道の途中 9
ショーンは、じっと、ヴィゴに抱かれていた。
ヴィゴは、その頭を愛しげに撫でていた。
スチールの椅子は、確かに丈夫だろうが、180センチもある大人を2人乗せているのは、きつそうだった。ヴィゴは、ショーンの上にまるで恋人同士のように足を開いて乗り上げていた。
2人はとても親密そうだった。
「ショーン?悩み事があるんなら、聞いてやってもいいぞ?」
ヴィゴは、ショーンの顔を起こし、目隠ししたままの頬を優しく撫でた。
ショーンは、黙ったままだった。
目隠しをした顔は、ショーンの見えているパーツが嫌になるくらい整っていることを曝け出していた。
高い鼻も、薄い唇も、冷たくすら見えた。
その顔をヴィゴは、なんの躊躇いもなく優しく撫でた。
ショーンが何かを言い出すまで、撫でつづけるのだとわかるだけの愛情を持って、柔らかく手を動かし続けた。
ショーンの悩んでいる間に、ヴィゴは、オーランドに向かって、出て行けと手を振った。
ショーンに向けられている愛情に比べると、犬猫を追い払うような素っ気なさだった。
オーランドは、2人から離れて、棒立ちになっていた。
自分が話題の中心のはずなのに、この場で、オーランドは、邪魔者でしかなかった。
いないはずの、オーランドは、床に落ちているCDのケースを踏んで、カタリと音を立てることすらも許されていなかった。
しかし、オーランドは、首を振った。
ショーンが、自分のいないところで、ヴィゴに何を話すのか、聞くまでここを出て行くわけにはいかないと思った。
もし、ショーンが、オーランドと遊ぶことに飽きたのだと言ったら、どんなことになろうとも引き摺って帰るつもりだった。
ヴィゴは、ショーンに気付かれないように、もう一度オーランドに手を振った。
さっきより手首のスナップが利いていた。
ショーンは、ヴィゴの肩に顔を埋めて、まだ、口を開こうとはしなかった。
オーランドは、強く、首を振った。
もう一度、ヴィゴが自分を追い払おうとしたら、自分がいることをショーンに告げるつもりだった。
ヴィゴに、ショーンを取られるわけにはいかなかった。
オーランドは、断固とした顔で、ここにいるんだとヴィゴに主張した。
ヴィゴは、顔を顰めて、オーランドを睨んだ。
その間も、ヴィゴの手は、ショーンの金髪を撫でていた。
「ヴィゴ?」
ショーンは、曖昧になりがちなヴィゴの意識を察知したようだった。
声が不安そうだった。
五感を封じられると、意識が鋭敏になる。
ヴィゴが自分以外のものに、意識を奪われていることに、ショーンは、不安な声をもらした。
ヴィゴは、すぐさま、ショーンに向き直った。
両手で、ショーンの頭を抱き締め、耳元で「なに?」と、囁いた。
「ヴィゴ、そろそろ目隠しを取ってくれ。話をしたくても、こんな格好じゃ、落ち着いて話せないよ」
ショーンは、ヴィゴの肩に頭を擦りつけるようにした。
すこし、目隠しがずれた。
ヴィゴは、それをさり気なく直した。
手際のよさは、オーランドが唖然としたほどだった。
それが、外れることを、まるで、ショーンに気付かせなかった。
ショーンは、何も気付かなかった。
「ショーン、このままで。何も見えないときの方が、話せる事だってあるだろ?」
ヴィゴは、目隠しの上から、ショーンにキスをした。
オーランドは、酷い仕打ちに唇を噛んだ。
ショーンの口元に笑みが浮かんだ。
「ヴィゴ、じゃ、せめて、ロープと、手錠を。それから、ヴィゴも俺の上から退いてくれ。重いよ。足が痺れてきた」
ヴィゴは、がたがたと音を立てて、ショーンの上から退いた。
しかし、ロープも手錠も外さなかった。
代わりに、手近にあった木の椅子を引き寄せ、ショーンの膝を挟むようにして真正面に座った。
「ほら、退いてやった」
ショーンは、ロープの外れることを期待して、じっとしていた。
「ヴィゴ、ロープを外して」
