VS劇場 ─13

 

「雑誌を見たよ」

ヴィゴは、挨拶を省いて、いきなりそう、受話器に切り出した。

「ふーん。それで?」

恋人は、ヴィゴに、誰だと、誰何するほど、無粋な真似はしなかったが、特別嬉しそうな声も出さなかった。

「殆ど実物大のアップだろ?ちょうどいいサイズだったから、キスしておいた」

ヴィゴは、ショーンに向かってキスの音を立てた。

受話器の向こうは無反応だ。

「…それで、機嫌が直るといいな」

やっと返ってきたショーンの態度はにべもない。

ヴィゴが広げている雑誌の中のショーンは、機嫌が悪そうではない。

誘い込むような緑の目がとてもセクシーだ。

機嫌が悪いのは、電話越しのリアルなショーンだ。

「…まだ、怒ってるのか?」

「どうだろうな?どうだと思う?」

「すくなくとも、上機嫌じゃないということは、わかるよ」

ヴィゴは、仕方なく苦笑した。

この間のデートを、ヴィゴは途中退場した。

それも、反則技でだ。

寝ているショーンの枕もとにメモを残した。

面倒を見ているアーティストが、潰れかけていた。

頼んできたエージェントが泣きながら、どうしても電話に出ない。家を訪ねても、ドアを開けないと、電話をかけてきた。

プレッシャーに打ち勝てる才能は少ない。

彼にとって、学生展でない初めての共同展が控えていた。

ヴィゴにとって、潰してしまうには惜しいきらめきを彼は持っていた。

飛行機に乗る前、覗いた部屋にいた彼は、死んでしまうかもしれないほど、思いつめていた。

ショーンの寝顔に、キスをした。

しばらくは、恐くて電話できないな。と、思っていたら、本当に、病院に付き添ったりなんだかんだと、電話の出来ない状況が続いた。

今日やっと、落ち着いて電話したのだ。

電話をかける前には、さすがに少しばかりの勇気がいった。

オフィスにも届いているはずの雑誌を買ったのは、そんな理由だ。

 

「なぁ、これを見て思い付いたんだが、等身大の全身パネルを作るってのも楽しそうじゃないか?」

ヴィゴは、ショーンが思い切り顔を顰めるのを想像して、思わず口元を緩めた。

「この写真をそのままパネルにするのもいいだんが、あんた、嫌がるだろう?」

ショーンの返答はない。

「すごくいい写真だし、花でもつけて飾ってやるのもキュートでいいとは思うんだが…」

「…やめろ」

「なんで?きっと、白い花が、よく似合うぜ?」

ショーンは、舌打ちの音をさせた。

「等身大パネルも、普通のパネルも、どっちも嫌だよ。くそっ、やっぱり、あんたのペースだ。どうして、そう、どうしょうもないことばかりを思いついてべらべらとしゃべるんだ。もっと、ちゃんと話さなきゃいけないことがあるだろう?」

ショーンの声は、固い。

だが、これは、ショーンは、譲歩だ。

いきなり消えた恋人を許す気がなければ、言えない言葉だ。

ヴィゴは、優しい恋人に、心からのお詫びを、心の中だけで呟いた。

「直接あんたに、許してって言うのが恐いから、ダミーに言うんだ。こっちのショーンは、文句を言わないし、蹴らないし、それにいつでもキスさせてくれる」

ヴィゴは、紙にキスする音を電話口で立てた。

「だって、ショーン、俺を許してくれないだろう?」

甘えて見せたのは、ヴィゴだって、ショーンを置いて帰りたかったわけではなかったからだ。

ショーンは、明らかに、むっとしていた。

ヴィゴの予想より、ずっと怒ってしまった。

「ヴィゴ、あんたの写真も結構でかかったよな。俺もあれで、パネルでも作るよ。ちょうどいい。確かに写真なら、ああだ、こうだと屁理屈を並べないし、いきなり人に襲い掛かることもない」

ショーンの言葉は止まらない。

「俺も、朝夕に、キスするよ。パネルをベッドに持って入って眠ってもいい」

ヴィゴは、想像して、顔を顰めた。

パネルに嫉妬した。

「そうだ。そうすれば、お互い満足できるんだよ。ヴィゴは、文句を言わない恋人にキスできる。俺は、無駄口を叩かない恋人にキスできる」

「…ショーン、でも、写真は、あんたを気持ち良くしてやるようなキスをしないぞ?」

「べつに?どうせ、現実だって、さよならのキスもなしに、飛行機に乗りやがる」

ショーンは、思い切り声を尖らしていた。

ヴィゴは、ショーンが愛しくて仕方がなかった。

ショーンが、こういうひねた口を利くようになるまでに、どのくらいかかったか。

「ダーリン。ごめんよ。今は、キスしに行ってやれないけど、世界で一番愛してるからな。だから、俺のパネルにキスするのはやめてくれ。そういう勿体無いことはしないでとっておいてくれ」

ヴィゴは、しつこいほど、キスの音を送った。

ショーンが、ため息を付いた。

多分、呆れたのだ。

「…じゃぁ、ヴィゴも、等身大のパネルなんて、絶対に作るなよ。あんたの場合下手に技術があるから、本当に作りそうで恐いんだ」

ヴィゴは、少し、間を置いて返事をした。

「…それは、残念」

そのニュアンスを、ショーンは正確に受け取った。

ショーンが、慌てて、ヴィゴに繰り返し、パネルを作るなと念を押した。

「この間のことは、許してやる。ちゃんとメモも残ってたし、実は、そっちのエージェントに聞いて事情はわかってたんだ。…もう、怒ってない」

ヴィゴは、もう一度、間を置いて返事をした。

「…それは、残念」

「何でだ」

折角、切り札を出してやったのに、と、ショーンは、顔を顰めているのが丸分かりの声を出した。

「だって、怒ってるショーンも、最高にキュートだろう?」

ヴィゴは、渋い顔になっているに違いない、リアルなショーンを想像しながら、印刷されたショーンの写真にキスをした。

写真のショーンは、うっすらと笑っている。

ほんの思いつきで口にしただけだったが、ヴィゴは、等身大のショーンパネルを作ってみるのは素敵なことかもしれないと思った。

 

END

 

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