VS劇場 ─10─

 

「大人しく、これでも食ってろよ」

「痛いから嫌だ」

「口の中が荒れるのは、ビタミンが足りないんだよ。りんごは栄養価も高いし、病気にいいんだぜ?」

「でも、痛いんだ」

ショーンは、不恰好に向いたりんごの皿をソファーの脇に置くと、ヴィゴに向かって手を伸ばした。

かさついた唇を開け、口の中を覗き込む。

「酷くなってるぞ?」

「だから、痛いって言ってるだろ?」

「ちょっと、待て、お前、熱もあるんじゃないか?」

ショーンは、掴んだ顎の熱さに、慌ててヴィゴの額を触った。

熱い。予想通りというか、あまりな展開にショーンは、がっくりと項垂れて、ヴィゴの額に自分のを重ねた。

「疲れてるんだから、止めとけって言ったろ」

「疲れてると、燃えるだろ?」

「…お前の頭の中は、セックスと撮影のことだけか?」

「そうだな。他にも、息子のことと、税金のことなんか考えてる」

「世界平和は?」

「それは、人間として当たり前過ぎて考える必要すらない」

ショーンは、小うるさい口を、手で塞いで薬を取りに立ち上がった。

ヴィゴの手が、ショーンのシャツを掴む。

「ここにいろよ」

「色目を使ってもダメだ。薬は飲め。今晩の撮影にふらふらして行くつもりなのか?」

「口の中が痛いんだ」

「痛くても、りんごを食べろよ。いきなり薬を飲むよりはマシだ」

「俺は、痛いから嫌だって言ってるのに?」

ショーンは、ヴィゴの目をのぞきこんだ。熱のために、かすかに潤んでいる。こんな時でなければ、色っぽいと目尻を舐めてやってもいい。

「こういう時は優しくしてくれよ。側にいて、頭を撫でてくれ」

「頭を撫でて、熱が下がるんなら、いくらでも撫でてやるけどな、子供だって熱があれば、大人しく薬を飲むぞ」

ショーンは、ヴィゴを振り切って、ソファから立ち上がった。

ヴィゴは、ソファから身体を起こして、ショーンを羽交い絞めにした。

「ショーン、りんごを食べさせてくれ」

ショーンは、ヴィゴを振り返った。

自分でも眉間に皺が寄っているのがわかる。

「あーんって、やれってのか?」

ヴィゴは、頷く。

ショーンは、大きなため息を付く。

「面倒くさい奴だなぁ…」

ショーンは、不恰好なりんごを取り上げ、ヴィゴの口に近づけた。

ヴィゴが首を振る。

「この上、何をしろと?」

「口に銜えて食べさせてくれ」

「…馬鹿か、お前は…」

ヴィゴがあくまで口を開こうとしないので、ショーンは、仕方なくりんごを口に銜えると、ヴィゴの口に顔を寄せた。

 

「美味いか?」

ヴィゴは、結局、りんごを固形のまま食べることが出来ず、ショーンは、口に銜えたりんごを、自分で食べた。

ヴィゴの口の中は、かわいそうなくらい荒れて、りんごを入れたら血が滴った。

そんな状態になりながら、まだ、口移しで食べさせろなんていっている彼が、いっそ、見上げたものだと、ショーンは、ヴィゴが差し出されるままに、りんごを口にしていた。

「あーん」

ヴィゴの言うのに、あわせ、口を開く。

「あんたも、疲れてるだろ。果物は食べといたほうがいい」

「病人に心配されてもな」

ヴィゴは、いつもより緩慢な動作でショーンの頬を撫でる。

「りんごをジュースにしてきてやる。染みるだろうけど、飲め。そして、薬を飲んだら、大人しく寝るんだ」

ショーンは、皿が空になる前に、立ち上がり、キッチンに向かった。

「一緒に寝てくれるか?」

ヴィゴの声が追ってくる。

「わかった。わかった。言うことを聞いてやるから。最高に甘やかしてやるから。なんなら、子守唄も歌ってやる」

「裸になってくれる?」

「まだ、そんなこと言えるんなら、ちょっと寝たら熱も下がるさ。ほんとうに、ヴィゴは…」

ショーンは、なんとかコップ一杯分になったジュースと、薬と手にもってすっかり赤い顔になっているヴィゴのもとに戻った。

見上げた根性の恋人は、上がった熱にすっかり目をうるませている。

「色っぽい顔してるよ。熱がなけりゃ、即、オッケーしてやるのに」

ヴィゴは、残念そうに、熱い息でため息をついた。

 

END

 

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