「それは、ダメだ。まだ、悪戯は続行中なんだ」
ヴィゴの声に、笑いが混じった。
「ヴィーゴ」
ショーンは、困ったような顔をした。
ショーンの困った顔を構成するのが、瞳の色だけでなく、すこし上がった口元、それに付随するや柔らかい皺なのだということをオーランドは、初めて気付いた。
ヴィゴは、挟み込んだショーンの膝を撫でた。
「ここの所、俺と遊んでくれなかった罰ってやつだと思ってくれ」
「ヴィーゴ」
ショーンは、もう一度、ヴィゴの名前を呼んだ。とても、リラックスした声だった。
呆れと、笑いと、承諾と、友情と、いろいろのものが、その中にはミックスされていた。
「ショーン、さぁ、おチビちゃんと、何をして遊んでいたのか説明してみな。なんであんたが嫌われてしまったんだと思ったのか、一緒に考えてやるから」
ヴィゴは、ショーンのために、煙草に火をつけ、ショーンの唇に銜えさせた。
自分の分も口に銜え、オーランドを睨んでから、ショーンに続きを促した。
立っているオーランドは、なんで自分が睨まれるのかわからなかった。
ショーンを独り占めしようとしているヴィゴの方が睨まれてしかるべきだった。
「どうした?ショーン。何か言いにくい?」
ヴィゴは、口を開かないショーンに話し掛けた。
煙草を指で持ち、すこし、困った顔をして口を開いた。
「オーリは、悪い奴じゃないだろ?どっちかっていうと、あんたの好きなタイプだ。ショーン、あんた、ああいう楽しそうな奴を見ているのが好きだろう?」
ヴィゴは、また、オーランドを睨んだ。
顔の中心に皺を寄せてオーランドを威嚇していた。
「さぁ、言ってみな。オーランドは、訳もなく人を嫌いになるような、そんな、理不尽な奴じゃない。あんたが、自分が嫌われてしまったと思うだけの理由があるはずなんだ」
オーランドは、ヴィゴが睨む理由がわかった。ヴィゴは、目の前にいるオーランドに誉めているのを聞かれるのが、恥かしいのだ。
ヴィゴの顔が、すこしだけ赤くなっているのがわかった。
オーランドは、どうすればいいのかわからなかった。
手を握ったり、開いたりした。
そんなことをしてもしょうがなかった。
でも、せずには、いられなかった。
オーランドは、ヴィゴがショーンを攫っていってしまうのではないかと、ここを一歩も離れない気だったというのに、ヴィゴは、そんなことをしようとしているのではなかった。
純粋に、ショーンのことを心配していた。
ショーンを撫でる手も、抱き締める腕も、キスする唇も、何も心配する必要はなかった。
それが、わかって、オーランドは、居たたまれなくなった。
さっき、ヴィゴがオーランドをいないと嘘をついたのも、きっと、ショーンとオーランドの関係をこじれさせないための嘘なのだ。
オーランドは、この場の自分をどうしようかと対処に悩んだ。
トレーラーの中が、とたんに、とんでもなく狭い空間に感じた。
少なくとも、オーランドの居場所がないのは、わかった。
このところ、悪戯をして、いい目を見たことがない。
ヴィゴの悪戯に乗ったオーランドは、また悪い籤を引いたのだ。
でも、こうなるとわかっていても、ヴィゴは、オーランドを悪戯に誘っただろう。
ヴィゴには、このトレーラーの見張りがどうしても必要だった。
最悪なことに、ヴィゴは悪戯のためなら、大方のことに目を瞑る。
このくらいの事態は面白がっていても不思議ではない。
「ショーン?」
ヴィゴは、答えないショーンに首をかしげるようにして尋ねた。
ショーンは、口から煙を吐き出した。
煙草を銜えたまま、背もたれにもたれかかって、首を反らした。
スチールの椅子がキシリと音を立てた。
そんな場合じゃないのに、オーランドは、そのシーンに目を奪われた。
ショーンが、とてもセクシーだとオーランドは見つめた。
目隠し。ロープ。手錠。唇には、煙草。……反らされた首。
まるで映画の1シーンのように、胸をうつ美しさがそこにあった。
