道の途中 6
疲労困憊といった体のショーンの中から抜け出したオーランドは、まめまめしく、ショーンのために動いた。
自分のゴムを外して、ティッシュで拭うと、皮パンツをさっさとはいて、バスルームへと駆け込むためにドアを開いた。
途端に、忘れていた熱気がオーランドを包み込んだ。
自分のかいていた汗と相まって、オーランドは、思わず顔を顰めた。
ベッドの上の住人も冷気が逃げていくことを嫌ってか、唸り声を上げた。
「ちょっと待っててよ。ショーン。すぐ拭くもの、持ってくるから」
ショーンは、くぐもった声で返答したが、顔を上げなかった。
全身から疲労感が漂っていた。
わからなくもない、あんなところを使われるセックスなんて、きっとものすごくしんどいに違いないのだ。
オーランドは、その好意に報いるために、勝手知ったる他人の家をずかずかと歩き回った。
パーティーの後、吐くために駆け込んだバスルームのドアを開けた。
そこの惨状に目を覆った。
洗濯物は籠から溢れ、洗濯機の上にも、汚れ物が山と積まれていた。
ショーンが今、フリーであることに対して、オーランドは確証を持った。
そのなかから、洗濯済みとおぼしき、タオルを3枚見つけ出し、オーランドは、お湯で絞ると部屋に取って返した。
オーランド自身は、水で身体を拭いたい位だったが、クーラーの利いた部屋で、しかも、そこから、しばらく立ち上がることも出来ずにいる人物の、あんなところや、こんなところをきれいにしてあげるなら、きっと温かいもののほうがいい、と、オーランドは判断したのだ。
しかし、その好意をショーンは、理解しなかった。
首筋の汗を拭おうとオーランドがタオルと押し付けると、ビックリしたように飛び上がった。
「どうして熱いんだ?」
「…だって、お湯の方がさっぱりするかと思って」
ショーンは、やれやれといわんばかりの顔でオーランドからタオルを受け取ると、自分でさっさと身体を拭った。
途中、顔を顰めたりしていたから、きっとどこかの筋肉が痛みを覚えているのだろう。
オーランドに窓の方を向いているように言いつけて、どんどん身支度を済ませていった。
「ねぇ、俺、ちゃんときれいにしてあげるよ?」
「やだね。ベッドに横たわったまま、足を開いて尻まできれいにしてもらうなんて、後30年は俺の予定に入ってない」
「30年後って…それって介護?」
「そんな爺になっても付き合ってたら、やらしてやるよ」
オーランドは、ショーンの口の悪さに呆れた。
「…ショーンってさぁ…」
なに?
ショーンは、クローゼットから、ますますラフな…つまり、パジャマかといいたくなるようなTシャツとハーフパンツを取り出して履きながら、オーランドに続きを促した。
「ショーンって、実は、結構、悪い人?」
「お前が言ったんだろう?ショーンは悪い人だから、きっと好きになっちゃうって」
「そう…だけど、そうなんだけど」
確かに、倉庫でそう言った記憶がオーランドにはあった。
オーランドは、シーツを引っぺがして、くしゃくしゃとベッドの足元に丸めて置いたショーンに、笑いを浮かべた。
「新しいシーツはある?俺が引いてあげるよ」
ショーンは、クローゼットを顎で示した。
オーランドは、扉を開けて、積み上げられたシーツの山から一枚取り出した。
「洗濯しなくて済むように、何枚も買ったんでしょ?」
ショーンはあいまいに笑いながら、オーランドが持ってきて、散らばしたままになっていたプレゼントの中から、煙草を取って、パッケージを切った。
「吸っても?」
「どうぞ。俺、セックスのあとは、とてもやさしくなるタイプなんだ。なんだったら、火だってつけてあげるけど?」
オーランドは、真っ直ぐにシーツを引きながら、カーテンを開けるショーンを振り返った。
ショーンは、珍しいものでも見るような目でオーランドのことを見た。
「もしかして、やった後に甘い言葉とかかけながら、マッサージとかしてやるタイプ?」
「ショーンがして欲しいっていうんなら」
オーランドは、にっこりと笑った。
ショーンは、肩を竦めた。
「じゃ、洗濯機を回してきてくれよ」
ショーンは、煙草に自分で火をつけて、口に銜えたまま、にやにやと笑った。
その後は、二人でベッドの上でだらだらと過ごした。
ショーンは、やはり負担が大きかったらしく、オーランドがもたれかかると、顔を顰めて嫌がった。
それでも、二人で、ベッドに寝転んだまま、テレビを見たり、雑誌を読んだりした。
