肯定を望む君 2
ヴィゴと、オーランドは、久しぶりに、トレーラーの中が見たいと言ったショーンに、どうぞ。と、言った。
ショーンの遠慮をクスリと笑ったくらいだ。
おかしな遠慮を見せた大事な仲間は、友人の快諾に、大きく口を開けて笑った。
「まだ、あのソファーが現役なのか確かめたかったんだ」
ヴィゴは、ショーンの正面に立って、にやりと笑った。
「ソファーよりも、もっと、ショーンに、見せたい写真があったのに」
「どうせ、全部貼ってあるんだろ?勝手に見させてもらうからいい」
オーランドは、ショーンの隣りに並んで、腕に絡み付いた。
「とうとう、ヴィゴの鏡、全面写真で覆われちゃったんだよ。結局、メイクの時は、俺の鏡、見てやってるんだ。どう思う?そういうのって」
「とても、ヴィゴらしいと思う…けど?」
撮影の二部に参加すると言っても、数シーンしか撮影の無いショーンと、メインの役者では、自由になる時間が全く違った。
会議室として用意されている部屋に向かう途中だった廊下で、2人を捕まえたショーンは、2人に案内して貰うつもりなど、毛頭無かった。
懐かしい場所の今の持ち主に、見学の許可を交渉しただけだ。
もとより、一緒にいけるなどとは思っていない。
だが、オーランドは、ショーンの腕に絡みつくようにしながら、あと、ちょっと待ってくれれば、一緒に行けると、ショーンを口説いた。
現在の持ち主2人は、残念ながら、ちょうどその時は、打ち合わせがあって、ショーンをトレーラーまでエスコートすることが出来なかった。
「無理しなくていい、オーリ。場所はわかってるんだし、ちょっと懐かしいから見たいってだけだし」
「でも、ショーン。あと、1時間もすれば、俺、少しは自由になるし」
「1時間が、1時間で終らないのが、PJだろ?オーリ」
ショーンは、遠慮深くオーランドの申し出を断った。
ヴィゴは、ショーンの肩に手をかけ、顔を覗き込んだ。
「ショーン、本当に一人で行くのか?」
「何?ヴィゴ。なにか、触られたら、困るものでもあるのか?」
「いいや。そんなものは何もないよ。ただ、あそこで、待ってる奴。あれ、お前のお供なんじゃないか?」
カールの黒い頭が、廊下の影から、ひょっこりと見えていた。
「…ダメか?」
「ダメなわけはないけどな。どうした?一気に親しくなったな」
ヴィゴは、ショーンの顔を覗き込んで、肩に手を置いた。
「…そう。ショーン。どうして?せっかく会えたのに、ショーンったら、俺たちの撮影を見てもくれなくて、なんか、カールとばっかり一緒にいない?」
オーランドは、唇を尖らせて、ショーンを睨んだ。
ショーンは、すこし、困った顔をして笑った。
「…う〜ん。気が合った…としか、いい様がないんだが…」
「アレは、俺のシンパのはずなんだけどな」
ヴィゴは、カールに向かって顎をしゃくりつつ、にやりと笑った。
ショーンの顔に浮かんだのは、朗らかな笑みだ。
「知ってるよ。ヴィゴ。お前のことばかり、沢山聞かされてる。ついでに、ヴィゴ。お前のことを色々聞かれてるよ」
ヴィゴは、ショーンの肩を指先でトントンとたたきながら、意地の悪いことを言った。
掬い上げるように顔を上げ、視線をショーンの顔に固定する。
「じゃ、この撮影の間に、自分のファンにするつもりなんだな。ショーン」
「違うって。あいつ、とても親切なんだよ」
「俺の方が、ずっと、ショーンに親切だって!」
オーランドは主張した。
ショーンは、にこにこと笑った。
「じゃ、後で、ちょっとだけ覗きに行かせてもらうから」
手を上げたショーンは、ヴィゴと、オーランドを置いて、カールの方へと歩き出した。
トレーラーのドアに手をかけたのは、オーランドだった。
思わぬほど順調に打ち合わせが終わり、ヴィゴと、オーランドは、自由時間を手入れた。
「行く?ヴィゴ?」
「お前行かない気か?」
今日は、ここまでにしようか。という監督の声に、ヴィゴと、オーランドは、にやりと顔を見合わせた。
2人はショーンがまだいるかもしれないと、撮影現場にもなる草原にあるトレーラーに向かって歩いた。
ショーンを驚かせようと、オーランドはそっと扉を開けたのだ。
悪戯に思い切り顔を緩ませている表情とは別に、オーランドは、慎重に扉を開いた。
タラップを登る足は、猫のように音を立てなかった。
