2ページ目/全3ページ 薄暗くなった路地裏には、街灯が灯り始めた。それを八階のホテルの小さな窓から 眺めながら、麗二は煙草の煙をゆらせていた。夢のような不思議な時間は、終わって しまったのだ。 しばらくして、麗二は煙草を灰皿に押しつけ消すと、身支度を整え、未来流へと 声をかけた。しかし、返事は無く、ベッドの毛布がびくついたように揺れた。未来流は 毛布に隠れるようにうずくまったまま、外へ出て来ないのだ。 「おーい、宿泊する金は持ってね〜ぞ? 早く出て来いよ。帰るぞぉ。何、今さら 恥ずかしがってんだよ? 」 「う、うるさい! 」 そんな未来流の怒ったような声を聞きながら、麗二は微笑んでいた。 どうやら、いつもの意地っ張りな弟に戻ったようだった。 「ふ〜ん、それくらい元気があれば大丈夫か? しかし、お前、身体は細い癖に タフだよなぁ。 結局、お前は、何回イッタんだぁ? 」 「……馬鹿! 麗二の大馬鹿ぁ! 」 未来流は毛布の中で、全身を真っ赤にしていた。数時間前の事を思い出すと、 恥ずかしくてならなかった。昔から、たまに意識が無くなってしまう事があった。 そして、目覚めた時には、必ず記憶があいまいになっている。 今日が初めての経験では無い。 しかし、このように《 獣化し、野性に戻ったもう一人の自分 》を自覚して目覚めたのは 初めてだった。さらに、自由奔放な《 アイツ 》の行動を全て覚えているし、彼が麗二に 対してどんな言葉を言ったかまで、細かく記憶に残っている。 未来流は、毛布の中で丸くなりながら、自分の昔の事を全て思い出していた。 とても嫌な記憶ばかりなので、未来流は、獣化した時の事をほとんど忘れてしまっていた。 こんなふうに、《 アイツ 》が外へ出てきて気分が良かった事など、 生まれて初めてだったのだ。 未来流は両親の顔を知らない。 赤ん坊の頃、養子に出され、人間の養父母がいた。養父は会社経営をしており、 とても裕福だった。しかし、たった八歳で未来流は家を飛び出した。 未来流は、自分を捨て子だと思い込んでいたが、本当は違っていた。 自分が親を捨ててしまったのだ。 理由は、養父が毎晩、恐ろしい事をするからだった。 夜になると、未来流を裸にして、ベッドで身体を触ったり嘗めたりする。 気持ちが悪いので、未来流はいつも泣きじゃくっていたが、養父は止めてくれなかった。 養父は未来流の女のような顔が好きだったらしく、そのたびに「可愛い」「綺麗だ」などと 言うので、未来流は、自分の顔が大嫌いになった。 さらに、養母は助けてくれないどころか、まるで汚い物を見るように、未来流には 冷たく接していた。 養母に叩かれるたびに、未来流は泣きながら思っていた。 (こんな人達、いなくなれば良いのに! ) 未来流は、ある晩、母に折檻され外に追い出され、そのまま夜の街へ走って逃げ出した。 だから、未来流は今も《 家族 》と言う物に良い印象を持っていない。 《 家族 》とは、一体、何なのか。 未来流には、良くわからなかった。 そのまま、浮浪児として路上生活をしていたが、未来流は、何度か人や亜人に襲われた。 当然、性的な事を強要された。 それも1度や二度では無い。 記憶が途絶えるようになったのは、その頃だったと思う。 最初の経験は、家を飛び出してすぐだった。スナックの裏口で、酔った若い男に 無理に押さえ込まれた。 痛みと恐怖で泣き叫んでいたが、未来流は下着を脱がされた部分までしか 覚えていなかった。 次に気がついた時、足元にはその男が血だらけで倒れていた。その頃、まだ未来流は 《 もう一人の自分 》には気がついていなかった。 ![]() ![]() 1ページ目へ戻る 3ページ目へ進む 小説マップへ戻る |