大丈夫か? しかし、お前、身体は細い癖に

    タフだよなぁ。 結局、お前は、何回イッタんだぁ? 」


   「……馬鹿! 麗二の大馬鹿ぁ! 」

   未来流は毛布の中で、全身を真っ赤にしていた。数時間前の事を思い出すと、

    恥ずかしくてならなかった。昔から、たまに意識が無くなってしまう事があった。

    そして、目覚めた時には、必ず記憶があいまいになっている。


   今日が初めての経験では無い。

    しかし、このように《 獣化し、野性に戻ったもう一人の自分 》を自覚して目覚めたのは

    初めてだった。さらに、自由奔放な《 アイツ 》の行動を全て覚えているし、彼が麗二に

    対してどんな言葉を言ったかまで、細かく記憶に残っている。

   未来流は、毛布の中で丸くなりながら、自分の昔の事を全て思い出していた。

   とても嫌な記憶ばかりなので、未来流は、獣化した時の事をほとんど忘れてしまっていた。

   こんなふうに、《 アイツ 》が外へ出てきて気分が良かった事など、

   生まれて初めてだったのだ。




   未来流は両親の顔を知らない。

   赤ん坊の頃、養子に出され、人間の養父母がいた。養父は会社経営をしており、

    とても裕福だった。
しかし、たった八歳で未来流は家を飛び出した。

   未来流は、自分を捨て子だと思い込んでいたが、本当は違っていた。

   自分が親を捨ててしまったのだ。

   理由は、養父が毎晩、恐ろしい事をするからだった。

   夜になると、未来流を裸にして、ベッドで身体を触ったり嘗めたりする。

   気持ちが悪いので、未来流はいつも泣きじゃくっていたが、養父は止めてくれなかった。


   養父は未来流の女のような顔が好きだったらしく、そのたびに「可愛い」「綺麗だ」などと

    言うので、未来流は、自分の顔が大嫌いになった。


   さらに、養母は助けてくれないどころか、まるで汚い物を見るように、未来流には

    冷たく接していた。


   養母に叩かれるたびに、未来流は泣きながら思っていた。

   (こんな人達、いなくなれば良いのに! )

   未来流は、ある晩、母に折檻され外に追い出され、そのまま夜の街へ走って逃げ出した。

   だから、未来流は今も《 家族 》と言う物に良い印象を持っていない。

   《 家族 》とは、一体、何なのか。

   未来流には、良くわからなかった。

   そのまま、浮浪児として路上生活をしていたが、未来流は、何度か人や亜人に襲われた。

   当然、性的な事を強要された。

   それも1度や二度では無い。

   記憶が途絶えるようになったのは、その頃だったと思う。

   最初の経験は、家を飛び出してすぐだった。スナックの裏口で、酔った若い男に

    無理に押さえ込まれた。


   痛みと恐怖で泣き叫んでいたが、未来流は下着を脱がされた部分までしか

    覚えていなかった。


   次に気がついた時、足元にはその男が血だらけで倒れていた。その頃、まだ未来流は

    《 もう一人の自分 》には気がついていなかった。






                              
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