だが、僅かに開いた扉の前で、オーランドの顔色が変わった。
「あ…んっ、あ…。カール」
信じられないショーンの声が聞こえた。
聞こえた声の理由など、オーランドは、一瞬で思いついたが、理解することを頭が拒否した。
「んっ…ああっ…あ」
開いたドアの隙間から、遠慮なしに声は漏れてくる。
理解するより先に、オーランドの顔から、表情が無くなった。
閉めるということも忘れて、茫然と扉に手をかけていた。
扉からは、艶めいた声が漏れる。
ヴィゴは、怒りの表情を見せた。
タラップにかけていた足も、そのままに、オーランドの開けたドアを見上げた。
全身からは、怒りが噴き上がっていた。
「いいって。ショーン。我慢しなくていいから、いっちゃいな」
「んんっ…カール。カール…」
トレーラーの中からは、キスの音と、体をぶつけ合う音。
激しい息。
濃密な空気。
そうして、気をつければ、トレーラーが、少し、揺れていた。
ヴィゴは、オーランドの手を引き、ドアの側から引き離した。
「…うそ…」
「黙れ、オーリ」
ヴィゴの声は低かった。
トレーラーの中は、最早、クライマックスの激しい交わりが続いていた。
聞いたこともないような甘えた声をショーンが出していた。
カールが、しきりにショーンの名を呼んだ。
「信じられない…ショーンが…だって、ショーンって」
オーランドが動揺のまま、剥き出しの感情をのせて、ヴィゴを見上げた。
唇は色を無くしていた。
それは、秘密の話だった。
ショーンが、ヴィゴのことを、余計な感情を持って見つめていたのは、あまり多くの人が知ることではない。
「黙るんだ。オーリ」
「でも、だって、なんで?ヴィゴなら、わかるよ。でも、なんで…」
ヴィゴが、オーランドの口を手で塞ぐのと同時くらいに、トレーラーの中からは、切羽詰ったショーンの声が聞こえた。
いったのか、その後は、擦れたような声が、小さく続く。
ヴィゴは、オーランドをその場に残し、足音も高く、タラップを駆け上がった。
どんっと、大きくドアに拳を打ちつけた。
衝撃は、トレーラーを揺らしたほどだ。
痛いほど、緊張した空気が、トレーラーの中に充満した。
「ショーン。外に出てこられる状態になったら、出て来い!」
ヴィゴは、はっきりと聞こえる声で、中の2人に怒鳴った。
息を飲むような動揺の空白が一瞬。
そして、中からは、慌ただしく、動く音がした。
「ヴィゴ!ちょっと、そんな…」
オーランドが、眉の間に思い切り皺を寄せた不安な顔をしてヴィゴを見上げた。
ヴィゴは、大きく舌打ちの音をさせ、タラップを踏む音も隠さず、土の上に、降り立った。
トレーラーの中からは、声も聞こえず、慌ただしく服を着る音がした。
何かを落としたのか、物が落ちる大きな音がした。
「オーリ。俺は、ショーンと話をつける」
「ヴィゴ。やめようよ。…すごい顔してるよ。あんた」
ヴィゴは、きつく目を吊り上げ、口元を引き結んでいた。
目は、強い感情で凝固していた。
誰の意見も聞き入れる余地のない顔だ。
オーランドは、ショーンの身が心配になった。
オーランドにとって、ショーンがカールと出来上がっていたということもショックだったが、それ以上に、ショーンが酷い目にあうことは、望みではなかった。
ヴィゴの怒りは尋常ではない。
オーランドは、大声で喚いた。
「ショーン!カール!出てきちゃ、ダメだからね。ヴィゴ。殴るかもしれない!」
ヴィゴは、もの凄い目をしてオーランドを睨みつけた。
「ショーン。出て来い!出てこない気なら、まだ、裸だろうが、中に入るぞ!」
オーランドは、タラップに足をかけそうなヴィゴの腕を掴んだ。
「ちょっと、ヴィゴ!あんた、自分が何言ってるかわかってる?」
「わかってるさ。ここは、俺たちのトレーラーだ。入るのに、何で遠慮がいる」
「だから、ヴィゴ。今は…」
トレーラーの中で何が行われていたかなど、わからぬ者はここにはいなかった。
オーランドだって、ショックだった。
けれど、ヴィゴの表情は、傷ついたなどというレベルを超えていた。
最早、そんなところはとっくに越えて、憎しみに近い思いで、怒りを露にしていた。
中で、何が行われていたかなど、十分わかって、ヴィゴは、ショーンに出て来いと言っているのだ。
こんな獰猛な目をして…こんな目は、スクリーンの上でも、未だお目にかかったことがない。
