《 そして、扉が開かれる − 1 − 》



〈龍の王国〉の当代の第一王女・あかねが、眠りから目覚めた。
王宮より少し南にある神殿から、〈龍神の神子〉としての務めより、戻ってきた第二王女がそれを聞いたのは、
儀式のひとつが漸く終った頃。
神殿での事である。
第一王女が、目覚めたのは朝だが、その頃には彼女はとっくに王宮から神殿に移動していたのだ。
勿論、伝令は四方八方に飛び、それは神殿にもやって来た。


それを知った花梨は、実の所すぐにでも戻りたかったのだが、
あかねが眠っている間、ただ一人の〈龍神の神子〉として、
そして王族としての務めが、彼女にそれを許さなかったのだ。

何よりも、花梨は王后や実母の王妃と約束したのである。

『あかねが起きるまでの間は、花梨があかねの分の――〈龍神の神子〉としての――公務も引き受ける』
と。
だから、今すぐにでも王宮に戻りたい気持ちを、必至で耐えて、自分のすべき事を成し終えて。
速攻で、王宮に戻ってきたのである。
それは、あかねが目覚めてから二日と二晩程経過していた。


「花梨様……お待ちを。あかね様は漸くお目を覚まされたのでございますよ。
 先触れもなしにいきなり伺うのは―――」

略式とは言え、裾の長い正装でありながら、必死に走っている第二王女を、
これまた同じ様相で裾の長い衣装を着た彼女付きの女官の一人が追っている。

「そんなのっっっ、後でいっぱいお詫びするから。何より、あかねちゃんが目覚めたのよ!」

それでも彼女は速度を落とすわけでもなく、

「これが落ち着いてなんていられますかっっっっ」

そのまま、目的地である離宮のあかねの居室に向かっていたのだが、

「……〈橙黄(とうおう)の麒麟の姫君〉」

この声に思わず、足が停まる。
げ(笑←……)。
そこにいるのは、彼の従兄弟と寸分変わらぬ顔の造作をしながら、醸し出す雰囲気は断然違う。
油断大敵な男性。

「ひ、……」

軽く咳払いをすると、彼女は改めて自分の足を停めた相手を呼ぶ。

「何ですか? 〈橙黄の地の白虎〉」
「離宮にいらっしゃるのでしたら、私がお供致しましょう」

彼が現れた途端、彼女を追っていた女官も、少し離れた場所で足を停めていた。

「え? でも……」
「……これ以上彼女に負担をかけるより、私で我慢した方が宜しいのでは? 『橙黄の麒麟の姫君』」

困ってしまった花梨に、〈橙黄の地の白虎〉は追い討ちをかける(笑)。

「……」
「い、いえ、そんな事は……」

『ありません』と言おうとした女官であったが、その続きを言おうとした瞬間、
〈橙黄の地の白虎〉の視線の強さに。
それ以上続けられなかった(……)。

「彼女には本来の仕事(←ここ重要/笑)をさせて上げた方が良いだろう?
 そうしないと、女官長から雷が落ちてしまうかも知れないね」
「!!」

花梨は顔色を変えた。
確かに、これは自分の我侭から始まっているのは承知している。
自分がした事だからその責任は取らなければならないが、彼女はそうでない。
それどころか彼女の立場では、花梨と上司の板挟みになりかねない。

「だから、私が姫に付き添えば、彼女の面目も立つだろう? 女官長にはこう言えば良い。
 『姫は〈橙黄の地の白虎〉が無事に〈真紅の麒麟の姫〉の下にお連れしますので』 とね」

イマイチどころかイマサンくらいに信憑性に欠ける説明(笑)ではあるのだが、
それ以外にこの場を無事に切りぬける方法はそうはないだろう。
この目の前の〈橙黄の地の白虎〉の無言の、でもあからさま過ぎる外圧(……)に耐えられるほど、
この女官の忍耐は強靭ではない。

