VS劇場 ─5─
「なぁ、写真を撮ってもいいか?」
「ああ。いいけど…」
ドアの開く音で、目を覚ました瞬間に、ヴィゴに顔を覗き込まれた。ショーンは、驚いて、もごもごと口にこもったような返答をした。
ヴィゴの手には、カメラが握られていた。ショーンの返答と同時に、早速、ヴィゴはカメラを構えた。
「そのまま横になって、すこし目は伏せ気味に、手を、そう、手を瞼の上に置くようにして」
矢継ぎ早に注文が出て、職業病のように、ショーンは言われるままのボーズを取った。頭の奥にとりついていた眠気は、身体に染み付いた習性で、カメラのレンズに狙われて、一瞬、追い出された。
「もう少し、力をぬいて、そう、まだ、眠っているような感じで」
意識して力を抜くと、シャッターの切られる音が耳に入った。何枚もだ。朝っぱらからご苦労なことだと、自分にもヴィゴにも呆れたような気持ちになった。部屋にはまだ色濃く朝の空気が漂っていた。
ヴィゴは場所を移動し、絞りを換え、冷静にシャッターを切りつづける。
「なぁ、珍しいじゃないか。俺のブロマイド写真でも撮ってくれる気になったわけ?」
「しっ、口は動かさない」
「せめて、こんなよれよれのTシャツじゃないとこを撮ったらどうだ?」
「いいんだ。口を閉じて」
ヴィゴは真剣な様子だった。ショーンは、仕方なく、口を閉じて、ご注文のポーズを続けた。ヴィゴは、ショーンの周りをまわって、上から、横からとシャッターを切っていた。シャッターを切った瞬間に舌打ちもする。…多分、光の加減だとか、気に入らなかったのだろう。写真など、出来上がって初めて撮った状況を把握できるショーンには、いちいち大変なことだと感心した。
眠いな。と、ショーンは考えた。
まだ、起きたばかりだ。ヴィゴのテンションに引き摺られるように目を覚ました気になっていたが、体温で温かくなっているベットの上に横になっていると、眠りに瞼を引っ張られるようだ。
「ショーン、目は開けたまま。もう少し、手をずらして」
「まだ、撮るのかい?」
「もう少し。ショーン、ちゃんと目を開けてくれ。今度は指の間からこっちを見るんだ」
ショーンは、重い瞼を引っ張り上げてヴィゴへと視線を向けた。正確にはカメラへだ。
「うん。いい。そのまま」
寝起きで、顔もあたっていない男の写真なんて撮って楽しいのだろうか。
シーツに包まったままのグラビア女優だって、メイクをして、散々ライトを当てて、そうやって撮るに決まっている。何を考えて、ヴィゴが写真を取り出したのか分からない。いや、演技のこと以外では、大抵ヴィゴの夢中になることは、ショーンにわからない。
また、なにか気紛れを起こしたのだろう。その気紛れが芸術になる才能は、尊敬するが、正直、理解が及ばない。
カメラがショーンを狙う。シャッターが切られる。
指の間から、夢中になっているヴィゴのこと見上げてショーンはぼんやりしていた。
「いいよ。ショーン。ご苦労様。おかげで気が済んだ」
ヴィゴは、ショーンの横になるベットに立ち上がり、真上からショーンを撮っていたカメラを下ろした。
「ご苦労様は君だな。今日は何に取り付かれこんな朝からテンションが高いんだ?」
ヴィゴが伸ばした手につかまり、ショーンは体を起こした。
ヴィゴは、ショーンから目を反らした。
聞いて欲しくないけれど、少し、話したい気もある。という表情だ。
ショーンは、あえて聞かなかった。ヴィゴは、手の中のカメラを弄りながら、ショーンのことをじっと見ていた。ショーンのつれない素振りに、聞いてほしい方向へとヴィゴの気持ちが傾いている。
「言いたきゃ、聞くけどな」
ショーンは、顎を突き出すようにしてヴィゴを挑発した。ヴィゴはショーンを跨いだまま、見下ろしていた。ショーンは、にやにやとしながらヴィゴを見上げた。
わざわざ聞き出すつもりはなかった。この位は、寝起きなのに付き合ったんだ。モデル料して苛めてもいいだろう。
ヴィゴは、身を屈めてショーンの唇にキスをした。ショーンも唇を突き出し、キスに応えた。すこし遅いが、かわいらしいモーニングキスだ。
「あのくそエルフが、撮ったって自慢してたあんたの写真、認めるのも癪に障るが、いい出来だったから…だな。そうだよ。悔しかったんだ。あんたが、あんないい顔してあいつの写真に写ってるから、俺しか取れない写真であいつのこと見返してやろうと思って」
あまりに可愛らしい言い分に、ショーンは、首の後ろがくすぐったかった。
ショーンは、ヴィゴの首に腕を回して顔を引き寄せた。ヴィゴは強引な力に体勢を崩して、ショーンの上に崩れ落ちた。ショーンは、ヴィゴを抱き締め、耳元に唇を寄せた。
「あんなポーズで、いいわけ?」
「…あんた、公表できないような写真を撮らせてくれるのか?」
ヴィゴの目が期待するようにきらきらと光った。
ショーンは、目を覗き込むと、大袈裟に眉を寄せて顔を振った。内心笑っていたが、深刻な表情を作った。
「芸術家が嵌め撮りは不味いぜ、ヴィゴ」
ヴィゴが吹きだす。ショーンも口を覆って笑った。
「さぁ、朝飯にしよう」
ショーンは、ベッドから立ち上がり、ヴィゴに向かって手を伸ばした。
ヴィゴは、ショーンの手に捕まり、ベッドから下りる振りをしてショーンに抱きついた。
「公表しないから、撮らせてくれ」
「世界中で、あんたくらいしか、そんな写真みたがらないよ」
ショーンは、ヴィゴの肩に噛み付いて寝室を後にした。
END