オーランドは、食い入るようにショーンを見つめた。
ヴィゴに感じていた居たたまれなさは、そのシーンの美しさに、頭から消え去った。
「なぁ、ヴィゴ。俺って、どっか、おかしいんだ」
ショーンは、首をそらして、見えない目で天上をむいたままポツリと漏らした。
煙草の灰が長くなっていて、ヴィゴは立ち上がると、ショーンの煙草を自分の物と取り替えた。
ショーンは、ヴィゴが吸っていた煙草をそのまま吸った。
馬鹿みたいにオーランドは、焼きもちを焼いた。
2人のさり気なさに、足を踏み鳴らしたい気分だった。
もう、この場で黙っているのが嫌になった。
さっきまで、感じていたヴィゴに対する感謝も、吹き飛んでいた。
2人に向かって近付こうとした。
ヴィゴがその気配に素早く気付いて、オーランドを止めた。
きつい視線で、オーランドの足止めをした。
オーランドは、一歩踏み出した間抜けな格好で、その場で踏み止まった。
床に雪崩をうっている、雑誌の山が、オーランドを余計に足止めした。下手に動くと、音を立てそうだった。
「ヴィゴ?」
「うん?ショーン。大丈夫、すぐ側にいるよ」
ヴィゴは、ショーンの肩を撫でた。
安心させるように、何度も撫でた。ショーンは、長い煙を吐き出した。
ヴィゴは、まだ、肩を撫でていた。
ショーンの表情は、その手が動くたびに、緩んでいった。
ヴィゴは、撫でる手をそのままに、口を開いた。
「ショーンの性格に問題があるか?ってことなら、まぁ、問題あるだろうな。誰だって、問題を抱えている。絶対に問題のない性格なんて人物がいたら、その方が異常だ」
ショーンは、ヴィゴの言い分を笑った。
「そういう御託が聞きたいわけじゃないよ。いいさ、俺に問題があるってのは、それでいい。そんなことで悩んでるわけじゃないんだ。…ああ…なんというか…ちょっと、言うのが恥かしいけど」
ヴィゴは、続きを促すように、ショーンには見えないというのに、柔らかい顔をして目をすこし大きく開けた。
ショーンは、縛られた肩を竦めるようにした。
「オーリとのことなんだけど…」
オーランドは、ショーンが言い出そうとすることに、かなりビックリした。
ショーンは、ヴィゴにオーランドとの関係を話そうとしていた。
ショーンと、ヴィゴが仲のいいのは、嫌になるくらいわかっていた。でも、ショーンが、セクシャリティーの問題まで、ヴィゴに相談できるほど、2人が別ち難い存在なのだとは、思っていなかった。
先ほどの、ヴィゴのことをオーランドだと間違えて、わめいていた時とは、状況が違う。
ばれると、ばらすは、完全に別物だ。
オーランドは、息を呑んだ。
ショーンが、どれ程、ヴィゴを近く思っているのかと、胸が焼け付くような思いがした。
その関係は、ベッドで寄り添って寝るよりも、ずっと近いとオーランドは感じた。
ヴィゴは、ショーンが話し出すのをじっと待っていた。
「…オーリに、多分、近々嫌われそうなんだ。そう、このところ、ヴィゴと遊んでいる暇もないほど、一緒にいるんだけどな。多分、あいつ…俺のことで、随分、我慢してる」
ショーンは、言いよどみながらも、ヴィゴに言葉で懸命に説明しようとしていた。
「そう…俺が、我慢させてるんだ。あれで、一緒にいて楽しいのかどうか、俺にはわからない。…多分、もうすぐ、我慢なんてしていられなくなる」
「我慢しでも、ショーンと一緒に遊びたいって思ってるんだろ?いいじゃないか。我慢させとけよ」
ヴィゴは、さらりとショーンのことを肯定した。
「…あー、こんなこというのは、本当に恥かしいんだが…俺が、オーリに…嫌われたくないんだ」
ヴィゴは、立ち上がり、短くなったショーンの煙草を口から取り上げた。
灰皿で消した。
そのついでに、オーランドを振り返り、なんとも不思議な顔をして顔を顰めた。