「……そうね。ごめんなさい。私はこれからひ……〈橙黄の地の白虎〉と行くから、
 貴女は戻ってちょうだい」

まるで、〈ネズミをいたぶるネコ〉の様相を見せ始めた自分付きの女官と〈地の白虎〉に、
花梨も流石に彼の提案を受け入れる。

「姫様っっ」

思わず叫んでしまった女官に、

「……大丈夫だよ」

思わず何が? と問いかけたくなる様なコメントでお茶を濁す(……)。

「じゃ、宜しくね」

何時の間にか、ちゃっかり花梨の隣をキープした〈橙黄の地の白虎〉が、
口元にだけ(←ここ重要)笑みを作ると、

「参りましょうか、姫。では、後は宜しく」

初めは花梨に、取って付けたような(笑)後はカチンコチンに固まってしまった女官に、
胡散臭過ぎる事この上ないくらいに爽やかな笑顔(……)を向けると、
〈橙黄の地の白虎〉は、自分が仕える姫と共に、その場を去った。

後に残された女官は、先ほどの地の白虎の言葉をそのまま伝えるか、

『〈橙黄の地の白虎〉に姫様をかどわかされました』
と正直に上司に申告しようか真剣に悩んだのは言うまでもあるまい(大爆)。




離宮も王宮にもあかね姫の居室があるが、余程の事でも無ければあかね姫は離宮で過ごすので、
当然、彼女の生活の拠点は離宮にある。
彼女に宛がわれている部屋は、三部屋続きで奥から寝室、俗に言う居間(ここまでが私室)、
そして執務室を兼ねた応接室である。
基本的にあかねの居室の入り口は応接室にある。
大体そこには〈真紅(しんこう)の八葉〉が詰めているが、今日いるのは
〈真紅の天地朱雀〉の二人である。

「あ、〈橙黄の麒麟の姫君〉」

先に気付いた〈真紅の地の朱雀〉が、花梨に声をかけた。

「と……〈橙黄の地の白虎〉」

彼女の隣の人物に、〈真紅の天の朱雀〉が、露骨に嫌な表情を見せた。
この人物、さすがに〈真紅の地の白虎〉の血縁だけあって掴めない事この上ない(……)。
当人達が聞いたら、
『奴とは一緒にしないでくれ』
と、素晴らしい重奏をかましてくれる事間違い無しだが(爆)。
特に、この人物は〈歩く神出鬼没〉と水面下(←ここ重要)で言われているだけあって、
いつどこから、ひょっこりと現れるか解からないと言う念の入れようだ。
もぐら叩きゲーム(あるのか?)に是非推薦したいしたい位に、
身軽で軽快なフットワークを見せ付けてくれる。
だがこの人物を、例えもぐら叩き用のハンマーで叩きのめす事の出来る剛の者(……)など
そうはいまいが。



「あ、あの……」
「どうぞ、〈橙黄の麒麟の姫君〉……そして〈橙黄の地の白虎〉」

〈真紅の地の朱雀〉の言葉に、目を見張ったのは〈橙黄の地の白虎〉の方だった。

「私もかい?」
「はい。我等が〈真紅の麒麟の姫〉のお言葉です。
 『〈橙黄の麒麟の姫〉と〈橙黄の地の白虎〉がお見えになったらお通しする様に、
 彼が彼女の傍を離れる訳は無いから』と」
「……参りましたね」

流石の彼も、第一王女の推察に苦笑する。

「あの、今室内にはどなたかいらっしゃるの?」

花梨にとって、まずはそれが一番重要な事だ。

「〈真紅の地の白虎〉の他は、今は誰も。先程まで両陛下や王妃殿下、
 皇太子殿下がいらっしゃいました」

つまりは彼女以外の家族全員がいた事になる。
ずるい。
と思ったが、自分以外は全員王宮にいたのだから、仕方ないだろう。
と、無理矢理、自分の心を納得させて。

「それじゃ、私達を入れて戴けるかしら?」

花梨のこの言葉に、

「勿論です。〈橙黄の麒麟の姫〉そして〈橙黄の地の白虎〉……どうぞこちらよりお行き下さい」

二人の少年は頷いて、〈真紅の天の朱雀〉が、扉に手をかけて、第一王女の居室に繋がる空間を、
第二王女と彼女の守護の一、〈橙黄の地の白虎〉の前に示した。

「ありがとう」

花梨は二人に礼を言い、軽く会釈すると、扉を潜る。
当然、彼女の守護者もそれに続いた。


そして、〈真紅の天地朱雀〉は、扉を閉じた。



 



→ 《 そして、扉が開かれる − 2 − 》 へ続く


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