《 そして、扉が開かれる − 2 − 》
王宮と離宮の差か、王宮のあかねの居室よりは遥かに簡素である意味手狭な、
それでも落ち付いた雰囲気の優しい空間は、この居室の主の人柄を良く現していると思う。
「だって華美な装飾は、私には似合わないし……こちらの方が使い勝手が良いのよ。
それが一番でしょう?」
そう言って、装飾家や女官のもう少し豪華な調度品を配置しましょう攻撃(……)を、
するりとかわして、現在に至る。
〈王族としての体面云々〉と言う切り札も、
「いくら体面だけ繕っても中身が伴わないと意味が無いでしょう?
それよりも何がどこにあるのかすぐに解って、必要な物をすぐ手に取る事の出来た方が良いわ」
笑顔と正論(笑)で封じこめてしまう。
「それに〈向こう〉ならいざ知らず、こちらにそんな見栄はいらないでしょう」
確かに向こう、つまり王宮の彼女用の執務室は、それなりの設えになっている。
本当は花梨は、自分の居室も、こんな感じにしたかったのだが、
あかねで失敗して懲りてその二の舞はすまいとする(……)装飾家と女官の捨て身の猛攻撃(笑)に。
白旗を揚げた(大笑?)。
それでも寝室は、何とか自分の好みにしてもらったが(爆)。
まあそんな訳で、花梨は、離宮のあかねの居室にいるのが密やかな楽しみだったりする。
そして、何よりも、今、彼女は目覚めたのだ。
花梨に懸想して、それを受け入れられずに、道を踏み外してしまった哀れな元司祭の呪術を、
それにいち早く気付いたあかねが、それを受けた為に。
彼女は深い眠りについた。
自分の呪術が見破られ、それをもう一人の〈神子〉が受けたと知った男はすぐに捕えられたが、
その瞬間に自害して果てた。
だが、あかねの目が覚める事は無かった。
その時の、
哀しみを、
憤りを、
怒りを、
絶望を。
花梨は今でも忘れる事は出来ない。
自分の所為なのに。
気付かずに、自分がした事なのに。
なぜ、あかねが。
大好きな異母姉が、こんな目に合わなければならなかったのか。
漸く、恋した相手と幸せになる筈なのに。
それでも彼女は眠り続ける。
自分達家族が傍にいても、深い呼吸は変わらずに。
辛うじて胸の鼓動は規則的に、あかねの生を繋いでいた。
その後、こちらに戻り、詳細を聞かされた。
思った通り。
あかねを目覚めさせたのは、彼女の恋した相手、〈真紅の地の白虎〉。
彼なら、もしかしてと、花梨は思ったのだった。
それは。
まだ二人が許婚になる前の事。
国賓として招かれた、ルージャスール連合王国の宗主国の皇太子、つまり王后の甥、
あかねとアクラムの従兄弟にあたる人物の為に、宴が催された。
王后は体調が優れないとの事で欠席したが、それ以外の王族は全て出席した。
当然、花梨もである。
アクラムよりもあかねと年齢が近いのと、従兄妹なのも手伝って、あかねが彼の相手をしていた。
それに付かず離れず、交替であかねを守っているのは勿論〈真紅の八葉〉。
それとなく、皇太子が、必要以上にあかねに近付かないかと見張っているのでは、と勘繰ったのは、
花梨だけではあるまい(笑)。
だが、その中で一人、〈真紅の地の白虎〉だけが、一番遠くで並み居る美女佳人の相手をしていた。
まあもう一人、似た様な事をしていた者がいたが、それは無視(大爆?)。
異母兄の皇太子は言うに及ばず。
しかし彼等の行動に意味があった事を知るのはこの後の事だが。
だが、花梨はそんな事よりも、あかねが気になって仕方なかった。
その頃の彼女は、〈真紅の地の白虎〉への気持ちを断ち切ろうと、涙ぐましい努力をし始めた。
あかねの恋した相手があの人物だと言う事に気付いたのは、母親達を除くと多分花梨が初めてだと思う。
自分達の立場を考えれば、あかねの気持ちが解からない訳ではないが、
もし相手もあかねを思っていた場合、あかねの取った行動は、相手を追い詰めてしまわないだろうか?
