道の途中 8
ショーンは、オーランドの肩をゆるく押した。
オーランドは、濡れた感触の腰をショーンから離したくなくて、腰骨に食い込ませた指の力を強くしたが、ショーンは、困ったような顔で笑うと、オーランドの頬に可愛げのあるキスをして、もう一度オーランドの肩に手をかけた。
「オーリ、もう少し、気持ちよくしてやるから、すこし、身体を離せ」
オーランドは、ショーンを見下ろした。
「今だって、気持ちいいよ」
身体の間に挟み込んだペニスを擦り合わせて、一度射精した。
濡れたものをゆるく擦り合わせているのは、ぼんやりとした快感をオーランドに与えていた。
「いいから。もう少し、サービスしてやるよ」
ショーンは、オーランドの腕の下から抜け出すと、するするとベッドの上を移動していった。
オーランドのぬるぬると汚れているペニスの真下にくると、口を開いて、そのまま銜え込んでしまった。
「ショーン?」
オーランドは、思わず腰を引いた。
オーランドの腰に、ショーンの指が食い込んでオーランドを押し留めた。
「ショーン、だめだって。それは、ちょっといくらなんでも」
出してしまった精液を舌で舐めとられるのは、さすがのオーランドにも抵抗があった。
しかも相手はショーンだ。
ショーンは、オーランドの戸惑いを気にもせず、オーランドのペニスを舐め、濡れているヘアーについた精液まで舐め取った。
すこし、くすぐったかった。
「ショーン…」
ショーンは、オーランドの腰を捕らえたまま、下腹や、臍に唇を押し付けた。
とてもゆっくりと、オーランドの快感を煽っていった。
オーランドは、ショーンを押しつぶさないように、ベッドの上で四つん這いになり、足を開いてショーンの身体を挟み込んだ。
ショーンは、何度も音を立ててオーランドのペニスにキスをした。
緩やかで、おだやかな快感だった。
「さすがに、若いな」
ショーンは、大きくなるオーランドのペニスを口に含んで、口の中で締め付けた。
腰を抱き込むようにして、喉の奥まで飲み込んだ。
オーランドは、自分の下で頭を振る、ショーンの金髪を覗き込んだ。
口の中に消えてくペニスに、くらりとくる酩酊感を覚えた。
ショーンは、音を立てて唇を使い、オーランドを急きたてた。
ショーンは、自分を悪いなどと思っていない。
これが、自分の機嫌をとるための、サービスだということが、オーランドには、嫌になるくらいわかっていた。
けれど、疲れて帰ってきて、オーランドに怒りをぶつけられて、それでも、こうやって肌を合わせてくれるのが、嬉しかった。
オーランドは、ショーンの頭を撫でた。
ショーンの目は閉じられていて、髪は、シーツを擦っていたが、先ほど人形のようだったのとは、まるで違っていた。
オーランドに向かって意識を開いてくれていた。
たとえ、オーランドが何故怒っていたのか、理解していなかったとしても。
それでも、言葉の通じる相手といられるのは、嬉しかった。
オーランドは、押さえきれない声を喉からもらした。
ショーンは、より熱心にオーランドのペニスに吸い付いた。
昨日のセックスが、ショーンにダメージを与えていて、それでも、オーランドを信用して、一緒のベッドにいてくれるのが、オーランドは、嬉しかった。
オーランドは、やはり、ショーンに抵抗できなかった。
ショーンが、オーランドの精液を音を立てて飲み込んだ。
オーランドは、ショーンをきつく抱き締めて呆れられるまで、キスを繰り返した。
「ショーン、もうそろそろ起きた方がいい」
オーランドは、シーツに潜り込もうとするショーンの肩を揺さぶって、両方の頬にキスをした。
ショーンは、ゆっくりと目を開けて、しばらくオーランドの顔を眺めていた。
オーランドがここにいることに対して、違和感を覚えているような顔だった。