オーランドがその表情を理解しようとすると、嫉妬?もしくは、正反対にやるじゃないかというような称えるような表情だった。
ヴィゴの顔は表情が繊細すぎて、ときどき、読み取るのが難しい。
「随分、オーランドが気に入ったんだな」
ヴィゴは、ショーンの頭を撫でた。
「どうして?たしかにああいう陽気なタイプは好きだと思っていたけど、そんなに側におきたくなるほどだとは思わなかった」
「ヴィゴだって、お気に入りだろ?随分可愛がってるじゃないか」
「まぁな。確かに、気に入ってるかな?でも、親友より優先させるほどじゃないつもりだけど?」
ショーンは、鼻の頭に皺を寄せる照れ笑いを浮かべた。
「親友、親友って、言われると恥かしいな。顔が見えなくて本当に良かった」
「こら。親友だろ?この間、本にもそう書いてくれたじゃないか。それとも、あれは、サービス?」
ショーンは、首を振った。
「嘘じゃない。ヴィゴは、大事な親友だよ。こんな悪戯をさせてしまうほど、淋しい思いをさせてるとは、思わなかった」
ヴィゴは、ショーンの後ろに回り、ショーンのことを抱き締めた。
2人は、オーランドが見て、不自然なほどスキンシップが多かった。これは、オーランドが嫉妬深いとかそういう問題でなく、事実、そうだった。
ヴィゴは、ショーンを抱き締め、ゆっくりと身体を左右に揺すった。
「なぁ、ショーン、オーリと一緒にいるのは、そんなに楽しい?」
「楽しい…そうだな。ああ、楽しいよ。なんにでも一生懸命で、見ていると、飽きない。それに、いつも感情的で、ああいうのは、好きなんだ」
オーランドは、初めて、ショーンの口から具体的に、自分を好きだという理由を聞くことができた。
顔がにやけた。
ヴィゴは、口を曲げて、ショーンとオーランドを見比べた。
オーランドの顔をとくにしげしげと見た。
「俺は、大型犬の子犬みたいで、不恰好な奴だと思うんだけどな」
ヴィゴは、すかさず、オーランドを貶めた。
ショーンは、体を反り返るようにして、後ろから抱き締めるヴィゴにもたれかかった。
ショーンの頬がヴィゴの肩を擦った。
「ああ、そう。さすがに、ヴィゴはすごいな。そんな感じだ。オーリって、絶対に大きくなりそうな面構えをしてるのに、子犬の顔をして擦り寄ってくるんだ。すごく、可愛い」
ますますヴィゴの口が曲がった。
眉が片方釣りあがった。
「ショーン…聞いてると、どうも、ショーンがオーランドに片思いでもしてるように聞こえるんだが」
ヴィゴは憮然とした顔のまま、抱き締めたショーンに聞いた。
オーランドにも、尋ねるような視線を向けた。
オーランドは、ビックリした。
今日、何度目の驚きだか、もう、わけがわからなかった。
ヴィゴは、まだ、ショーンとオーランドの関係に気付いていなかった。
おかしいくらいは、思っているのかもしれないが、予想よりはるかに、ヴィゴのセクシャリティーはノーマルで、清潔だった。
過剰なスキンシップは天然なのかと、オーランドは、呆れた。
ヴィゴは、ショーンの前に回って、表情を覗き込むように顔を見た。
ショーンが、ヴィゴの反応をどう思っているのか、オーランドにはちょっとわかりかねた。
ショーンの顔は、やはり目を中心に表情が出来上がっているようだった。
その部分を隠されてしまうと、微妙な違いがわかりにくい。
困っているということだけは、わかった。
その困っている理由が、オーランドには、わからなかった。
ヴィゴにオーランドとの関係を打ち明けたつもりなのに、伝わらなくて困っているなのか。
それとも、黙ったまま、悩みだけを打ち明けようとしたのに、ヴィゴに見破られて困っているなのか。
オーランドは、絶対に、ショーンが自分との関係をヴィゴに打ち明けるつもりなのだと思ったのだが、ヴィゴがああいう反応を返したということは、部外者が聞いている限り、ショーンの話は、友情のこじれについて相談しているようにしか聞こえないのだろうか?
