OS劇場 ─9─
「嫉妬されるのって、どんな感じだと思う?」
「……そりゃ…嫌な感じなんじゃないか?…」
「それだけかな?ちょっと、自尊心が満足したりもするんじゃない?」
「……どうかな?…俺は、ただ、単に迷惑って言うか…」
「そう言うだろうと、思ってた」
口篭もったショーンの沈黙を打ち切るように、きっぱりとオーランドが言った。
「おい、オーリ、挨拶より先に話さないといけないことなのか?それが。まず、名乗れよ。びっくりするだろう」
「びっくりは、して欲しくないなぁ。声だけで、俺だってわかってよ。久しぶりだからって、忘れちゃったりしないでしょ?」
「そりゃぁ…そうだが…」
ショーンにとっては、後は眠るだけの時間。この時間を選んで、恋人は電話してきたに違いなかった。
ここ何日かは、連絡もなく、ショーンの方から連絡を入れるほどのマメさもないものだから、オーランドの声を聞くのは2週間ぶりくらいだった。
きっと元気に、忙しくやっているに違いないと思わせるものが、オーランドにはあった。
自分の不精を棚に上げるつもりはないが、わざわざ連絡しなくても、いつも通り、愛情深く自分を思ってくれているオーランドの存在をショーンは、確信していた。
そのせいばかりではないが、忙しくなると、つい、連絡をとらなくなった。
もともと、自分の方から連絡することなど少ないため、オーランドからの連絡が途絶えると、簡単に半月くらいは音信不通になった。
「…俺さぁ、ここんとこ、周りがびっくりするくらい真面目に仕事しててね」
「ああ」
「すっごく忙しかったんだよ」
「うん」
「オフもさぁ、3つも、4つも、予定をいれてさ」
オーランドの声を聞きながら、ショーンは、電話越しになど見えないとわかっているのに、大袈裟に顔を顰めた。
年の違いを意識しているのは、ショーンのほうだ。
「約束をちゃんと全部守った?」
つい、余計なことを言ってしまう。
オーランドが、笑った。
「守ったって。その代わり、ベッドにたどり着く頃には、へとへとだったけど」
「へぇ」
ぽんぽんと弾むように飛び足すオーランドの言葉は、空いていた期間を感じさせなかった。
受話器を取った直後に感じた不穏な気配は、なりを潜めている。
実は、ショーンは、覚悟していた。
ショーンはプライベートな写真をすっぱ抜かれていた。
デート中の写真。
オーランドが、見たならば、浮気中の現場写真。
かわいらしい行為しか行っていないが、オーランドが、喚きたてるだろうに違いないものだった。
だから、ショーンは、最初の3日間は、絶対に電話がなっても出ないとまで、決めていた。
その次の一週間は、電話が鳴らないこの幸運がもうしばらく続きますように、と、ショーンは、願った。
そうして、やっと、ここ2、3日どうしてオーランドが連絡してこないのかと、不思議に思い始めたところなのだ。
「オーリ。元気にしてたか?」
ショーンは、当り障りの無い言葉で、オーランドの様子を探った。
「勿論、元気」
「変わりない?」
「何が?」
オーランドは、笑った。陰湿なものは何もない、明るい声だ。
「何が、変わるっての?ショーン。もう、俺、大きくもならないしさ、世界中の女の子が泣いちゃうから、体重だって維持してなきゃね」
ショーンは、ほっとした。
ちらりと、まだ、あの写真をオーランドが見ていない可能性について考えたくらいだ。
「しょってるな」
笑うショーンを、オーランドも笑った。
「まぁね。でさ、ショーン。今日の話題。俺、この2週間、ちょっと実践してたことがあってさぁ。やっとそれが成就したみたいだから、今日、電話したんだ」
オーランドの声の明るさは変わらない。
しかし、ショーンは、警戒を深めながら尋ねた。
「ん?なに?」
「ちょっと、ショーンを見習ってみたいと思ってさ」
オーランドは、楽しそうだ。
「…なに?ちょっと、怖い感じなんだが…」
「怖くないよ。多分、ショーンにとっても、いいこと」
「何?」
こうやって、焦らすのは、オーランドにしては珍しかった。
喋りたくて、喋りたくて電話をかけてくるのだから、最初に口を切ってしまうのだ。
珍しく焦らすオーランドに、後ろめたさのあるショーンは、答えをせかした。
「俺さぁ、ただ、ひたすら、ショーンの幸せを願ってみました」
「…うん?」
「この1日くらい、ショーン、俺の愛を感じなかった?」
ショーンは、オーランドが言い出したことが理解できなかった。
思わず思いついたことと言えば、遠まわしな嫌味かということだ。
「…オーリ?」
「難しいね。ショーンにみたいに過ごすってのは。俺、いつだって、ショーンの声が聞きたいし、顔だって見たいし、抱きしめたいし、抱きしめて欲しいし、ショーンからも、連絡して欲しいって性質だから」
「…オーリ?」