「おはよう。勝手にキッチンを使わせてもらった。って、言っても、フレークにミルクを入れただけだけど。用意しといたから、食べたら、撮影に行こう」
ショーンは、自分の髪をかき回し、大きく伸び上がると、ぼんやりとした顔のままベッドから降りた。
短パンの太腿には、オーランドがつけたキスマークが残っていた。
「大丈夫?ショーンは、もう少し、遅く出てもいいんだろ?もう少し、寝て、自分で出かける?」
「いや、いい。一緒に行く」
ショーンは、オーランドの肩にもたれかかり、小さくあくびをした。
まだ、部屋の外は薄暗かった。
オーランドは、ショーンの額に自分の額を重ね合わせた。
「ごめんね。昨日は、言い過ぎた。ショーン、本当にごめんね」
オーランドは、ショーンの目を覗き込んだ。
眠そうなグリーンの目は、オーランドが謝るのを不思議そうに見ていた。
オーランドは、その目をじっと見詰め返した。
オーランドは、自分が謝る必要をあまり感じていなかった。でも、どちらかが折れなければ、この話は、うやむやになり、決着がつかないまま終わってしまうとわかっていた。
ショーンが謝るはずはなかった。
ショーンは、オーランドを優先させないことを、悪いとは思っていない。
多分、考え方が違うのだ。
ショーンが考えていると事いったら、昨日のセックスで、オーランドの機嫌が直ってよかったということくらいだろう。
オーランドは、自分のために、謝罪の言葉を口にした。
この問題を気にしつづけないために、自分が謝るという形で終わったことにしたかった。
拘りすぎて、ショーンと気まずくなりたくなかった。
ショーンは、嫉妬深いのは、苦手だと言った。
わからなくもない。
おまけに、怒りをぶつけたオーランドを受け止めもせず、流しつづけるだけの、態度。
あれには、年季を感じた。
あの言葉は、本音だろう。
オーランドは、嫌われたくなかった。
ショーンは、オーランドの目をのぞきこんだまま、首を傾げた。
オーランドは、ショーンの頬にキスをして、もう一度、額を合わせた。
「ごめんね。許してくれる?」
ショーンは、あいまいに頷いた。
オーランドが何を考えているのか、わからなくて、すこし戸惑っているようだった。
オーランドは、床に落ちているショーンの服を拾って、部屋を出て行った。
寝室をでると、やはりこの家は、暑かった。
まだ、外が暗いというのに、もう、気温が上がってきている。
「ショーン、先にキッチンに行ってて、この服を洗濯機に放り込んだらすぐ行くから」
ショーンは、ぼんやりとした顔のまま、オーランドの背中を見送り、キッチンに向かった。
今日の撮影は、ショーンとは、別だった。
一方的にケンカを吹っかけた日から、1週間がたっていた。
昨日の週末も、ショーンは、オーランドのために、時間を割いてくれた。
ショーンとオーランドは、特になにもしない週末を過ごした。
オーランドは、満たされた気分と、苛立ちとを同時に味わっていた。
ショーンは、オーランドと2人きりの時は、オーランドを大事にしてくれた。
それこそ、オーランドを膝の上に抱いて、一緒にテレビを見る事だってしてくれた。
ただし、そこに他人が入り込むと、途端に優先されるのは、その人物になった。
オーランドとの関係を隠したいからではない。
多分、ショーンの根本的な性格の問題なのだ。
自分のものになったと、思ったものは後回しにする。
深い愛情を持っているのに、相手を放置する。
ショーンは、愛情を疑うことがなく、そこにあると信じているから、わざわざ求めるような真似をしなかった。
オーランドを束縛しようとしなかった。
そして、自分が束縛されなければならないとは、思っていないようだった。
オーランドは、セットが用意されるのを待ちながら、小さくため息をついた。