「…行くから…ちょっと、待ってくれ。ヴィゴ…」
ショーンの声がした。
動揺はあるようだが、意外にしっかりした声だ。
オーランドは、振り払おうと腕を振るヴィゴにしがみつきながら、悲しいようなため息を付いた。
「ショーン。出きちゃ、だめだって!ヴィゴ。絶対に殴るよ。あんた、まだ、撮影残ってるじゃん!」
ヴィゴの腕力を、自分ひとりで押さえつけておけるなどという楽天的な考えが、オーランドには浮かばなかった。
ヴィゴの体は、触っているのが恐いほどの熱量を発している。
トレーラーの中からは、慌ただしく言い争う声がした。
小さな声は、激しく言い合った。
「早くしろ。ショーン!」
ヴィゴは、タラップを蹴り飛ばした。
強打される音は、物理的な圧迫に近い脅迫感を与える。
トレーラーの中から、ショーンの声がした。
「オーリを殴るな!ヴィゴ」
オーランドは、情けないような笑みを顔に浮かべた。
「俺の心配は、いいって!そんなことより、中から鍵かけなって、ショーン。無理かもしれないけど、俺、ここで、ヴィゴ押さえとくから!」
「オーリ、無理しなくていい。ちゃんと出て行く」
トレーラの中からは、まだ、言い争う声が聞こえた。
「心配なら、カールは、そこに残こせ。ショーン!」
ヴィゴが吼えた。
もつれ合う足音が、扉の向こうから聞こえた。
あっさりと扉が開いた。
ショーンが、顔を見せた。
「映らないところなら、好きにしてくれていい。俺は、ヴィゴ達の場所を勝手に使ったんだ」
開いた扉から顔を出したショーンは、体の中に快感がまだ残るせいか、いつもより、ずっとヌードな表情だった。
表情に鎧がない。
普段会う、ショーンは、メイクなどしていなかった。
だが、オーランドは、いつものショーンの顔がメイク後だったように感じだ。
ショーンの肌が、今は、まるでメイクを落としたばかりのように、素だ。
ショーンを覆う膜が一枚剥ぎ取られたようで、肌が、人の手で触られることを拒否していなかった。
息を飲むほど、セクシーな雰囲気だった。
そんな場合ではないのに、オーランドは、ショーンに見惚れた。
トレーラーの扉のところで、後ろから続こうとしたカールをショーンが押し戻した。
「ショーン。俺だって、同罪だ!」
カールは、ショーンの前に出ようとしていた。
ショーンは、それを腕で遮る。
「誘ったのは、俺だ」
「だけど、ショーン。あんた一人でなんて!」
2人は激しく言い争う。
「カール、お前の方が、これから先の撮影が長いんだ。怪我したらどうする気だ」
「ショーン、ショーンが殴られるようなことになったら!」
カールが、ショーンを押しのけ先にタラップを降りようとした。
ショーンが、その体を止めた。
「大丈夫だ。カール。お前が先に行くことは無い」
「でも、ショーン。俺、あんたを酷い目なんかに合わせられない」
「平気だよ。カール」
「でも!」
カールは、ショーンを振り切ろうとタラップでもみ合った。
お互いが、お互いを庇いあうことに必死だ。
ヴィゴが、低い声で、カールを恫喝した。
「カール。それ以上、ごちゃごちゃ言うな。それ以上口を開いたら、まず、お前を殴り飛ばす」
ヴィゴを尊敬し、憧れているカールは、その声にびくりと体を竦めた。
カールは、ヴィゴを見た。
ヴィゴは、カールが、見たことのない表情をしていた。
悪戯が好きで、博識で、頼りがいのある先輩役者の顔ではない。
カールは、ヴィゴの怒りに、強く奥歯を噛み締めた。
「カール。お前は、邪魔だ」
きついヴィゴの声だった。
カールの踏み出そうとしていた足が、宙に浮いた。
ヴィゴの様子は、あまりに険悪だった。
オーランドは、思わずライバルであるはずのカールに向かって言った。
「カール…ヴィゴ。きれてるから、今は、言う事、聞いといた方がいいよ。怪我したら、困るのは、みんな一緒なんだから」
「そうだ。カール。ちょっと、ヴィゴに叱られてくるだけだから、大人しく待っててくれって。大丈夫だから。ヴィゴは、そんなに酷いことなんてしないよ」
ショーンは、色を無くしているカールの頬を優しく撫でた。
そこには、さっきまで肌を合わせていた者同士の距離の近さがあった。
2人を隔てる空気が無い。
ヴィゴの目が、更に温度を低くした。
「…返答次第だ」
ヴィゴは、そう言って、ショーンについてくるように顎をしゃくった。