すこしばかり、ヴィゴの真似をして、スクリプトについての話し合いをしようと、オーランドは持ちかけたりもしたが、それは、面倒くさいという、ショーンの一言で打ち切りになった。
ショーンは、充分にごろごろと過ごし、身体が言うことを利くようになると、シャワーを浴びに行った。
オーランドと、食事に行く約束をしてくれた。
「オーリ、今度はお前が行って来い。ついでに、洗濯機を回しておいたから、出てくるときに、乾燥機の中に洗濯物を移しておいてくれ」
セックスの後に、ねだられることといえば、ずっと抱きしていてだとか、キスをしてだとか、そんなことばかりだと思っていたオーランドは、ショーンの合理性に目眩を感じた。
優しくなるタイプなんだろ?と、最初に、シーツを運ばされた時点で、もう少し気付いたほうがよかったのかもしれない。
ショーンの洗濯をしろという発言が、半ば本気のものだったのだと。
とりあえず、洗濯そのものは、オーランドに任された仕事ではなかったが、回っている洗濯物を乾燥機に移さないといけないらしい。
こんなこと、同棲していた時だってしたことがない。
オーランドが肩を落して、バスルームに向かうと、溢れ返っていた洗濯物は、半分ほどになっていた。
その半分のなかに、精液で汚れたさっきのシーツが見当たらなくて、オーランドは、にやにやした。
やっと、いつものショーンの顔をやっと見た気がした。
嬉しくなって、オーランドは、鼻歌を歌いながらシャワーを浴びた。
勿論、言いつけは、守った。自分でも、言ったとおり、オーランドは、セックスした相手にメロメロに優しくなるタイプなのだ。
翌日の出勤は同伴だった。
食事の後も、ぐずぐずとショーンの家に居ついて、動かなかったオーランドの勝ちだった。
ショーンは、最初、帰るように言っていたが、面倒くさくなったように、オーランドにもタオルケットをかけて、同じベッドで寝た。
そして、同じベッドで起きて、同じ車で撮影所に向かった。
さすがに、手は繋いでくれなかったが、恋人同士として申し分のない朝だった。
そう、撮影が休憩にはいるまでは。
どうして、そうなのか、オーランドには、さっぱりわからなかった。
同じ現場にいられることにオーランドは、胸をときめかせていたのに、ショーンは、そうじゃないようだった。
ショーンは、オーランドの気持ちなんてひとかけらだって理解しなかった。
オーランドの撮影がまだ続いているというのに、自分が休憩に入ると、さっさと現場から姿を消した。
別に見ていてほしいという訳ではないが、それでも、オーランドは淋しい気持ちになった。
しかも、同じに休憩に入ったヴィゴと二人で姿を消してしまったのだ。
どうかしているとオーランドは思った。
だから、恋人を捕まえるために、オーランドは、自分の休憩時間を首を長くして待ち、声が掛かった途端に、走り出した。
二人が、撮影の休憩時間に、涼しい森の中をうろつくのを楽しんでいるのは知っていた。
絶対にそこだと思った。
二人は、オーランドの予想通り、やはり、森の中にいた。
木陰になる木の根っこに腰掛けるようにして、頭をつき合わせて、同じ本を見入っていた。
あの、アリスの絵本だ。
たしかに、ヴィゴにあげれば?とは、言ったものの、早速プレゼントしているのが、オーランドは面白くなかった。
ショーンが仕掛けの一つ、一つを動かして見せながら、ヴィゴとくすくすと笑いあうのに、オーランドの眉は寄った。
二人は、紙コップの飲み物を手に、同じ仕掛けでくすくすと笑った。
「楽しそうだね」
オーランドは、すこし離れたところから、声をかけた。
ショーンは、ゆっくりと顔を上げ、ふわりと笑った。
全く後ろめたさのない、いつもとおりの優しい笑顔だ。
額にうっすらと汗をかいていた。
「オーリ、お前、アリスの話をちゃんと知らなかったんだって?」
王様は、オーランドの声に顔を上げると、歯ぐきまで見せるような下品な笑い方をして、オーランドをからかった。
「よかったな。ショーンが一緒に探してくれなきゃ、お前は一生、倉庫の中だ」
二人は、本を分け合うように、お互いの膝の上に広げていた。
オーランドも、挑発するように自分も歯を剥き出しにして笑った。
「よかったよね。ヴィゴも。ショーンが優しくなきゃ、ヴィゴは、俺の白骨死体を発見だ」
負けず嫌いのオーランドのセリフに、ヴィゴは、腹を抱えて笑った。
その隣で、ショーンも口元を押さえるようにして笑った。