「ショーン、質問を変えよう。今度の週末、俺と一緒に過ごさないか?」
ヴィゴは、唐突に話を変えた。
口篭もってしまったショーンの顎を持ち上げ、尋ねた。
顔が物凄く近かった。
そうする必要がなかった。
親友だというなら、絶対に必要な距離ではなかった。
こんなことばかりするから、オーランドは、ヴィゴにやきもきさせられるのだ。
ショーンは、ほんとに間近に迫っている顔に気付かないように、顔を近づけようとした。
あと5センチも近付いたら、二人はぶつかっていた。
ショーンは、頷いた。
ショーンの顔がヴィゴの肩に当たった。
確かに、オーランドは明確に週末の約束を取り付けたりはしていなかった。
しかし、恋人同士なら、約束がなくても週末を一緒にすごしてもいいはずだ。
「ショーン、オーリは、俺を退けて、親友の一番に立ちそうか?」
続けてヴィゴは、ショーンに質問した。
ショーンの返事はすぐに返った。
「それは…絶対に、ない。親友は、ヴィゴだ」
ヴィゴは、めちゃくちゃ嬉しそうに笑った。
オーランドにウインクをした。
ヴィゴは、またショーンの膝に乗り上げた。
ショーンの唇が笑いの形につりあがった。
「重いって言ってるだろ?」
どうして、この2人は、こんなに親密なのだ。
オーランドは、当初の悩みを忘れ、目の前で行われるいちゃいちゃに、眉を顰めた。
ヴィゴは、ショーンの膝の上で、金の頭を抱きこみ、チュッ、チュッと、髪にキスをすると、オーランドの方に顔の向きを固定させた。
オーランドは、それを見ていた。
そして、ヴィゴは勢い良く、ショーンの目隠しをとった。
「残念だったな。今の告白を聞いたか?エルフボーイ?ショーンは、お前も可愛いそうだが、親友は、俺だってさ。」
オーランドは、唖然とした。
ヴィゴは、盛大ににやにやと笑った。
悪戯の最後のオチが現れた。
もしかしなくても、これはオーランドに対するいじめだ。
今まで、この2週間、ショーンの週末を独占したオーランドに対する報復なのだ。
ショーンの緑の目が、現れた。
慌ただしく瞬きした。
最初に、自分を目隠ししていたヘアバンドを見た。それから、床に落ちたハンカチを見た。
ヴィゴをみた。
そして、オーランドを見た。
オーランドを見た目が、怒りに燃えていた。
「どういう悪戯だ!!これは!!」
ショーンは、ヴィゴを乗せたまま、椅子から立ち上がった。
スチールの椅子が後ろに倒れた。
ガシャーンという大きな音を立てた。
ヴィゴは、ショーンから振り落とされる前に、素早く立ち上がった。
ショーンは、手錠をかちゃかちゃと言わせながら、オーランドに近付いた。
足音は、ドスドスとまるでオークだった。
そうなのだ。ショーンの足は、最初から、拘束されていなくて、ショーンが動き回らなかったのは、彼自身の意思によるものだった。
CDケースを蹴り飛ばした。
雑誌の山は踏み越えた。
ショーンは、オーランドの目の前に、立ち止まった。
手が拘束されていなければ、間違いなく殴り飛ばされていた。
目が、物凄く恐かった。つりあがっていた。
容赦なく蹴飛ばされた。
「やっぱり、最初からいたんだな!ヴィゴと共謀してやがったんだな。楽しかったか?畜生!!ああ、俺は、何を言って!ああ、もう、本当に、何をしゃべったんだ!ずっと聞いてたんだな!!楽しかったか?楽しかったよな!!ああ、もう!!」
床を踏み鳴らし、オーランドの足を、何度も踏んだ。
オーランドの身体に体当たりし、オーランドはよろけて、後ろの壁にぶつかった。
トレーラーの壁は、オーランドとショーンに体当たりされて、左右に揺れた。
「ああ!!もう!!本当に!!!」
もう、後ろに下がることのできないオーランドの胸に、ショーンは何度も頭をぶつけた。
ヴィゴは、茫然とした顔で、その様子を見ていた。
ショーンから、素早く下りたところまでは格好よかったが、その後のショーンの勢いに飲まれて、中腰のまま、表情を無くした顔で、ショーンとオーランドを眺めていた。
ショーンの攻撃は止まらなかった。
