VS劇場 ─8─
ヴィゴは、ソファーの上で横になっていた。別の椅子ではショーンが雑誌をめくっていた。
この状態で、1時間が経過していた。ヴィゴは途中少し眠っていたし、ショーンは、雑誌に夢中になっていた。部屋の中は静かで、ゆっくりとページのめくられる音だけがしていた。
「ショーン、一番について話をしよう」
突然、静寂が破られて、ショーンは、かすかに驚いた。
「…ん?一番?なんの一番?」
「なんでもさ」
ショーンは、僅かに雑誌から目を上げた。それから、面白いことでも思いついた顔をしたヴィゴに、眉をひそめた。
ショーンは、ヴィゴに、もう少し眠っていて欲しかった。ヴィゴには言えないが、サッカーの最新雑誌が届いた日だけは、優先順位が変わる。
そう、いうならば、ヴィゴは一番から転がり落ちている。ショーンのなかでは、サッカーが燦然と一番に輝く。
「何か夢でもみたのか?」
「いや、雑誌のインタビューで一番について聞かれて、そのときは、適当に答えてきたんだが、ずっと気になっていてね」
ショーンは、膝の上の雑誌に未練があって視線を落した。ヴィゴは、その様子ににやりと笑う。
「たとえば、一番好きな人。一番好きなこと。一番好きな言葉。一番好きな映画。一番好きな…そうだな。あとは何にしよう」
「とりあえず、一番好きなスポーツはサッカーだ。あんたも知ってのとおり、好きなチームは、シェフィールド・ユナイテッド」
「そして、今、一番したいことは、雑誌を読むこと」
「ま、そうだな。否定しないよ」
「でも、俺は、あんたと話がしたいんだ」
さて、どうしようというように、ヴィゴはショーンを覗き込むような表情で見た。ショーンの遠まわしな牽制も、ヴィゴには全く効き目が無い。
「俺が、譲歩すればいいんだろ。あんたに我慢なんてできるもんか」
「一番、好きな人に俺の名前が入ったな」
ヴィゴは、歯を剥き出しにしてにやにやと笑った。その満足げな顔に、ショーンのなかで燦然と輝いていた一番が入れ替わった。雑誌は、後でも読める。故国のファンと内容について語り合うのだって、一秒を惜しむ必要はない。ヴィゴは掛け値なしに満足な顔を見せている。
ショーンは、膝の上の雑誌を閉じた。ヴィゴは、それを見ると、起こしていた身体をソファーへと倒して、もう一度目を閉じた。
「…一番の話は?」
ショーンは、ヴィゴに声を掛けた。
「いいんだ。俺の一番もあんただからな。楽しみにしてた雑誌を読み終わるまで眠っているよ」
「…ヴィゴ」
ショーンは、胸が熱くなるのを感じた。
ヴィゴは、ショーンが掛けてやっていたブランケットを肩まで持ち上げ、もぞもぞと潜り込んだ。
「ゆっくり読んでてくれていいぞ。今、寝ながら考えた、あんたに好感を持たれる一番のくどき文句は、効果が実証されたからな。これから、その気にさせるくどき文句の一番有効なのを考えるんだ」
ヴィゴは、本当に目を閉じ、眠ろうとしている。
ショーンは、文句を言いかけ、口を閉じると、膝の上の雑誌へと視線を戻した。
「…目が覚めたらしよう。もう、いまので有効打だよ。ぐっときた。あんたは、本当のたらしだ」
ヴィゴが目を覚ましたのは、それから一時間もしてからだった。
その頃には、ショーンは雑誌を読み終え、ヴィゴを待っていた。ショーンは、ヴィゴに一番喜んでもらえるサービスを考えながら待っていた。
END