花梨にとっての恐怖は、それ。
だが結局、少し違うパターンで、それをしてしまったのは、花梨自身だったが。
だが、花梨の心あかね知らず(?)のまま、彼女は国賓の皇太子に微笑みかける。
居を構えることは出来ないが、国外に出る事は出来るので、あかねにしても花梨にしても
外国に行啓した事はある。
その国もその一つで、その時は立場は逆で、あかねは皇太子におもてなしを受けたのだ。
今回もその延長線だろうが。
その瞬間。
花梨のすぐ傍を鋭い何かが通り過ぎた、と思った。
思わず、痛みすら感じるそれ。
何だろうと思い、それを追ってみると、皇太子とあかねに行き当たり、慌てて、
その出先と思われる方向に顔を向けたら、そこには。
美女佳人に囲まれた〈真紅の地の白虎〉がいた。
ほんの一瞬だけだが、花梨が見届けた。
本気になった〈真紅の地の白虎〉を。
思わず息を呑んだ彼女に、彼は気付いた様で。
今度は花梨を見ると、唇の端だけ上げてみせた。
まるで、
『いくら貴女でも、私の邪魔はさせないよ』
とでも言っている様に。
相手が国王の第二王女だと百も承知での宣言。
確かに、彼なら、誰が相手でも、それをするだろう。
果たして、それは現実のものとなる。
そうして、紆余曲折を経て。
今、〈橙黄の地の白虎〉を従えて。
「あかねちゃん」
花梨は、二人がけのカウチで、許婚の傍でまどろんでいる異母姉の名を呼ぶ。
あの宴での、あの視線と表情は何だったんだっっ!
と、突っ込みを入れたくなるくらい、今の彼は優しい表情を、許婚に向けている。
が。
その声で、ゆっくりと瞼を開いた彼女は、嬉しそうに花梨に顔を向けると立ち上がり、両腕を上げる。
「花梨ちゃん」
間違い無い。
ちゃんと瞳を開いて自分を見て、名前を呼んでくれる。
迎え入れてくれる
「あかねちゃんっっっ」
叫ぶように、もう一度名前を呼ぶと、花梨はそれを合図に、あかねの広げられた両腕に飛び込んだ。
「あかねちゃん、あかねちゃん、あかねちゃん!!」
溢れる涙を堪えずに、自分を抱き締めてくれる異母妹に、あかねも、段々感極まってきたのか、
瞳が潤んできているのが自分でも解かる。
「良かった、本当に良かったぁ……」
彼女を抱き締める腕に力が篭もる。
そんな自分達を、二人の〈地の白虎〉は困った様に、でもどこか嬉しそうに見ている。
それまでの事を考えると、それも当然の事だろう。
「ただ今、そしておかえりなさい、あかねちゃん」
そう言って涙でくしゃくしゃになった顔で、満面に笑みを浮かべた花梨に、
「おかりなさい、そしてただ今、花梨ちゃん」
あかねも同じ笑みを浮かべると、自分と異母妹の顔を、
一番近くにいる二人に見せない様に、何気に移動すると。
「友雅さん、翡翠さん、ちょっとここで待っていてね」
と言うと、反論する隙を見せずに、あかねは花梨を伴い奥の部屋に消えた。
身だしなみを整える為だろう。
「……参ったね」
と評する〈真紅の麒麟の姫〉の許婚に、
「まあ、暫くは仕方ないだろう……でも相手が彼女ではね」
そう簡単にはすまないだろう。
〈橙黄の麒麟の姫〉の恋人となる確率大と、専らの下馬評の人物は思った。
そして、その懸念は見事なまでに外れなかった(……)。
どこに行くのも、あかねと一緒v な花梨を、二人の八葉の面々とその関係者が、
――本当に珍しい事に―― 一致団結して引き離したのは。
それから3日後のことである(核爆)。
The End.