VS劇場 ─12─

 

「この間のことだけど、」

恋人が、言う。

ひとしきり、近状を報告して、一段落した電話口でヴィゴの言う、この間にどれだけのことがあったかを、ショーンは考えた。

セックスをした。

サッカーのビデオを見終えた後、また、セックスをして、バラの病気について解説している、いかにも奥様向けガーデニング番組を見た。

ヴィゴは、しつこく住宅雑誌を捲っていた。

いくつも折癖をつけていた。

指先だけが絡まっていた。

一番最初に思い出したのは、その体温だ。

ショーンは口元にちいさな笑いを浮かべた。

「この間…?何について?俺が年寄りになるって話か?それとも、俺の娘たちが孫を連れて会いにくるとか、そういう話?」

ショーンは、わざと意地の悪いことを言った。

「…根に持ってるな」

「別に?」

ショーンがくすくすと笑うのに、ヴィゴも笑う。

「じゃぁ、何についてだろう?プロバンスに、プール付き、極彩色の家でも見つかった?家の色は譲れても、プールは譲れないぞ」

ヴィゴは、ショーンが選んだ白い家を思い出した。

「それに、俺が年を取るってことは、あんたも年を取るってことだからな。あんたもジジイになるんだぞ。ヴィゴ。それを忘れるな」

ショーンは、ヴィゴが指差していた派手な色の家を思って、ぞっとした。

「ショーン、忘れてないよ。だけど、一緒に年を取ってくなんて、ロマンチックじゃないか。ショーンは、この間から、いやに年の話に拘るな。どうした?プール付きじゃなきゃ嫌だってのも、実は、体型が気になるようになったからだろう?大丈夫だぜ?俺は、ショーンがどんな体型になっても好きだ」

しばらくショーンから、返答がなかった。

ヴィゴは、苦い顔で唇を引き結んでいる恋人のことを思って、キスの音を送った。

「愛してるよ。ショーン」

「…あんたに、言われたくない。なぁ、その話がしたいんだったら、そろそろ、本音を言えよ。それよりも、もっと俺に言いたいことがあるだろう?」

「え?何?」

ヴィゴの声は、本当に思い当たらなさそうだ。

ショーンは、受話器を握り締めながら、時計を見上げた。

こちらには、じっくり話す時間がある。

ヴィゴはどうだろう?

ショーンは、無意識に自分の唇を舐めた。

「…別に、言いたくなきゃいいんだけどな」

 

そういいながら、ショーンは自分から話の続きを振った。

「俺も、あんたが隣にいてさえしてくれれば、どこでもいいんだぜ?ヴィゴ?」

「どうした?急に?」

「だから、あんたさえ隣にいてくれればどこでもいいのさ」

繰り返す、ショーンの言葉には、とても含みがあった。

言葉どおりには受け取れない。

ヴィゴは、あの時に自分が口にした言葉をショーンが真似ていることがわかった。

たしかにそう言って、ヴィゴは、ショーンを口説いた。

「……ショーン、劣化したテープみたいだ」

「オリジナルが悪いからだろ」

ショーンが、意地の悪い声で笑う。

「俺の言ったことが気に入らない?」

「いいや、とても愛されてると思うよ」

ヴィゴが眉の間に皺を寄せれば寄せるほど、ショーンが笑う。

ヴィゴは、この瞬間、恋人を抱きしめられないことを悔やんだ。

腕の中に抱き込んでしまえば、嫌というほど愛情を分からせてやるのに。

そんな意地の悪い声を出して、確かめなくても溢れるほどの愛を注いでやるのに。

「愛してる。何が言って欲しいんだ?ショーン。ショーンが本当に言って欲しいことは何?」

「ヴィゴは、ちゃんと知ってるよ。俺から言う必要なんて無い」

ショーンはぴしゃりと撥ね付けた。

ヴィゴは、ショーンに聞いて欲しかった言葉を胸の中から掬い上げた。

だが、ショーンが言って欲しいのは、本当に、この言葉だろうか?

それは、かなりヴィゴの大事なところに仕舞われていて、一度取り出してしまうと片付けるのが難しかった。

「…一緒に暮らしてほしい…?」

「嫌だね」

間髪入れず返答が返った。

にべもなく、ショーンは突っぱねた。

そして、勝ち誇ったように笑う。

「この間、あんたは俺がビデオを見るのを邪魔したろう?ヴィゴは、きっとずっとそうするから、一緒には暮らせない」

嬉しそうな声で笑うショーンに、ヴィゴは、髪をかき上げながら、ため息をついた。

この鼻っ柱の強さがたまらない。

「愛してるよ。ダーリン。臍を曲げないでくれ。雑誌を広げて見せるまえに、まずお願いするべきだったってわけだな。悪かった。だけど、お願いしたら、絶対にショーンは、オッケーなんてしないだろう?」

「わかってるじゃないか。このくらい離れてるのが調度いいんだよ。あんただって、わかってるんだろう?俺たちの間の愛情をつぶさないためには、すこし隙間が必要だ」

「…わかった。南仏の別荘は、俺の密かな楽しみしておくよ。隣同士にでも暮らそうか?」

「…庭の管理はしてやるよ」

だから、ヴィゴは、どうしてもショーンが好きなのだ。

受話器の向こうのショーンは、ヴィゴの様子を伺っている。

柔らかい息遣いが聞こえる。

 

今度会ったときも、ソファーからずり落ちるくらい犯してやる。

ヴィゴは口元が緩むのに耐えながら、誓った。

 

END

 

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