「うん。やっぱり、難しい。すっごく努力して、やっと自分のものに出来たような気がするけど、でも、やっぱり、無理かなって気がしてる。ごめんね。ショーン」
「…オーリ!?」
オーランドの声は、さばさばとしていると言っていいほど、明るかった。
そして、どこか、きっぱりとしていた。
何を言いたいのか、さっぱりわからないというのに、難しいや、ごめんねの一言が、ショーンに別れ話を始めたのかと覚悟をさせた。
ショーンは、後ろめたかった。
「どうしたの?ショーン。なんて、声、出してるのさ」
ショーンの手は、受話器を強く握りすぎて、痛いほどだった。
「オーリ。ごめん。あの…悪かったよ」
ショーンは、もごもごと口篭もりながら謝った。
「いいって。あんたから、連絡してこないのなんて、いつものことじゃん」
「いや、それも、そうだけど、でも…」
「いいって。俺も、今回ちょっとわかったっていうか、ショーン。性格の違いもあるけどさ、あんた、毎日、物凄く充実してるってことだよね」
「ん?」
まだ、ショーンには、オーランドの言いたいことがわからなかった。
オーランドからの別れ話は、もっとストレートに切り出されるかと思っていた。
こんな、どこから、修復していいのかわからないような、遠まわしな言い方をするとは思ってもみなかった。
オーランドの話は続いた。
「俺さぁ、指一本だって上がらないってくらい、くたくたになって、はじめて、あんたからの謝罪の電話一本ないってことが気にならなくなったよ。昨日の夜、やっと、そこまで到達して、俺は、疲れちゃって今日は、ショーンのために、電話の一本だってかけることができないけど、心の底から、ショーンの幸せを願ってるからって、ベッドのなかで呪文みたいに呟いて、寝たんだよ」
「…オーリ?」
「わかりにくい?俺さぁ、今回、絶対にショーンから電話貰わなきゃ、許さないって思ってて。でも、ショーン。勿論、電話なんかしてこないじゃん。俺、ショーンのことすっごく愛してるんだけど、もう、気が狂いそうなくらい憎くなっててさ。一日中、鳴らない電話のことばっかり考えてたんだよ」
正直に言えば、この時、ショーンの考えていた事は、「怖い」だった。
別れ話ではなさそうだということは、わかってきて、ほっとした。
だが、これは、これで、ショーンにとって怖い話だった。
「でもさ、どんな状態だって、仕事はあるし、それなら、いっそ、俺が、電話してやらないでいるんだって思うことにして、電話できないくらい、予定を詰めて、仕事だって頑張って。…でも、まだ、つい、電話して、少しだけ、ショーンのこと責めて、口先だけのごめんなって、言葉を聞いて。とか、思っちゃって。何回も、電話しかけたんだけどさぁ」
ショーンは、居心地の悪さに、電話を切りたくなってきていた。
「ついに、昨日、一回だって電話のこと思いつけないくらい、いろんな予定に振り回されて、それで俺ってば、すっごい充実しててさ、やっと、眠る前、ショーン。あんたのこと思い出したんだよ」
「…オーリ…」
「でも、もう、眠いし、疲れてるしで、全く電話する気にもなれなくて、ベッドの中で、願ったわけ、今日の俺は、ショーンのために、何一つしてやることができないけど、でも、幸せを願ってるから。ショーンのこと愛してるからって。そしたらさ、なんか、ショーンの気持ちがわかった気がした。ショーン。俺に、連絡なんてくれないけど、俺のこと思ってくれてるんだろう?ああいう気持ちで、俺のこと愛してくれてるんだろう?」
ショーンは、大慌てで、そうだ。と、繰り返した。
本当は、ただ、面倒くさくて、連絡をしないだけだったが、こういう時に、違うなんて説明をするほど、ショーンも馬鹿ではない。
しばらく、オーランドは、電話口で、黙っていた。
突然、笑い出し、ショーンに向かって、「嘘つき」と、言った。
「愛してるよ。ショーン。でも、俺、あんたが、ただの面倒くさがりだって知ってるんだ」
オーランドは、くすくすと笑っていた。
「勿論、ショーンが俺のこと愛してくれてるのも、信じてる。でも、ちょっと俺とは表現方法が違うんだよね。俺、今回のことで、そのことに気付けてよかったよ」
オーランドは、ショーンに口出しさせない。
「また、電話する。浮気しちゃダメだよ。おやすみ、ショーン」
電話は、一方的に切れた。
ショーンは、切れた電話を眺めながら、オーランドと付き合うようになって、どのくらい経ったかを考えた。
オーランドは、もともと、優しい男だったが、その上、最後にちくりと釘を刺す余裕まで兼ね備えてきた。
末恐ろしい感じだ。
「…面倒くさがりで、悪かったな」
ショーンは、受話器を戻しながら、言った。
「明日まで、この気持ちが続いてたら、夜、電話してやるよ」
しかし、明日の夜は、サッカーの中継があるのだ。
END
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