OS劇場 ─8─
上手い具合に撮影待ちのターフの下には、ショーンしか座っていなかった。
自分の撮影を終えたオーランドは、跳ねるようにショーンへと近づいた。
だが、残り10歩のところで、速度を緩めた。
誰も気付かなくても、オーランドは気付いた。
あの顔は、かなりまずい。
「機嫌が悪いねぇ」
オーランドは、椅子に座って雑誌を読んでいたショーンに笑いかけた。
「……悪いか」
ショーンは、ちらりと視線を上げた。
ショーンの態度には、どこにも取り繕ったところがない。
さっきまでモニターで見せていた笑顔はどこへやら、ショーンの口元は、一ミリだって引き上げられはしなかった。
「全然。ちょっと、どうしてなのかは気になるけど、今のところ、俺に思い当たる節はないし、この間、殆ど全部、白状させられたばっかりだし。いいよ。ショーンの好きなだけ、不機嫌にしてて」
オーランドは笑顔を止めなかった。
ショーンは、誰だって条件反射で口にするお疲れの言葉を言わない。
今、ここにいるのが、オーランドだけだと思って、全く顔を作って見せない。
緑の目は、物騒に光っていた。
オーランドは、眉の間まで皺を寄せて、睨んできたショーンに苦笑しながら隣に椅子を引き寄せた。
その動作を、ずっとショーンは怒ったような目で見ていた。
すっかり隣に椅子を寄せたオーランドは、そこに腰掛けながら、ショーンの顔を覗き込んだ。
「それとも、どうして、不機嫌なのか聞いて欲しい?」
ショーンが、きつくオーランドを睨んだ。
グリーンの目は、親の敵でも見るようだ。
オーランドは、ことさらにっこりと笑った。
「俺で何かの足しになるなら、ご相談に乗りますけど」
オーランドは、すこしばかり、自分の行状を胸の中で思い返したりはしたが、やはり思い当たる節がなくて、にこりとショーンに笑った。
ショーンは、何も言わないまま、ぷいっとオーランドから、視線を外した。
「…まぁ、いいや。お呼びが掛かるまで、しばらくここにいるからさ。話したくなったら、呼んでくれる?昨日あんまり眠れてないからさ、多分、寝ちゃうと思うけど、起こしてくれて全然いいから」
頑ななまでにオーランドを拒絶するショーンの隣で、オーランドは目を閉じた。
オーランドは、ショーンと我慢比べをするのも楽しいかと思っていたが、やはり、眠りはすぐにやってきてしまった。
オーランドは、スタッフに肩を叩かれて目を覚ました。
周りを見ると、他のキャストは帰ってきていたが、ショーンは、席を外していた。
オーランドの腹の上には、一枚のタオル。
暑いなかでの昼寝だから、本当は、いらない。
実際、オーランドは、すっかり汗をかいていた。
メークだって直してもらわないといけないだろう。
でも、こういうことをされちゃうから、オーランドは、ショーンから離れられないのだ。
オーランドは、ショーンの大事なタオルを腹から退けた。
多分、ショーンは、自分がやっただなんて、白状はしない。
でも、タオルにチーム名が入っているところが、みそだ。
自分の現場に戻る途中で、オーランドは、こっそりショーンを覗きに行った。
ショーンは、すっかり機嫌の良くなった顔で、リハーサルをしていた。
オーランドにも経験がある。
人に説明できないような小さな不満がいくつも、いくつも重なって、腹の立つ時というのはあるものだ。
そういうときは、理由が説明できないだけに、余計に腹立たしい。
さっきまでの顔が嘘のように、ショーンは、目をきらきらさせて、現場に臨んでいた。
「…かわいいなぁ」
オーランドは、思わずショーンを抱きしめに行きたくなった。
ショーンは、あれでもオーランドに甘えたつもりなのだ。
もっと当り散らして、わけのわからない怒りをぶつけられてもオーランドは困らないと思っているというのに、ショーンとしては、あれで、思い切り不満をぶつけたつもりなのだろう。
ショーンは、オーランドを叱りはするが、理不尽なことはしない。
多分、理不尽な行為を受け止められるほど、オーランドが成長していることに気付いていない。
「やんなっちゃうなぁ。あんなにかわいいくせに」
寄り道をしているオーランドを、スタッフが急かしに来た。
オーランドは、後ろを振り返りながら、現場へと急ぎ足で進んだ。
ショーンは、すっかり機嫌がよくなっていた。
大人びた態度で、ショーンを心配してみせたオーランドの腹の上に、載せてやった一枚のタオル。
あれのせいで、オーランドは、随分寝苦しそうだった。
ショーンの口元に自然と笑いが浮かんだ。
手元にあった中の、一番厚地のタオルをオーランドにかけたのだ。
この暑さのなか、寝苦しくて当然だ。
ショーンは、機嫌よくリハーサルを続けた。
END