ヴィゴは、肘でショーンのわき腹をつついた。
「ショーンから聞いたぞ?あそこには、謎の生物が生息してるんだってな」
「緑色の変な奴ね。いたよ。ショーンは、30センチも飛び上がった」
オーランドは、なんでもない振りで、二人に近付きながら、二人の近すぎる距離に焼きもちを焼いた。
二人はこんなに暑いのに、ぺったりと身体をくっつけて、お互いに体重を預けあうようなそんな座り方をしていた。
何が面白いのか、ヴィゴも、ショーンもやたら手を触れ合わせながら、絵本の仕掛けで遊んでいた。
「おもしろい?」
全く面白くない気持ちで、オーランドは、絵本のページを覗き込んだ。
本には、チャシャ猫の絵が、描かれていた。
仕掛けを引っ張ると、不気味な顔をしてチャシャ猫は笑った。
二人は、顔に汗を浮かべるほど暑いはずなのに、ぺったりと身体を寄せて、子供のように争い、その仕掛けを引っ張り合っていた。
オーランドには、その気持ちがよくわからなかった。
すくなくとも、昨日一緒の時間を過ごした恋人との関係より、優先させなければならないような事柄には思えない。
「ヴィゴはちゃんとアリスの話を知ってた?」
せめて、ヴィゴをショーンから引き剥がそうとオーランドは話を振った。
ヴィゴは、絵本から、顔を上げるとオーランドの顔を見た。
光の色によって色を変える目を、きょとんと開いたちょっと珍しい顔だった。
「この話を知らないって奴の方がめずらしいと思うんだが?」
難しいことでも聞かれたように、ヴィゴは、眉を寄せてオーランドに返答した。
オーランドは、鼻の頭に皺を寄せた。
「知らなかったわけじゃないよ。ただ、ちょっと間違ってたってだけ。それも、もう、問題は解決した。昨日ショーンに読んでもらったんだ」
ヴィゴは、隣にあるショーンの顔を見た。
「昨日、誘ったのに、用事あるって言ってたのは、オーリのせい?」
ショーンは、頷いた。
ヴィゴは、ショーンと、オーランドの顔を何度も見比べた。
「この坊主に、何、付き合わされてたんだ?せっかくの休日が台無しにならなかったか?」
「楽しかったよ」
ショーンが言うと、ヴィゴは肩を竦めた。
とんでもなく失礼だ。
「俺と過ごせば、もっと楽しかったよ。釣りに、写真に、絵だろ?それから、セリフの練習、演技についての話し合いだってできたぞ?」
おまけに、上手い飯も作ってやったのに!ヴィゴは、肩でショーンの身体を押した。
ショーンは、笑って、ヴィゴを押し返した。
その肩をヴィゴは大袈裟に抱き寄せた。
何で?と、いうように、ショーンの顔を間近で覗き込んだ。
顔が近すぎる。
「いつも一緒にいるだろ?それに、ヴィゴは何でもできたのに!とか言うけど、することと言ったら、撮影について話し合うことばっかりだ。今、それ以上に、ヴィゴを夢中にさせているものがあるのかい?」
ショーンは、ほんの近くで見つめるヴィゴのことばかり見て話した。
瞳の間の距離なんて30センチもない。
勿論、オーランドは面白くなかった。
まるで、自分がいい雰囲気の二人を邪魔しているようだ。
その上、更に、面白くないことが、オーランドに襲い掛かった。
ヴィゴが、にやりと笑うと、ショーンの頭を抱き込むようにして、チュっと頬にキスをしたのだ。
ショーンは、笑っていた。
嫌がりもしない。
頬を拭うくらいのことをすればいいのに。
ヴィゴは、オーランドがいることを忘れているんじゃないかと思った。
そうでなきゃ、こんなに恥知らずな真似ができるはずはない。
いくら、友達でも、人前ですることじゃないだろう。オーランドがいるというのに、二人は自分たちの世界に夢中だった。
「撮影以上に夢中になれること?それは、最高の友達に出会えたことだよ。こんなに話が合う尊敬できる友達なんてなかなか出会えるもんじゃない」
ヴィゴはまるで口説き文句でもいうように、真面目な顔をして、ぼそぼそと口にした。
滑舌の悪いところに真実味がありそうで、いかにも手馴れたものだった。
「ありがとう。と、いうべきなんだろうが、そうやって、正面切って言われると、恥かしいよ、ヴィゴ…」
ショーンは、擽ったそうな笑い方をして、ヴィゴのことを見つめた。
オーランドは、ショーンの金髪を掴んで、ヴィゴから引き剥がしたい気分だった。
ヴィゴとショーンは、くすくすと笑いあって、指でも絡めかねないほどいい雰囲気だった。
オーランドが、ショーンと特別な関係を結んでいなければ、居たたまれなくなってこの場から、立ち去っていただろう。