フィルムのなかでは、天にまで届くほど、大きく見える木は、実際には、途中でぶった切られていた。
それがクレーンによって、位置を変えられており、辺りには、埃が舞い上がっていた。
隣に座っていたヴィゴが、オーランドのため息を聞きつけた。
「どうした?なにか悩み事?」
ヴィゴは、嬉しそうな顔をして、オーランドを覗き込んだ。
ヴィゴは、すっかり馴染んだ野伏の格好で椅子に腰掛けており、それ以外の服装を見かけることのほうが、近頃では、珍しかった。
ヴィゴの存在も、オーランドの悩みの一つだった。
ヴィゴとショーンの濃すぎる友情は、オーランドを疲れさせていた。
「別に」
オーランドは、膝に広げた雑誌を見入る振りでヴィゴを無視しようとした。
ヴィゴは、それを許さなかった。
「不景気な面をしてるじゃないか。どうだ?もっとおもしろいことをしたくならないか?」
「今度は、どんな悪戯を思いついたってのさ?」
オーランドがヴィゴの椅子に巻いた黄色いテープは、二日前、メイク用のトレーラーのドアをくるぐる巻きにしていた。
耳をつけるため、ヴィゴやショーンより早く撮影所を訪れるオーランドは、ドアの前で笑い転げるメイクスタッフの笑いが収まるのを待たなければならなかった。
オーランドが眠い目を擦りながら待っていたというのに、スタッフは、事の発端が、オーランドがヴィゴの椅子に悪戯を仕掛けたせいだということを、急に思い出したらしく、笑いが納まると、オーランドに向かって注意を与えた。
見当違いも甚だしい注意だった。
オーランドは、テープの撤去を求められた。
オーランドがくってかかると、メイクのついでに、本物の耳の方を引っ張られた。
彼女は、ヴィゴのファンだった。
だから、そんな面白いテープを発見したオーランドが悪いということらしい。
オーランドは、諦めた。
ここのスタッフの大半が、ヴィゴのファンだ。
逆らうと、ろくな目にあわない。
オーランドは、メイク完了後に、トレーラーに貼り付いた残りのテープをべりべりとはずした。
ヴィゴは、心のそこから楽しそうに、オーランドの顔を覗き込んだ。
「結構おもしろいのを思いついたんだ。一緒に仕掛ける気がある?」
オーランドは、魅力的なその顔に、しぶしぶ自分の顔にも笑みを浮かべた。
「あんまり悪質なのじゃなけりゃね」
「悪質じゃなければ?悪戯が、悪質じゃなければ、そんなのおもしろくもなんともないじゃないか!」
ヴィゴは、いっそ清清しく宣言した。
オーランドは、ヴィゴを見つめた。
「すごい…俺も、そんな人生哲学を持って生きてきたいよ」
ヴィゴは、オーランドを優しいと表現するには透明すぎる不思議な目をして、じっと見つめた。
ヴィゴの魅力は、全身にちりばめられているが、この目が一番性質の悪い部分だとオーランドは思っていた。
色を特定するのが難しい目は、じっと見詰められると、居心地が悪くなるほど、深い思慮を秘めていた。
その目で、じっと人を見詰める癖を持っているなんていうのは、周りにいる人間を全部自分の虜にしようと思っているとしか考えられない。
事実、オーランドも、一発でやられた。
「どうした?元気がないようだけど」
オーランドは、膝に肘をついて、両手で顎を支えた。
「元気だよ」
「そうだよな。昨日も、ショーンを独り占めだ」
ヴィゴは、オーランドに向かって、椅子を移動させた。
がたがたを音をさせて、オーランドに膝を寄せた。
「オーリ、何を不景気な面してるんだ?そういう顔は俺のほうにこそ相応しいぞ。俺は、昨日も、ショーンに振られて、一人で週末を過ごしたんだ」
「電話してきただろ?2時間?それ以上だったっけ?おかげで、ビデオが一本観られたよ」
オーランドは、椅子を引いて、ヴィゴとの間に距離を開けた。
ヴィゴは、身体を乗り出して、オーランドとの距離を縮めた。
