1ページ目/全3ページ 第六話 〜見知らぬ弟〜 麗二は今朝、未来流が家を出た時に、そっと尾行を行っていた。とは、いえ。 それは今に始まった事ではない。 弟には当然、秘密になっていたが、これもお目付け役の仕事だった。 成人するまでは、指導者が絶えず付き従い行動を共にする事になっている。 未来流が自分を寄せ付けないため、仕方無く、隠れて観察している麗二だった。 家にいる時は他の兄弟も行うが、外出時は自分に全権が任されている。 (満月期くらい、家にいろよなぁ。まったく…… ) 麗二が恐れていた通り、未来流は電車の中でも、駅のトイレでも襲われた。 人狼の異性に対するフェロモンはとても強い。 特に満月で発情期が来ている時、相手にかまわず引きつけてしまう。 成人した麗二や兄の京一郎は、自分である程度はコントロールが可能だった。 しかし、幼い未来流には難しい様子で、ほとんどフェロモンを垂れ流しにしている。 それどころか、辺りに撒き散らして歩いている。 それも、雌だけでなく、雄に強く効果があるらしい。 人間も亜人も関係無いらしい。 人狼でもこの能力は千差万別だったが、麗二の見る限り、未来流の相手を魅了し、 引きつける力は郡を抜いた物だった。 ここまで、強いフェロモンを出している人狼は、麗二も見た事が無かった。 もともと希少種族の人狼は、子孫繁栄のため、性的に魅力的な者が好まれる。 血統と、人狼としての能力の大きさに重きを置いている八十神本家の長老達なら 手放しで喜ぶ事だった。 親父が未来流を養子にして、家に連れてきたのは、そのせいもあるのだろう。 こんな能力を持って生まれた人狼が、世間を一人きりで生きていくのは、並大抵の苦労では 無いからだ。 不在の現当主・八十神東吾(やそがみとうご)は、女好きのふざけた親父だが、人を見る眼に 長けた抜け目の無い男だった。 麗二は、電車内でも、駅のトイレでも、未来流がどう対処するのか見るために、あえて助けには 行かなかった。助けるのは、簡単な事だが、自分で切り抜けていかないと身にはつかないからだ。 こうやって痛い目に合いながら、人狼は少しずつ成長してゆく。 かつて、十代の麗二も同じだった。 麗二は満月期になると、破壊欲求が強くなるタイプだった。 ところかまわず暴れ回っては、親戚一同から文句を言われたものだった。 だから、満月期に多少変貌する事は、何の問題も無い。 年とともに、少しずつ自分なりの対処法を身につけ、おとなしくなってゆくからだ。 ただ、麗二が気になるのは、未来流の獣化現象だった。 もともと人狼は多面性が強い。人狼の本性は野生だからだ。 獲物を取り、戦い、生き残る。 その本能が強いため、凶暴になってしまう。 しかし、人間や他種族と共に暮らすために、近年になり、理性で野生を隠してしまう方法を 身につけた。そのため、人間と同じような生活を支障無く送っている。 ただ、満月になると、生殖活動をするため、野生が一時的に戻ってきてしまう。 獣化は、理性の著しく乏しくなった状態だった。社会の善悪も忘れてしまい、ただひたすら、 本能のまま行動する。 ![]() ![]() 小説マップへ戻る 2ページ目へ進む |