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   未来流が自室で、秘めた思いに悩んでいた頃。

   その相手の麗二は、書斎にいる長兄・京一郎の元へ訪れていた。

   夜空に月が昇れば、未来流の二度目の満月期になる。陽は暮れかけ、辺りは少し薄暗くなっていた。
 
   京一郎は、少し早めに部屋に灯りを灯すと、お気に入りの英国製のイスに座り、趣味の読書を

    楽しんでいた。 同じ部屋のソファーでゴロゴロと寝転がっている麗二の存在など、ほとんど

    無視している。


   京一郎は、麗二から仕事の報告を受ける時も、いつもこんなふうだった。他人にほとんど関心が

    無い様子で、ひょうひ
ょうとしているのだ。時々、サラサラした自分の前髪が目にかかって、

    京一郎は邪魔な様子で払っていた。


   彼は、父の東吾にはあまり似ていない。 同じく人狼である京一郎の母は、純日本的で古風な

    美しさのある女性だった。
 京一郎は彼女にそっくりだった。

    両親とも人狼である京一郎は、一族でも血統の良い者として重宝がられていた。


   一方、腹違いであり、さらに人間の女性を母に持っていた麗二は、格が違うため、一族のしきたりで

    言うならば。 長兄の京一郎は、《 分家の次期当主 》だが、麗二はあくまでもその下。

    大昔ならば、《 家臣 》に過ぎなかった。


   そのため、本家の長老達には、「京一郎様」と呼ぶように注意を受けていたが、麗二は兄に

    敬語を使うなんて馬鹿らしいと思っていたので、いつもこんな調子だった。


   「あ〜、何だよ? それじゃあ、兄貴は 《 未来流が二人いる 》 事に初めから、気がついていた

     ワケかぁ? 」


   口を馬鹿みたいに開けて驚いている麗二に、京一郎はチラリと視線を向けると、静かに

    こんな事を言う。


   「気がついていないのは、お前がだらしないからだ。 冷静に観察していれば、すぐにそんな事は

     わかったはずだぞ? 」

    麗二
は、押し黙ってしまった。

   さらに負いうちをかけるように、京一郎は、厳しい口調で続けた。

   「お前は未来流を可愛がりすぎだ。 気持ちはわかるが、お目付け役ならば、もっと冷静に

     対処しないとな。 弟の一人すら、まともに指導できないようでは、一人前の人狼とは

     言えないぞ。 もっと自覚を持つように。」


   兄の指摘は的をついていたので、麗二は言葉を返す事もできなかった。

   三年もの長い間、未来流についていながら、麗二はその事に気がつかなかった。

    あまつさえ、未来流を危険な目に合わせ、さらに大切な弟に対して、とんでも無い事をしたのだ。


   人狼は、性的な面に関しては人間よりも大らかだった。 しかし、血のつながりが無いとはいえ、

    兄弟で性行為をする事が良いはずが無い。


   人狼の世界では、近親婚も多かった。

   必ず、最初の妻は一族の者を迎えるのが、しきたりだった。

   長兄の京一郎も生まれた時からの許婚がいる。 相手は本家の娘で、麗二達の従兄妹に当たる。

   兄よりも血統の劣る麗二は、ありがたい事に許婚はいなかった。もし、いたとしても、会った事も

    無い相手との婚姻など、麗二には考えられない事だった。


   かつて未来流の母親は、父・東吾の許婚だったらしい。 と言っても結婚する前に、人間の男と

    駆け落ちして行方知れずになった。


   人間と婚姻した人狼には、一族は冷たい。

   麗二の母も人間だったので、身を持ってその厳しさを知っていた。 麗二がどうしても、未来流を

    放っておけないのは、
そのせいもあるのだ。



                              
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