「なんで、近頃、お前ばっかりが、ショーンの家に遊びに行ってるんだ?ショーンが俺まで来るなって言うから、遠慮してるんだぞ。これでも」
「ふーん。でも、王様は、写真も、絵も、釣りもだっけ?やることが、一杯で、忙しいんだろ?」
オーランドは、間近に迫る王様の顔に、せいぜい冷たく言い放った。
ヴィゴは、すこし首を傾げ、見ているものを引き込むような自然な不思議そうな顔をした。
「前、俺の家に遊びに来たいって言ったのを断ったから、今ごろ仕返ししてるのか?オーリ?」
オーランドは、額に皺を寄せ、唇を尖らせた。
「思い上がりも甚だしいって言ってもいい?確かに、あんたに断られたときは、ショックだったけど、それとこれとは、関係ない。俺も暇だからって理由でショーンの家に遊びに行ってるわけじゃないんだ」
「じゃ、何で行ってるんだ?ショーンは、お前が楽しむような遊びはしないだろ?どっちかっていうと、休日は、家でのんびり過ごす方だ。だから、今まで、俺と一緒に過ごしててなんの不都合もなかった」
ふーん。
オーランドは、不機嫌に、返事を返して、ヴィゴの顔から視線を反らした。
のろけを聞かされているようで、胃がむかついた。
「2人で何をしてるんだ?昨日、ショーンと何をしてたんだ?」
ヴィゴは、本当に不思議そうな顔をして、オーランドを見ていた。
そんなにも、詰問される覚えがオーランドには、なかった。
どちらかというと、撮影中、どんな内緒話をしているんだと、オーランドが、ヴィゴに詰め寄りたかった。
ヴィゴは、子供のような無邪気さと残酷さで、オーランドを切り裂こうとしていた。
「ショーンは、お前の相手で満足してる?俺のこと恋しがってなかったか?」
オーランドは、思わず席を立った。
椅子が、床と擦れて大きな音を立てた。
ヴィゴがびっくりしたような顔で、オーランドを見上げた。
その目の罪のなさに、オーランドは、自分の行動が恥かしくなった。
目は、透明な色をしていた。
オーランドが、いつかは手に入れたいと思っている何もかもが美しく写る目だ。
慌てて、腰を下ろし、もどかしく謝罪した。
「ごめん。あ…あ…その、ちょっと気が立ってて、ヴィゴは悪くないんだ」
オーランドは、事情の説明もなしに、ヴィゴに納得のいく謝罪が思い浮かばす、動揺した。
ヴィゴは、オーランドの膝を撫でた。
オーランドの顔に掛かっていた金色の鬘を、後ろへと払った。
「俺は、気に障ることを言った?ショーンとケンカでもした?」
ヴィゴは、オーランドの頭の後ろに手を回し、気遣うように、額を寄せた。
オーランドは、ぴったりとくっついた額の温度に、安心した。
「ショーンは、優しい奴だけど、ちょっと…なんていうのか、人の気持ちに鈍いところもあるから」
ヴィゴは、年下の共演者を気持ちよく甘やかした。
「オーリは、いい奴だよ。すこし、やかましいけどな。ショーンが遊んでくれないってってんなら、今度は、俺と遊ぼうぜ」
オーランドが苦笑すると、ヴィゴは、自分のことのように嬉しそうな顔をして、悪戯の段取りを話し始めた。
オーランドは、薄暗くなったトレーラーの脇で、見張りに立たされていた。
なんと、悪戯の標的は、ショーンだった。
ヴィゴは、意地の悪い楽しそうな顔で笑うと、オーランドに段取りを説明した。
「ショーンのスケジュールから言って、夕方、トレーラーで休憩してるはずなんだ。そこを襲って、苛め抜く」
いつも持っている大きな袋から、オモチャの手錠と、ロープ。それから、目隠し用らしい幅の広いヘアバンドを取り出した。
「昼寝でもしてるだろうから、これで、拘束して、心底びびらしてやろうぜ?」
ついでに、ヴィゴは、声の変わるガスまで用意していた。
悪戯にここまで一生懸命になれるのが、ヴィゴの、ヴィゴたるゆえんだった。
オーランドは、すこし、ショーンが気の毒になったが、ヴィゴを止めるだけの情熱は湧いてこなかった。