オーランドを蹴り上げ、失敗して、トレーラーの壁も蹴っていた。
ガンガンという音があたりに響いた。
壁にかけてあったカレンダーが、バサバサと音をたてて揺れた。
「ショーン、落ち着いて」
地団駄を踏んで暴れるショーンを、オーランドは抱き締めようとした。
勿論、一度では敵わなかった。
ショーンは、ますます暴れた。
オーランドの足を遠慮なく踏み、息が詰まるほど激しく胸に頭を打ち付けた。
「ほんとに!!本当に!!なんで、こんな!!ああ、もう、くそっ!」
オーランドの足を蹴り飛ばした。
「痛いって、ショーン。ごめん。ごめん。謝るから。ごめん。ごめん。痛い。ごめん」
いくら謝っても、ショーンは、顔を赤くしたまま、オーランドのことを蹴り上げた。
オーランドは、壁際に追い詰められたまま、何度か、そこで跳ねた。
「ごめん。ごめん」
オーランドは、肩を振って嫌がるショーンを腕の中に抱き込んだ。
ロープで縛られているから、出来た作業だった。
ショーンは、まだ、抵抗した。
オーランドの足を踏んだ。
踏みにじる勢いで、力をいれて踵で踏んだ。
「畜生…お前……本当に…」
「ショーン!!」
オーランドは、必死でショーンの背中を撫でた。
ショーンは、まだ、オーランドに頭突きを食らわそうとしていた。
ショーンは息を荒くして、まだ、ぶつぶつと同じ文句を繰り返していた。
それは、酷いだとか、信じられないだとか、俺は馬鹿だ。なんかの繰り返しだった。
オーランドは、壁にもたれかかったまま、ショーンのことをしっかりと抱き締めていた。
額には汗が浮かんでいた。
ショーンの額にも、汗の玉が吹き出ていた。
ヴィゴは、椅子に腰掛けて、事態が収まるのを待っていた。
コップに残っていた紅茶を飲み、とても優雅な姿だった。
足を組んでいた。膝の上には、雑誌が広げられていた。
疲れ果て、大人しくなったショーンとオーランドを上目遣いで見て、にやりと笑った。
「…痴話喧嘩?」
すこし首をかしげて、くりくりと目を動かした。
どこまで、ヴィゴが本気なのか、オーランドには、さっぱりわからなかった。
「ヴィゴ!!」
ショーンは、やっとヴィゴの存在を思い出したように、今度は、ヴィゴに向かっていった。
元気なことだと、オーランドは、ちょっと呆れた。
ショーンは、まだ、ロープと手錠の姿のまま、ヴィゴに向かって、突っ込んでいった。
とうとう、床のガラクタにショーンは脚を取られて、ヴィゴに向かって倒れこんだ。
ヴィゴは、椅子に座ったまま、両手を広げて、ショーンを抱きとめた。
「どう?楽しかった?」
ヴィゴは、ショーンの耳元で囁いた。
「楽しかっただと!!」
ショーンは、真っ赤になって、ヴィゴを睨んだ。
「こんな仕掛けになるとは、俺も予想してなかったけどな。まぁ、いいじゃないか」
ヴィゴは、そこで、ウインクした。
「あんたみたいに不器用な奴は、ちゃんと相手に好意を伝えられない。こんなチャンスが巡ってきたことを俺に感謝すべきだ。そして、そんなあんたからでも、ちゃんと好意を感じ取っている俺と出会えたことに、あんたは神様にでも感謝するべきなんだ」
ヴィゴは、ショーンのこめかみにキスをした。
さすがに噛み付いてきそうな口の付近にはキスするだけの勇気がないようだった。
目だって、充分噛み付きそうなほど、ショーンは凶暴になっていた。
ショーンは、乗り上げたヴィゴの膝の上で暴れた。
ヴィゴはそれを軽くいなした。
さすがに、鍛え方が違うと思わせた。
ポケットから鍵をとりだすと、オーランドに投げて寄越した。
「後は、なんとかしてくれ。俺は、そろそろ飯を食いに行くよ。くれぐれも仲良くしろよ。お互いからだが資本なんだ。怪我をしたら、大変だからな」
ヴィゴは、椅子にショーンを座らせ、自分は立ち上がると、するりとオーランドとすれ違った。
ドアを開けて出て行った。
緑の目が、恐ろしい冷たさで、オーランドを睨んでいた。
ショーンのことは大好きだったが、オーランドも、この場から、立ち去りたかった。