《 仔猫 》



     
「友雅さんっ、どうしたんですか!?」
    
愛しい夫の帰宅にいそいそと出迎える幼な妻。     
その夫――友雅の出で立ちをみたあかねは思わず叫んでいた。          
出仕から戻ってきた友雅の衣類は、所々が破れ、手には血が滲んでいる。
     
「あぁ、ただいま。あかね・・・」      
「ただいまって・・・。」
    
驚いて駆け寄るあかねに、にっこりと笑みを返す。     
そんな友雅の様子に脱力しながら、すばやく手の傷を見る。     
幾つかに細いすじ。滲んだ血はもう乾いている。     
しかし、これは・・・。
     
「ひっかき傷・・・?」
    
ちいさな爪で、引っ掻いたような傷ばかりだった。     
訳も解らず友雅を見上げる。     
すると、先ほどの笑顔とは違い、ばつの悪そうな目をあかねに向けた。     
ふぅと息をつくと、懐から何かを取り出しあかねに差し出す。     
小さくて温かい。ふるふると震える体。伏せられた耳。長い尻尾。ぴんと張ったヒゲ。
     
「・・・こねこ?」      
「牛車の前に突然飛び出してきてね。牛を見て怯えたんだろう、動かなくなってしまったんだよ。      
 で、仕方なく抱き上げようとしたら暴れてねぇ。」
    
束帯の袖を広げて見せる。     
さぞ、牛車の中はぼろぼろだろう     
しばらく屋敷には顔や手に傷をおった人々を見かける日が続いたが、それは後日談として―――。     
わたされた仔猫は、暴れつかれたのか、それとも、観念したのかただ震えるばかり。     
あかねはそっと抱き込むと優しく背中を撫ではじめる。
     
「大丈夫、もう大丈夫だからね。怖くないよ。」
    
体を丸め、外敵から身を守るのに必死なその姿は痛々しい。     
守らなくては、という気にさせられる。     
こういうの、母性本能って言うのかな。     
などと思いながら優しく、優しく抱きしめる。     
その姿はまるで、子どもをあやす母親のよう。     
そう遠くない未来を垣間見たような気持ちで、友雅はあかねを見つめる。


     
「友雅さん。この子、ここで飼ってもいいですか?」
    
あかねがすがるような眼で見つめる。     
友雅はあかねの肩を抱き寄せると、
     
「私が、あかねのお願いを断るわけないだろう?好きにしたらいい。」
    
引きこまれるような笑顔を見せる。
     
「ありがとうございます。」
    
それに対し、輝くような笑顔を返すあかね。     
結果、友雅があかねに魅せられてしまう。     
すかさず、抱きしめて、口付けでも。     
と思いきや、あかねにするりとかわされる。
     
「よかったね、ここにいられるよ。そうだ、名前――。考えなくっちゃ何がいいかな。」
    
ぶつぶつと呟きながら(正確にはネコに話しかけながら)もといた場所に引っ込んでいってしまった。     
腕の中にいた温もりが消え去ってしまったことに友雅は苦い顔をしたが、
あかねは気づくこともなく―――。



    
それから数日の間。     
あかねは、仔猫に夢中だった。     
体の汚れを落としてやると、それは綺麗な白い毛並みが現れた。     
まだ子どもの体は、両手にすっぽりと収まってしまうほどで。     
黒い大きな瞳はとても愛らしかった。     
あかねが夢中になるのも無理はない。     
ムリはないが―――。     
友雅は釈然としない日々を送っていた。     
友雅だって、ねこは嫌いじゃない。     
可愛いとも思う。     
だけど。     
どうしても「この仔猫」だけは好きになれなかった。     
なぜなら友雅にとって、仔猫はライバルだったからだ。     
愛しい彼の奥方を横取りし、ひざに乗り、ともに寝て。     
すべてが、今までは友雅のものだったのに・・・。


     
「あかね。」      
「なんですか、友雅さん?」
    
呼べば、返事を返してくれる。     
だけど、その眼は仔猫を見つめ、その手は仔猫を撫でている。     
胸が焼け付く思いがする。     
幾多の女性が求めた自分。     
その自分が求めたのはたった一人の少女。
     
