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   父の東吾は、未来流を病院で最初に見た時に、若い頃の母親に良く似ていて驚いたらしい。

   未来流の光輝くような美貌は、その死んだ母親譲りだった。彼女も若い頃、星の数ほどの

   求婚者がおり、死んだ理由も異性間のトラブルで殺害されたらしい。


   麗二も父の話では聞いていたが、実際に未来流に会った時は、驚いてしまった。

   今まで、様々な亜人や人間の女性と付き合ってきたが、未来流ほど容姿が美しく、麗二の心を

   虜にした者はいなかった。


   外見だけでなく、麗二は未来流の内面も美しいと思った。

   過酷の過去を持ちながら、健気に生きている姿に麗二は惹かれて仕方無かった。

   東吾も麗二も、二代に渡って、その美しさに惚れ込んだのだった。

   しかし、麗二は未来流に、その思いを打ち明ける気は無かった。

   近親婚の多い一族だが、兄妹の婚姻は認められていない。古来、そういう者達も

    八十神一族にはいたらしいが、多くの問題を生み、今はその習慣のあった一派は廃絶され、

    末裔達も《 悪しき者 》と呼ばれタブー視されていた。


   当然、性行為もタブーだ。

   麗二は、京一郎にも、未来流を抱いた事だけは秘密にしていた。

   それは、未来流と自分のためであるのはもちろん、家族のためでもある。

   「麗二。私は、今でも未来流の世話役はお前が適任だと思っているよ。」

   京一郎は、珍しく真剣な表情で黙ってしまった弟に対して、優しい声音で言った。

   「お前を世話役に選んだのは、この私だ。 確かに、お前が世話役をするのは今回が初めてだ。

   しかし、一族のどの者よりも世間の事をお前は知っている。 それに未来流と境遇も似ている。

   お前なら、未来流の気持ちが誰よりもわかるだろう。

   だから、どんな事にも動じずに臨機応変に対応できるのは、一族中探しても、お前だけだと

    思ったからだ。」


   それから、真剣な表情で聞いている弟の顔を眺めると、京一郎は意味深に笑った。

   「それに……。お前ほど満月期にトラブルが多かったヤツは一族中、探してもいないだろ? 

     昔、そう言えば、こんな事が……。」


   「あ〜はいはい。 もう、わかったよ。 俺って馬の骨だし、餓鬼の頃からトラブルだらけって

     言いたいワケね。」


    兄が嫌な昔話をしそうになったので、麗二は慌てて遮った。

    麗二は昔から暴力沙汰も多かったが、異性のトラブルもかなり酷かったのだ。そのたびに、

     取り成して処置してきたのは、目の前にいる兄だった。


    この京一郎が、思春期の麗二の世話役だったのだ。

    一生、この兄に頭が上がらないかと思うと、気の滅入る麗二だった。

    麗二は、ジャンパーのポケットから煙草を取り出したが、火をつけようとして嫌煙家の兄に

     睨まれた。しぶしぶ、ポケットにまたしまう。


   たった数分の兄とのやり取りで、精神的に疲労してしまった麗二に、京一郎は止めを刺した。

   「そろそろ月が昇るぞ。未来流のそばに行ったら、どうだ? 

    未熟な人狼の獣化は、自分の力だけでは対処しきれないからなぁ。

     また、今晩も忙しくなるなぁ、麗二。」


   「が〜! 鬼か、アンタは? くっそぉ〜この鬼畜野郎め! 」

   文句を言いながら、書斎から出て行く弟を見送りながら、京一郎はその背に向かって、

    こんな言葉をかけた。


   「未来流には、お前しかいないのだからな。 きちんとあの子を愛してやれるのはお前だけだ。

     だから、しっかりやれよ! 」


   「てめぇ〜全部、知って……! 」

   慌てている弟を部屋から締め出すと、京一郎はまた小説の続きを読み始めた。

   その唇には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。



   十分後、麗二は、到着した未来流の部屋で呆然としていた。

   八十神家の二階にあるその洋間は、もぬけの殻だった。

   部屋の外でいくら呼びかけても返事が無いため、麗二はスペアキーを使った。

   ベッドは直前まで未来流が寝ていたらしく、シーツが皺になり乱れている。麗二がその上へ

    手を置くと、まだほのかに
温かかった。 いなくなって、あまり時間は経っていないようだ。

   窓枠には、白いレースのカーテンが風に揺らめいている。 大きく開かれている窓からは、

    美しく光る満月が覗いていた。
 どうやら、未来流は窓から外へ出てしまったらしい。

   「あのなぁ。一体、何を考えているんだぁ。アイツは! 」

   未来流の二度目の満月期が始まった。

    麗二は「あのクソ餓鬼! 」と叫ぶと、窓枠を掴み、いっきに外へと飛び出した。



                            
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