VS劇場 ─7─

 

飲みすぎて、とんでもないことをしでかした。酒のせいだとは言え、こんな失態は許されることではない。もう、充分生きたと、40年を過ぎた人生に終止符を打ちたくなる。いま、この瞬間に舌を噛み切りたい。

「…あっ…あの…」

自分のしでかした事実に、謝罪の言葉を吐き出そうとしたのに、もう一度、別のものが喉をせりあがった。両手で口を覆って堪えるが、指の間を溢れ出した。えずきが止まらない。目から涙が零れ、鼻水も垂れた。

ショーンは呆然と自分を見上げている。

ヴィゴは、何度も頭を下げながら、ごぼごぼと口から胃の内容物を吐き出した。ゲロだ。それが、ショーンを汚している。

ヴィゴに乗り上げられているショーンは、服の上へとぶちまけられるゲロを避けることも出来ずに我慢している。それどころか、身を絞るようにして吐き上げるヴィゴの背中を撫でいる。

「大丈夫か?気にしなくていいから、治まるまで吐けばいいから」

「ショー…ごめ…ごめん」

咳が止まらなくて、また、吐き上げた。ショーンは、ヴィゴの背中をさする。

「大丈夫。平気だから。それより、喉に詰まるといけない。しゃべらなくていいから、ちゃんと吐くんだ」

なんて出来た恋人なんだと、思う。それに比べて自分の情けないことといったら、許されるもんじゃない。ヴィゴは、苦しさだけでなく涙が滲んだ。

「無理して飲むからだよ。若い奴らと張り合うから」

「…俺も……若い…」

今は、こんなことを言っている場合じゃない。分かってる。なのに、酒が言わせる。ショーンは、心配そうに見上げている。畜生、なんで、こんなに飲んだんだ。

ヴィゴはぜいぜいと肩で息をした。吐き気の峠は通り過ぎた。肩でする息は苦しいが、もう、吐くものもなくなった。背中だけが、時折痙攣している。

「ヴィゴ、治まったかい?じゃ、ちょっと、動けるかな?ゆっくりでいいから。ちょっときれいにしてくるよ」

ショーンの手が、ヴィゴの頬を撫でた。

ヴィゴが、ショーンを押し倒した床にごろりと横になると、ショーンは、手じかにあった自分の上着で吐瀉物を抑えて立ち上がった。ヴィゴは、情けない顔でショーンを見上げた。

「大丈夫。流せば済むんだから。じっとしてろよ。流したらタオルを持ってきてやる」

柔らかく笑ってショーンは、バスルームへと姿を消した。

ヴィゴは、くさい自分の匂いに顔を顰めながら、床の上で丸くなる。

店で吐いてきたから、大丈夫だと思ったのに。酒でガードの緩くなったショーンを上手いこと連れ帰ったというのに。仲間が着いてくるってのを追い返したのに。床の上で伸し掛かっても、ショーンは抵抗しなかったのに。久し振りのセックスだったのに。

どう謝罪するかより、出来なくなったセックスに拘りつづける自分を、そうとう酔っていると思う。

セックスどころか、自分との関係を拒まれてもしかたのないような失態を晒したというのに、それでも、ショーンのいるバスルームが気になるのだから、いかれている。

ヴィゴは、のろのろと立ち上がって、バスルームを目指した。脱衣所では、バケツのなかに、ショーンの服が静められている。また、着られるのかどうか怪しい。

石鹸のいい匂いがカーテンの向こうから漂ってくる。誘われる。

「ヴィゴ、大丈夫か?」

そうとうよれよれの顔をしているのだろう。そりゃあそうだ。ヴィゴは、吐いたまま、顔も洗っていない。

カーテンを開けると、ショーンが驚いた顔をして立っていた。そして、ヴィゴに向かってシャワーを掛ける。

「どうせ、服は洗うから、いいよな」

ショーンは、ヴィゴの髪についたゲロを洗い流す。その湯を顔に向けさせ、ヴィゴは口をゆすいだ。

 

「ごめんな。ヴィゴがかなり飲んだのを知ってたのに、俺がしたがったから」

ショーンは、ヴィゴの体に石鹸を塗り広げながら、小さな声で呟いた。

ヴィゴは、驚いて、ショーンの顔を見た。ショーンの目元が薄く色付いている。白い肌も、シャワーの熱だけでなく、うっすらと染まっている。

「吐いたことは、気にしなくていいから。ヴィゴに無理させた俺が悪い」

「ショーン…」

久し振りだと思っていたのは、ヴィゴだけではなかったということだ。ショーンにも誘う気があったから、床に転がすような無茶をしても抵抗しなかった。

ヴィゴはショーンに向かって、舌を伸ばした。

ショーンは、それを押し留め、申し訳なさそうにシャワーを向ける。

「ごめん。もう一度だけ、口をゆすいでくれ…今度俺が吐き上げで、中止ってのは、嫌なんだ」

ヴィゴは、大急ぎで歯ブラシを取りに走り、歯を磨いてショーンに齧り付いた。

 

                                                     END

 

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