OS劇場 ─7─
呼び出しのベルが鳴り、オーランドは慌てて起き上がった。
いつのまにか、眠り込んでいた。
インターフォン越しのやり取りの後、暗証番号を押す。
むくんでいるだろう顔を、しゃっきりさせるため、ショーンが上がってくるまでの間に、洗面台に飛び付いた。
せっかちなベルが、オーランドを呼ぶ。
タオル片手に、オーランドはドアを開けた。
緑の目が、すこし居心地悪そうに、廊下の床を見ていた。
「いらっしゃい。ショーン」
オーランドは、弾んだ声で、ショーンを招き入れた。
久しぶりに会う、ショーンの頭の先から、つま先までを眺め回した。
ドアをくぐる姿に、特別変わった様子はない。
オーランドの顔を見て、笑顔を見せようとしないのも、いつものことだ。
「どうした?髪が濡れてる。迷惑な時に、尋ねたか?」
顔を上げたショーンは、まず、そんなことを口にした。
「そんなことない。顔を洗ってただけ。それより、ショーン、まず、抱きしめてよ」
ドアを閉めて、オーランドは、ショーンの目の前に立った。
ショーンは、仕方ないという顔で、オーランドを抱きしめた。
雑踏の匂いと混ざったショーンの匂いがした。
「部屋の片付けでもしようと思ってたんだけど、考えてるうちに、寝ちゃってたよ」
オーランドは、恋人の頬にキスをした。
冷たい恋人は、キスを返すこともせず、オーランドの部屋をざっと眺めて、なるほどと頷いた。
「でも、ショーンほどでは、ないと思うな」
オーランドは、笑いながら、ショーンをリビングではなく、寝室へと案内した。
荷物を置いておいでよ。というのが、理由だ。
だが、本当は、ここまでの移動で疲れたショーンが、自分の体温を残すベッドに横になればいいと思っていた。
ドアの前で、ショーンだけを中に入れ、オーランドは冷蔵庫へと向かった。
まず、ビール。
とりあえず、それを用意しないことには、ショーンの態度は解れない。
オーランドは、いつもより、幾分遠慮がちな顔を見せていたショーンが、あの笑顔を見せてくれるのを楽しみにしていた。
ビールの缶にお願いのキスをしてみた。
「…オーリ」
寝室のドアを開けたオーランドは、楽しみにしていた笑顔に迎え入れられた。
それも、はにかむような極上品だ。
「どうかした?ショーン?」
この僅かな間にショーンを楽しませる何かがあったようなのだが、オーランドには思いつかなかった。
オーランドは、手に持ってきたビールを手渡しながら、ショーンに近づいた。
ショーンの分が、ショーンの手に渡り、オーランドが、ベッドに腰掛けたショーンの隣に座ろうとしたら、頭を一つ叩かれた。
丸めた雑誌のいい音がした。
「恥かしい奴だな…」
ショーンの声が、優しかった。
オーランドは、その雑誌が何かわかった。
ショーンの顔が、大きくアップに載っていた。
眠る前に必要だったから、ベッドサイドに置きっぱなしになっていた。
「キスしてたのばれちゃった?」
オーランドは、雑誌を受け取って、ショーンのページを開いた。
「本が、しわしわだ…一体、どれだけキスしたんだ」
ショーンは、照れたような笑いを浮かべていた。
こんなことで機嫌がよくなってくれるなんて、オーランドは嬉しくなった。
「だって、ちょうどいいサイズだからね。口のサイズなんて、ほら、ぴったり」
ショーンの顔の隣に、雑誌を並べた。
しわくちゃになってしまっているページと、実物のショーンが並んだ。
オーランドはにやりと笑った。
「おかげでさ。すっごい楽しめた」
オーランドの言葉に、ショーンが顔を顰めた。
「…なに?なんだって?オーリ?」
「今日会えるかと思ったら、とうとう我慢できなくってさ。昨日…」
肩を竦めて笑い出したオーランドをショーンがきつく睨んだ。
「昨日、何だって?オーリ…」
秘密を隠そうとしない目で、オーランドがショーンをちらりと見ると、ショーンは、いきなり立ち上がり、オーランドに向かって蹴りを入れた。
「帰る。邪魔したな。オーリ」
ショーンは、オーランドが持っていた雑誌を取り上げ、ゴミ箱に放ると、くるりと背中を見せた。
広げてもいない荷物をまた、手に取った。
「ええ??いいじゃん。ちょっと雑誌で悪戯しただけでしょ?何も、ショーンの口の中に無理やり入れたわけじゃないし、いいじゃん。健全な証拠だよ。ショーンと会えるのが楽しみで待ちきれなかった俺の気持ちだとわかってよ!」
オーランドは、どんなに眠かろうと、片付けだけはきちんとすべきだったと猛反省した。
蹴られて痛む胸を押さえながら、ショーンの荷物を引っ張った。
「ちょっとペニスの先にキスしてもらっただけだって。それ以上のことしてない。もう、それだけで、すっごい気持ちよくなっちゃって、必要なかったんだって。だから、それだけ!ねぇ、ショーン、それだけなんだってば。許してよ、ねぇ。もう!」
ショーンは、荷物を床に落とし、大きなため息をついた。
「…どうして、俺は、こんな奴と付き合ってんだ…」
疲れたような声だった。
「そんなの、俺たちが愛し合ってるからに決まってるじゃん!」
オーランドは断言した。
ショーンは、もう一度、大きなため息をついた。
そして、諦めたように、振り返り、子供のようにすがり付いているくせに、堂々としているオーランドを抱きしめた。
END