《 溜息もでやしない 》


  
「私以外のものと採取に行かないように」
 
この言葉には深い意味が込められていた。  
そう。  
「自分以外の男と出掛けてはいけない」  
と。  
「お前を守るのは私だけだ」  
と。
 
だが、肝心の彼女にはまったくと言っていいほどその深い意味が通じていなかった。
  
「さすがですね、ウルリッヒさま!」   
「なに?」   
「町の外に行くには人数を揃えて行動しないと危険なのに、   
 剣の腕に自信があるから護衛は自分だけでいい、なんて仰るんでしょう?   
 それはやっぱり聖騎士としての誇りでもあるんですか?」   
「………」
 
きらきらと尊敬の眼差しで見上げる蜂蜜色の瞳を前に、ウルリッヒはそれ以上何も言えなかった。



 
リリーがウルリッヒだけを護衛にするようになってから数日後のこと 。
  
「今日はいつもと違う場所に採取に行きたいのですが、いいですか? 」   
「違う場所、とは?」   
「『妖精の聖域』です。急に『うにゅう』が沢山必要になったので」   
「そこならそれが取れるのか?」   
「はい。余所の採取場所より確実です。エリアルシューズを使います から、   
 日数も半分で済みますし」   
「そうか、わかった」
 
もとより断るつもりは無かったので、ウルリッヒは快く承諾した。  
既に必要なものは全て「生きている台車」に積んである。  
ガラガラと後から付いて来る台車を従え、リリーとウルリッヒは採取へと出掛けたのだった。
 
そこは、いかにも妖精たちの静かな安息の場といった感じの  
人間は足を踏み入れることは滅多にない鬱蒼とした森だった。
  
「こんな場所にまで、お前は来ているのか」   
「はい。だって、どこにどんなレアアイテムが見つかるかわかりませ んから。   
 行けるところは全部行ってみなくちゃ」
 
無邪気にそう言って笑うリリーを、ウルリッヒはやや苦い表情で見返す。
  
「お前は無茶をしすぎる。本当に目が離せん」   
「そうですか?あははv」   
「………」
 
ウルリッヒの心知らず、といったリリーは到着すると、早速『うにゅう』を探し始めた。
  
「わぁ!やっぱりここは他の場所よりも発見率が高いわ」
 
直ぐにひとつ見つけ出し、リリーはきゃっきゃとはしゃいだ。  
そんな子供のような彼女の姿を、ウルリッヒはじっと見つめる。  
まだまだ彼女には自分の気持ちなど気付きも、増してや理解も出来ないのだろう。  
今のリリーにとって、錬金術こそが全てなのだから。  
それに彼女には「恋」といった感情もまだ物語の中だけのものなのかもしれない。  
幼すぎることは、時には罪にもなるのだと何時彼女に教えてやればいいのだろうか。  
しかし。  
無理矢理あの笑顔を消してしまう行為はしたくない。  
それは騎士として、また男として恥ずべき行為だ。
  
「当分はこのまま見守るしかない、ということか」
 
彼女が「大人」になるまで。  
それが何時になるかわからないが、出来ればそんなに遠い先のことで無いことを願おう。  
ウルリッヒは身体を木に凭れさせながら、自分の物思いに耽っていた。  
と、そんな時。
  
「ウルリッヒさま!」
 
リリーの声に、ウルリッヒは物思いから覚めた。
    
「ん?どうした」
 
何かモンスターが現れたか?と、咄嗟に剣に手を掛ける。  
しかし、返ってきたリリーの返事は、実に緊張感のないものだった。
  
「私、これからちょっと着替えようと思うんです。それまでここで少し待っててくださいますか?」   
「着替え?」
 
一瞬リリーの言葉の意味がわからず、ウルリッヒは頭の中で彼女の言葉を繰り返した。  
とりあえず、急を要する事態というわけではないらしい。  
剣から手を離し、ウルリッヒは身体の緊張を解く。
  
「着替えとは?」   
「はい!実は今日、ここに来たのはうにゅうの採取もだけど、   
 試してみたいアイテムがあったからなんです」   
「それは、お前が作ったものなのか?」   
「はい。『妖精の服』ってアイテムがあるんですけど、ウルリッヒさまはご存知ですよね」   
「ああ。あの緑色の服のことだろう。確か妖精が着ているものと同じ形をした…」
 
そしてサイズまでご丁寧に同じものだった。  
初めてあの服を着たリリーを見た時、ウルリッヒはリリーに問いただし  
―幸いそれを見たのはウルリッヒが初めてだった―  
そしてこれからは自分ひとりでリリーの護衛をしよう、と心に誓ったのだった。
  
「それが?」   
「その『妖精の服』からのアレンジで別のアイテムを作ることに成功したんです。   
 別、といっても同じ「服」なんですけど。   
 それを着るとレア物の発見率が高くなるってことがわかったんです。   
 ただ、どれほどの効力なのかまだ解らないし、それに何かデメリットもあるらしくて、   
 それが何か確かめようと思って」   
「…本当にお前は錬金術のことになると、一生懸命なのだな」   
「だって、私の夢ですもの!」
 