「あかねっ」
    
少し強く呼んでみる。
     
「はい、なんです?友雅さん。」
    
応えてくれるのに、その瞳は愛しそうに仔猫を見つめるばかり。     
友雅の中でぷちっとなにかが弾けた。     
すいっと長い手を伸ばすと、
あかねの膝の上で気持ちよさそうに眠っている仔猫の首根っこをつまみ上げた。
     
「と、友雅さん!?」
    
突然の友雅の行動に、驚くあかね。     
仔猫は大きな瞳を開けるが、猫の習性からか、首をつままれたまま身じろぎしない。     
そして、そのまま庭に出ると、ぽいっと放り投げた。
     
「きゃあ、何するんですか!?」
    
あかねの声など聞こえない振りをして、庭に背を向けると、さっさと御簾を下ろしてしまう。     
仔猫は空中で体を捻り上手に着地するが、友雅を見て慌てて駆け寄る。     
が、一瞬遅く、御簾を下ろされ、房室の中には入れない。     
友雅は、何食わぬ顔であかねの側に腰を下ろす。
     
「友雅さん!何するんですか!可哀想じゃないですか!!」
    
友雅に食って掛かり、御簾を上げるため立ちあがろうとした。     
そんな彼女の腰を捕らえ、動けないようにすると、身を屈めて、あかねの太腿へ顔を埋めた。
     
「ひゃあ、友雅さん!?」
    
突然の行動に顔を赤くするあかね。     
友雅は、腰を抱きしめる腕にぎゅうっと力をこめる。


     
「――私以外のものをそんな眼で見つめないでおくれ。」
    
あかねの耳に届いた言葉。
     
「ちゃんと私を見て欲しい・・・」
    
震える願い。
     
「ずっと、あかねに触れていたい・・・。」
    
呟かれる声。
     
「・・・友雅さん・・・。」
    
膝に甘える大きな子ども。     
ふっと頬を緩めると、友雅の髪を撫ではじめる。
     
「仔猫に、やきもち、やいてるんですか・・・?」
    
決してばかにしているのではなくて、尋ねられる音は優しい。
     
「可笑しいかい?あかねには・・、あかねだけには、私だけを見て欲しいと願ってしまう愚かな心を。      
 まったく・・・こんなに独占欲が強いとは、私でさえも知らなかったよ。」
    
友雅が体を起こす。     
あかねが見た彼の顔は―――。     
眼の淵を少し赤らめて、拗ねたように目を逸らして・・・。
     
「友雅さんってば・・・もう・・・。」
    
愛しさがこみ上げてくる。     
きゅっと両手で、友雅の頬を挟む。
     
「いつも、言ってるじゃないですか。『友雅さんが一番好きです』って。」      
「・・・・知ってるよ・・。」
    
あかねの手を取り、掌に口付ける。
     
「私の事だけ考えていなさい。私以外は見てはいけないし、触れてもだめだよ・・・?」
    
甘い束縛。
     
「じゃあ、今日は友雅さんと二人っきりですね。」      
「・・・今日だけじゃなくって、ずっとなんだけどね・・・。」



    
御簾の外で寂しそうに泣く仔猫の声も気にはなるけれども。     
とりあえず今は、目の前のやきもち焼きの夫の願いを叶えるために。     
苦笑しながらも、あかねは幸せを感じていた。



                         
 結び





鮎香様から戴いた、《仔猫シリーズ・その1》。もう可愛いものだらけです。
チビにゃんこに始まり、幼な妻・あかねちゃん、そして極め付けが拗ね拗ね友雅さん♪
うう〜たまりませんなぁ〜!>ちょっとオヤジ入ってます
やっぱり友雅さんは、やきもち焼きで・大人気なくって・独占欲丸出し!がサイコーっす!
>ヒドイ言い様・・・ホントに好きなのか?!
そして更にこのお話には続きがあります!コチラも必見ですよっ。

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