《 仔猫の野望 》
眼を開けた時、そこには広い野原の真中だった。
つい最近まで、暖めてくれる体があったのに。
置いていかれちゃった・・・?
慌てて駆け出す。
どこ、どこにいるの?
広い通りを横切ろうとした途端、目の前に大きな牛がいた。
「危ない!」
誰かの声が聞こえて動けなくなってしまったんだ。
「怖がる必要はないよ。危害を加えるつもりはないからね。落ち着きなさい?」
抱き上げられた手は、さっきぼくがつけてしまった傷が滲んでいる。
怖くて怖くて、逃げ出そうとするぼくの体を優しく撫でる。
ほんとはまだ怖かったけど、少しだけ大丈夫な気がしたんだ。
「もう大丈夫、怖くないよ。大丈夫。」
さっきの手よりも、幾分小さくて柔らかい手にぼくは渡された。
伝わってくる温もりと、優しく背中を撫でる仕草に、やっとぼくは安心できた。
そうしてこの時から、ぼくはここで住むことになったんだ。
「ユキ、おいで。」
可愛い声がぼくを呼ぶ。
あの日からぼくの名前は、「ユキ」になった。
振り向いた先には、ぼくのご主人様が笑顔で両手を広げている。
「ユキ、おいで。」
首の鈴をちりりと鳴らしながらご主人様の――あかね様の腕へ飛び込む。
みんなご主人様のこと、あかね様って呼ぶんだ。
だからぼくもあかね様って呼ぶことにした。
だって、ご主人様って呼ぶよりも、あかね様って呼んだほうが、近くにいる感じでしょ?
飛び込んだあかね様の腕はとってもあったかい。
すりすりと体を擦りつける。
「うふふ。ユキ、今日はね、友雅さん、帰って来れないかもしれないんだって。今夜は一緒に寝よ?」
ぼくの頭を撫でる手は優しいのに、声はすこ〜し寂しそうだった。
友雅さんっていうのは、いつもいつもあかね様の側にいて、ぼくの邪魔ばっかりするんだ。
この前だってあかね様の膝の上で気持ちよく眠っていたぼくを、摘まんで庭に捨てるんだよ!!
ね!?ひどいでしょ!ぷんっ!
「ユキ、今日は寒いねぇ・・・友雅さん大丈夫かなぁ?」
褥の中でぼくの体を抱きしめてくれる。
そして、しばらくすると、ぼくの耳にあかね様のすーすーという寝息が聞こえ出した。
今夜は友雅さんがいないんだ。
ぼくがあかね様を守らなくっちゃ!!
なのに・・・
あかね様の胸が気持ちよくって、すごくいい匂いがして。
だめだめ!眠っちゃ・・・ね、む・・ちゃ・・・。
ぎし、ぎし・・・。
ん?誰かこっちにくる?
ぴくっと耳をそばだてると同時に衾がめくられた。
だれぇ・・寒いよぅ。
「おやおや、ユキが添い寝かい?」
頭を撫でるのは大きな手。
友雅さん?帰ってきたんだ。・・じゃあぼく、また摘まみ出されちゃうのかな。やだな、寒いんだもん。
きゅうと体を守るぼくを友雅さんは・・・・優しく撫でた。
「・・・・仕方ないねぇ。今夜は特別だよ?」
そう言ってあかね様と友雅さんとで、ぼくを挟むように横になった。
絶対に摘まみ出されると思っていたぼくは、ちょっとびっくり。
でもすぐに思い出した。
初めて会ったあの日。
ぼくがいくらひっかいても、噛みついても、優しい手でぼくを撫でていてくれたんだ。
だからぼくは友雅さんの手の中で落ち着くことができた。
ごめんなさい。友雅さんはひどい人じゃないよ。
あったかいのは、あかね様と友雅さんがいるからだよね?
「わぁ、すごい積もってたんだぁ。」
翌朝庭に出ると、一面真っ白だった。
なに、これ、なぁに?
「そっか、ユキは初めてなの?これもね、『雪』って言うんだよ。」
腕の中からあかね様を見上げると教えてくれた。
すごく綺麗、ふわふわしてるみたい。
ぼくは、えいっとあかね様の腕から飛び出すと、『雪』の上に降りた。
―――?!やーん、なにこれ、冷たいよー!!
足の裏がすごく冷たくて、なんかしゅわしゅわ水になっちゃうんだ。
やだやだぁ。
ぼくはあかね様の腕に飛びついた。
「ふふ、冷たい?やっぱり「猫はコタツで丸くなる」かな。」
ぼくの体についた雪を払って、あったかい部屋へいってくれる。
「あかね、どうだった?すごいだろう?」
「ほんと、寒いわけですね。」
火鉢のすぐ側には友雅さんがいて、微笑んでいた。
あかね様が近寄ると、きゅっと体を抱きしめる。
「きゃっ、友雅さん!」
「ふふ、寒いのなら暖めてあげるよ。」
ぼくを腕の中から引き抜くと更にぎゅうっと抱きしめはじめた。
「大丈夫です・・・って、どうして、手を入れてくるんですか!!」
「暖めあうには、肌を合わせるのが一番だろう?」
「なに言って・・・やん・・だめ、ユキが見てるのにぃ・・」
「ユキ・・・?」
友雅さんがちらりとぼくを見た。
はいはい、わかりましたよーだ。
ため息をつきながら、ぼくは外に向かって歩き出した。
「ユキは向こうへ行ってしまったよ。猫は気まぐれだからね・・・。」
「やん・・・もう・・・友雅さん・・・!」
御簾を抜けるとぼくは決意を新たにした。
早く大きくなって、友雅さんよりも、もっと大きく強くなって、あかね様を、護ってみせるんだから!
そしたら友雅さんを庭にポイッてしてやるんだから!
負けないぞ!!
おわり