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   ラブホテルのベッドの上で、未来流は麗二を睨みつけていた。

   その双眸は宝石のように金色に光輝き、低い唸り声を上げている口には、鋭く発達した犬歯が

    見え隠れしていた。
この牙を向く行動は、人狼の攻撃前の威嚇だった。

   電車の中の人間に対しても、駅のトイレの蛇どもにも、未来流は強い敵意を向けていた。

   それは殺意に近いものだった。

   麗二の良く見知った弟の未来流には、そんな感覚を受けた事は無かった。

   トイレで麗二が助けに入ったのは、未来流を助けるためではない。

    相手の蛇神の命が危険だと判断したからだった。


   未来流は連中を、噛み殺すつもりだと麗二は思った。

   同じように、自分に対しても、強い攻撃本能を向けている。

   「お前は、俺も信用できないってワケか? 」

   麗二がそう呟くと、未来流は鼻で笑った。

   「ふん。どいつもこいつも同じじゃないの? みんなボクの身体が欲しいんだろ? 

    それだけじゃ無いか。何が違うの? オニーチャン? 」


   そう言って、声を上げて笑っている未来流は、麗二の良く知っている弟の姿では無かった。

   ふだんの未来流なら、決して、こんな自暴自棄のような破滅的言動はしない。

   未来流は、人付き合いが下手で、ぶっきらぼうで、要領が悪い。

    しかし、早く一人前の大人になりたくて、必死で背伸びをしていた。

    浮浪児だった過酷な過去を克服し、八十神の一員になろうと努力していた。


   そういう弟を、三年間、見守っていた麗二には、今の未来流の姿は、とても悲しく映っていた。

   「ボクとアンタは赤の他人でしょ? もともと関係無いじゃない! 

     ボクが何だろうが放っておいてよ! 」


   麗二には、目の前にいる未来流の正体がなんとなくわかっていた。

   
いつも麗二が見慣れていたのが、未来流の《 理性的な外の顔 》だった。

   強く男らしくありたいと思い、必ず自分を彼は「オレ」と呼んでいた。

   麗二を決して「兄」とは呼ばない。会うと、恥ずかしいのかそっぽを向いてしまう、

   意地っ張りな弟だった。


   そして、今、目の前にいる攻撃性の高い未来流は、《 内側に隠されていた野生の姿 》だった。

   この獣化した未来流が出現したのは、話の感じでは、最近と言うワケでは無いらしい。

   未来流がお目付け役の自分を避けていた理由は、《 この姿を見せたく無かった 》

   せいかもしれない。


   「とにかく、お前には一度引っ込んでもらわね〜となぁ。

   まともに《 普通の弟 》と話もできないからなぁ。」


   「フフッ、ボクと殺り合う気なのぉ? 」

   《 獣化 》は、八十神家ではご法度だった。

   「理性の足りない者」「社会生活に不適合の者」として考えられ、一種の危険因子と

   見なされるからだ。


   しきたりを重んじる長老達が率いる本家に知られた場合、強制的に自由を奪われる事になる。

  そのため、麗二は未来流の獣化をひとまず解く事にした。




                              
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