ショーンに感じていた苛立ちが、ヴィゴを手伝う気持ちを後押しした。
正面を切って、ショーンと対立したいわけではなかったが、ショーンに、オーランドが不安を抱いていることに、気付いて欲しかった。
オーランドは、時々スタッフが通りかかるトレーラーの傍らに立ち、誰も中に立ち入らせないよう、ヴィゴのいいつけを守った。
ヴィゴが、トレーラーに入り込んで、2分ほど経過していた。
トレーラーは、その間中、ごとごとを揺れていた。
ショーンの怒鳴り声も聞こえた。
不信な顔をするスタッフになんでもないと、オーランドは笑って見せた。
どう考えても、トレーラーは不自然だったが、いつもの悪戯だろうと、スタッフは苦笑しながら通り過ぎた。
ドアを開けて、ヴィゴがオーランドを手招きした。
オーランドは、トレーラーに入り込み、ドアに鍵をかけた。
そこに入って、目を見張った。
ショーンは、スチールの椅子に座ったまま、後ろ手に、オモチャの手錠をかけられ、胸の辺りをロープでぐるぐる巻きにされていた。
目には、黒いヘアーパンドがされ、ご丁寧にも、その下には、ハンカチがかませてあった。
ショーンは、しきりに頭を振って暴れていたが、伸び縮みするように作られたそれは、決してショーンの顔から離れようとはしなかった。
「誰だ!こんな悪戯をするのは、誰なんだ!!」
ショーンは、オモチャの手錠をカチャカチャといわせた。
床を踏み鳴らし、怒鳴り散らした。
「いい加減にしろ!今なら許してやる。誰だ?こんなばかげたことを思いついたのは、誰なんだ!」
ヴィゴは、しきりに笑いを押さえていた。
肩が震えて、指の背を噛んでいた。
オーランドは、悪質すぎる悪戯の出来栄えに、すこしばかり茫然とした。
悪戯という範疇を越えていないか?と、まで思った。
ショーンは、最初の怒りを通り越すと、次第に、落ち着かなくなった。
そわそわと膝を震わせ、しきりに辺りをうかがうようになった。
「なぁ、誰だ?もう、悪戯なら止めろよ。俺は、充分驚いた。もう、これを外してくれ。もう、やめようじゃないか。ヴィゴだろう?そうなんだろう?じゃなきゃ、リジィ?ショーン?ドム?ビリー?オーリ?」
舌が、唇を舐めた。
ヴィゴは、ガスのスプレーを取り出した。
「アリスちゃん。気分はどうだい?」
ヴィゴの声は子供番組のキャラクターのようになった。
先週ショーンからもらったアリスの絵本にまだ、こだわっているようだった。
「誰?」
声の変わったヴィゴに、ショーンは、余計に不安をそそられたようだった。
「誰だ?もう、止めろよ」
「アリスちゃん、お茶はどうだい?」
ヴィゴは、ふざけて、机に残っていた紙コップの紅茶をショーンの唇に近づけた。
ショーンは、大きく顔を振ってそれを避けた。
紅茶は零れて、床を濡らした。
「アリス、帽子屋のお茶会には参加してくれないのかい?」
ヴィゴは、紙コップを雑誌や、菓子が散乱する机に戻し、ショーンに向かって声をかけた。
「オーリ?オーリなのか?こんな悪戯は、止めろ。こんなのはフェアじゃないだろう?」
ショーンは、アリスという名称に反応して、オーランドの名前を連発した。
オーランドは、慌ててショーンの口を塞ぐ必要があった。
ショーンに告白したときのきっかけに、アリスがあったせいで、ベッドでふざけてオーランドは、ショーンをアリスちゃんと呼ぶことがあった。
気持ちよく抱き合って、そのあとにいちゃいちゃとキスしあったりしている時だ。
ショーンは、嫌がったが、嫌がる顔が見たくて、オーランドは、結構しつこくショーンのことをそう呼んだ。
だから、ショーンは、アリスと自分を呼ぶ、ヴィゴをオーランドと誤解した。
たしかに、ショーン相手に、アリスちゃんなどと呼ぶ人間が他にいるとは思えなかった。
