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     1)葉月編



   ……真っ暗だ。どうしたんだろう。周囲には闇が広がり、自分がどこにいるのかさえわからない。

   立っているのかさえわからない。そして……直前まで何をしていたか思い出せない。

   「何……してたんだっけ……。名前は覚えてる。加藤葉月、それが名前。でも……」

      …………エーンッ  はーチャンッ   ゥエーーーンッ

   子供の泣き声が聞こえる。その声は知っている声だと、呼ばれているのだとわかるのに……

   思い出せない。もどかしい。喉元まででてくるのに、それ以上思い出せない。どうしてもっ!

     ッエーンッ  ゥエーンッ  エエーンッ

   声はますます大きくなって、必死に呼びかけられる。でも…でもっわからないっ。

   どこからか唯一思い出している養い親の声が聞こえた。

   『わからないときは、落ち着いてゆっくりと深呼吸してごらん。大丈夫。葉月はいい子だね。

   さあ、ゆっくりと呼吸をしてごらん。……大丈夫だから』

   いつも問題に行き詰まると、低くて甘い声がゆっくりと耳に聞こえる。声に従って深呼吸すると、

   頭が冴えてきて今まで見えなかった回答に導かれていた。

   「そうだね。深呼吸してそのままゆっくりと考えに没頭するんだよね」

   でも今回は父の助言は役に立たないみたいだ。泣き声に考えに没頭できない。どうしても……。

   邪魔されているようで嫌な気分になる。僕は一体……。

   『どうした? 人の子よ』

   「父さん。どうもできないよ。なんだか……疲れちゃった」

   闇の中で独りきり。どこにも行くことができないし。僕はいつの間にか、膝を抱え込んだ。

   こうしているとあの時を思い出す。否応もなく『独り』だったあの子供時代。

   「お父さんの事しか……過去のことしか思い出せない……」



                     


   『遥かなる遠い昔、異世界からの侵略者から地球を守るため、一人の少年が一心に祈った。

   その子供は普通の子供ではなかった。今は高次元の彼方で眠っている至上の神々の血が

   入っている子供だった。

   その子供の願いは神々に届き、地球界に重なり包み込む異次元世界を創造された。

   その世界は天上界と冥府界を繋ぐ境目にも位置し、その為にある役目を負った。

   少年は時を奪われ『彼方の君』と呼ばれ、創造されたせ界『御山』と命運を共にする。

   御山の役目は生ある者の魂を癒すために49日の間に御山での現世の穢れを落とし、後に天上界、

   冥府界へと運ばれていく。

   いわば、『御山』とは黄泉の入り口に位置する世界なのだ。

   そして銀河に生きる全ての魂を御山へと導くには、神々に聖別された魔物『鬼天狗』一族が受け持った。

   その聖魔は真っ白な翼と二本の角を持っていたが、しばしば人間には『天使』と

   呼ばれることもあった……』


   ……その昔話も今は失われていて、彼方の君の血を引く九つの血筋の一つの九条一族の古文書のみに

   記載されているだけらしい。そんな話を僕は育ての親に聞かされた。

   僕の育ての親は……人間ではなかった。




  
                                
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