そう言ってにっこりと笑うリリーに、ウルリッヒは微笑んだ。
  
「わかった。私はここで待っているから好きにしなさい」   
「はい。ありがとうございます!」
 
リリーはぺこりとお辞儀をすると、台車の中から袋を取り出して茂みの中に身体を隠した。


  
「夢…か」
 
このまま何も言わず、何もしなかったら彼女はいずれ夢を追って  
自分の目の前から飛び立ってしまうだろう。  
その時自分は耐えることが出来るだろうか。  
だが。  
真っ直ぐに前を見続けるリリーの瞳を見るのがウルリッヒは好きだっ た。  
たとえ、そこに映っているのが自分ではなくても。  
あの輝きを、やはり自分は曇らせることは出来ないだろう。  
ふっ…とウルリッヒは切なそうな、寂しそうな笑みを浮かべる。  
そのことに自分では気付いていなかったが。


  
「お待たせしました!」
 
着替えが済んだのだろう、リリーが茂みからひょっこりと顔を覗かせた。  
そしてがさがさと茂みを掻き分け、姿を現す。  
その、瞬間。
  
「―――!!!!」
 
ウルリッヒの瞳が大きく見開かれた。  
咽喉の奥で何か言っているのだが、それは言葉にならず声も出ない。
  
「あの…ウルリッヒさま?」
 
どうかしたんですか?  
不思議そうに小首を傾げながら、リリーはウルリッヒの傍まで近付いていった。  
同時に、ようやく金縛り状態から抜け出せたらしいウルリッヒが、リリーの肩を両手でがしっ、と掴む。
  
「リっ…リリー!!!!!」   
「は、はい??」   
「そ、その姿は一体…!」   
「え?…ですから、これが 『妖精の服』をアレンジして作った 『黒妖精の服』です」
 
リリーが今、身に着けているのは見た目やデザインは「妖精の服」と 殆ど同じものだった。  
ぴっちりとリリーの身体のラインを浮き出させているその服は、スカ ート丈も大変に短く、  
彼女の太股を惜しげもなく晒している。  
だが、「妖精の服」はまだ色が緑色だった為、周りの風景とも溶け込み  
リリー自身をもまるで妖精のように思わせていた雰囲気があった。  
まだ、無邪気さが感じられたのだ。  
しかし。  
リリーも言ったように、その服は「黒妖精」つまり「黒色」の服だっ た。  
リリーの白い肌をより引き立たせているような色合いのその服は、  
心無しか…彼女をいつもより艶っぽくみせている。  
困惑しながら首を傾げて自分を見上げるリリー。  
いつもなら、少女のようにしか見えないその表情や仕草が、悩ましげに艶っぽく見えてしまうのは、  
これも「黒妖精の服」の効力なのだろうか。
  
「………」   
「ウルリッヒ…さま?」
 
一方沈黙したまま自分を見つめるウルリッヒに、リリーは困惑していた。恐る恐る彼に声を掛ける。
  
「ウルリッヒさま」
 
もしかして急に具合でも悪くなったのだろうか?  
もしそうなら直ぐに町に戻らないと。  
まるで検討違いのことを考えながら、リリーは再度ウルリッヒに声を掛けようとした。
    
「リリー!」   
「うわっびっくりしたぁ!ウルリッヒさま、急にそんな大声出さない でください〜」
 
驚くリリーにまったくかまわず、ウルリッヒは言葉を続けた。
  
「以前、私はお前にこう言ったな。『私以外のものと採取に行かないように』と」   
「はい。…あの、それが何か…?」   
「もう一度、それを言う」   
「はい?」   
「いいか。絶っっ対に私以外の、特に男と一緒に採取に行くんじゃな いぞ。いいな?   
 これは命令だ!!」   
「???は、はい??」


 
いつか彼女を見送ることになるかもしれない。  
だが。  
今現在、リリーに自分以外の男が近付くことなど許せるはずがないではないか。  
未だわけの解らないといった表情の、幼い恋人を前にウルリッヒは更 に強く念を押した。
 

  
「いいな!!」   
「は、はい」



 
ウルリッヒの想いが叶うのは、まだまだ先のことになりそうだった。





黒妖精コス・リリーのアイデアを下さった梶本様から
こーんなにすんばらすぃ〜ウルリリ創作を頂戴いたしました!まぁ、ラッキー♪
'超'がつく天然っぷりのリリーにウル様が振り回されている様が何とも・・ぷぷぷっv
>「・・・笑い事ではないぞ」:ウルリッヒ・談
ま、しょうがないっしょう!『惚れた弱み』ってヤツっすから、コレは。
>「ぐっ・・イタイ所を・・・・」:ウルリッヒ・談
兎にも角にもウル様の想いが早く成就する事を祈ってます〜。
リリー、余り彼を(精神的に)いぢめるんじゃないぞ〜。

いやーとても楽しませてもらいました!
梶本様、本当にありがとうございました〜v(ぺこり)

「リリアト」へ戻る