「ショーン?」
ヴィゴは、おかしな声のまま、急変しつつある事態に首をかしげていた。
オーランドは、引きつった顔をして、ショーンの口を押さえていた。
ショーンは、今までの怯えを取り去り、明らかに怒りを体中に溜め込んでいた。
3度、激しく床を踏み鳴らした。
「オーリ、いい加減にしろ!」
オーランドの手に噛み付き、ショーンは、怒鳴り声を上げた。
「何が気に入らない?どうして、こんな悪戯をする?こんなことをして憂さをはらさなくちゃいけないくらいなら、我慢なんかしなければいいんだ。俺が、いやだって言ったんじゃないんだぞ?お前が、しないって言ったんだ!」
オーランドは、事態の収拾をどうすればいいのか、わからなかった。
ショーンの言っていることは、セックスのことだ。
ショーンは、入れてもいいと言ってくれているのに、オーランドは、苦しそうだったショーンのことが気に掛かって、あれ以来そこを使うことをしなかった。
それで、満足していたし、そのことに対して、不満を抱いていたわけではなかった。
しかし、ショーンは、オーランドが不満を持っていると思っていたのだ。
ヴィゴは、良くわからないという顔で、首をかしげていた。
オーランドは、脇の下に、汗が伝っていくのを感じた。
ばれるのも時間の問題だと思った。
こんな悪戯に参加しなければ良かったと思った。
ショーンは、まだ、怒って、オーランドに文句を撒き散らしていた。
意気地がないだとか。何を考えているのかわからないだとか。俺が嫌いになったのかとか。
ヴィゴは、ショーンに近付くと、すとんとその膝の上に乗り上げた。
オーランドが噛まれた手の痛みに耐えながら、茫然としていると、驚くショーンの首に腕を回して、にやにやと笑った。
「ショーン、冷たいな。親友のことを思い出してもくれないのか?」
「ヴィゴ?ヴィゴ?ヴィゴなのか??」
ショーンは、近くにあるヴィゴの顔や、身体に闇雲に顔を近づけ、匂いを嗅ぐような真似をした。
ショーンの高い鼻が、野伏の薄汚れた衣装の中に見え隠れした。
しばらく、そのまま、顔を埋めていた。
「…ヴィゴ…だったのか…」
ショーンは、力の抜けたように、椅子に向かって反り返った。
ため息を付き、それから、身体を起こすと、ヴィゴの肩口に顔を押し付けた。
「ヴィゴ…すごく、驚いた」
「そりゃ、大成功だったって、ことだな」
ヴィゴは、まだ、すこし声がおかしかった。その声でけらけらと笑った。
「ヴィゴ…一人?」
ショーンは、まだ、オーランドの存在を疑っているようだった。
ヴィゴは、オーランドを見て肩を竦めるように笑うと、「一人だよ」と、全くなんでもないことのように嘘をついた。
「オーリとケンカでもした?こんな目に合わされそうな心当たりがあるのか?」
ショーンは、小さく首を振った。
「じゃ、どうして、オーリだと?こんなことするのは、俺くらいだろ?近頃、オーリとは、仲良さそうだったじゃないか」
ショーンは、目隠しのまま、ヴィゴを求めて、顔を近づけた。ヴィゴは、その頭を抱きしめて、髪を優しく何度か撫でた。
「ケンカ…はしてない。けど、多分、うまくいってない。せっかく仲良くなれたんだけどな。やっぱり、俺の性格は問題があるみたいだ」
オーランドが聞いたこともないような気弱な声で、ショーンは話した。
ヴィゴは、まだ、ショーンの頭を抱きしめていた。
膝の上にも乗ったままだった。
「ナーバスだな。ショーン」
ヴィゴは、ショーンの髪にキスをした。
「いいじゃないか。俺と一緒に遊んでようぜ?あんなおチビちゃんと遊ぶより、俺との方が気楽だし、楽しいだろ?」
ヴィゴは、オーランドにしたように、ショーンの額にぴったりと額を合わせた。
ショーンは、されるがままだった。
オーランドは、ショーンが、頷いてしまうのではないかと、不安になった。