「ショーン、悪ガキが牙をむいてこっちを睨んでる」
ヴィゴは、わざと横目でオーランドを見て、ショーンにウインクした。
ショーンは、オーランドを見て、驚いたように目を大きく開いた。
今更の反応に、オーランドだって驚いた。
「ヴィゴがふざけるからだよ。オーリはヴィゴのことが大好きだから、そういうことをして欲しくないんだよ」
その上、ショーンは、オーランドの気持ちなんてまるでわかっていなかった。
「オーリ、お前にもしてやろうか?」
ヴィゴは、からかうような笑みを浮かべて、オーランドに向き直った。
オーランドは、二人の前に座り込むと、ヴィゴに向かって、手を伸ばして、両頬をつねった。
あまりのことに唖然としたヴィゴは、オーランドが両手を引いて引き伸ばすので、かなり間の抜けた顔になった。
「オーリ!何してるんだ!」
ショーンが慌ててオーランドとヴィゴの間に割って入った。
「ヴィゴがセクハラしようとするから!」
オーランドは、めちゃくちゃ悔しくなって、言い捨てると森の中から駆け出した。
その後も、ショーンは、オーランドのことを舐めているとしか思えない態度の連続だった。
暑い、暑いと繰り返し言いながらも、ホビットがふざけて膝の上に乗るのを許し、スタッフとの接近距離だって、いつもこんなに近かったのか?と、思わせるのに充分なほど、顔をつき合わせて行っていた。
ショーンは、人との距離の取り方が、他の人より近いんだと、オーランドは、思うように心がけたが、でも、鬘とはいえ、髪を耳にかけるのを人に許す態度は、オーランドの許容範囲をはるかに越えた。
オーランドは、せめてもの腹いせに、ヴィゴへの悪戯をしけることに決めた。
倉庫で汗まみれになった報復を済ませておかないと、ただでさえ、腹立たしいことが連続しているのに、ストレスで胃に穴が開く。
オーランドは、夜の撮影が始まるまでの間に、アリスの本を買いに、本屋に行ってくれるよう、スタッフに頼んだ。
このあたりの本屋に、撮影隊では、アリスの絵本がブームだと思われてしまうかもしれない。
スタッフは、オーランドの事細かな注文に、不思議そうな顔をしたが、望みどおり、仕掛けのある、あの絵本を手に入れてきてくれた。
今日、ショーンがヴィゴにプレゼントした本。
オーランドも、ショーンにプレゼントした本。
お揃いになってしまうのが、嫌だったが、この際、構っていられなかった。
ショーンのプレゼントした本をヴィゴが持っているのが、嫌だった。
恋人からのプレゼントなら、オーランドに貰う権利がある。
ヴィゴは、オーランドが用意した、本に擦り返えらたことも知らず、いい気分でいればいい。
オーランドに騙されても仕方のないほど、ヴィゴは、クールな悪戯を仕掛けて成功したのだ。
ショーンがプレゼントしたというオプションを除いてしまえば、同じアリスの本なのだし、ヴィゴのしたことに比べれば、なんともかわいい悪戯だ。
オーランドは、絵本を手ににんまりと笑った。
オーランドは無人のトレーラーの中に置かれていた本を難なくすり替えた。
全く、問題はなかった。
本は、鏡というにはその機能を果たしていない、写真に覆われたいわゆるオブジェ?の前に、放り出すように置かれていて、オーランドにどうぞ、擦り替えてくださいと言っていた。
実行にかかった時間なんて、ほんの30秒だ。
それも、ドアを開けるところから、はじめて30秒だ。
あまりに簡単で、オーランドは、拍子抜けした。
せめて、置かれていた無造作ぶりの再現を忠実にした。
本の上に置かれていたキャンディーや、チョコレートの配置に気を使った。
オーランドが、自分のものになったショーンのプレゼントを車の中へ隠しに行こう駆け足になった時、ヴィゴがオーランドを呼び止めた。
ヴィゴは、木に凭れ、まるで刑事ドラマの主役みたいに、格好よく腕を組んで登場した。
一瞬驚いたが、オーランドは、何でもないように立ち止まった。
ヴィゴは、オーランドを下から眺めるように、視線をめぐらせた。
「オーリ、悪戯っていうのは、もっとスマートにやらないと」
ヴィゴは、腕を組んだまま、ゆっくりと首をふり、何度か舌を打ち鳴らした。
オーランドは、悪びれもせずに、ヴィゴに向かってにっこり笑った。
もっとも、辺りは暗くなっていて、オーランドは、トレーラーの光に背を向けていたので、どの程度きれいに笑ったかなんて、ヴィゴにはわからなかったかもしれない。
「何のこと?ヴィゴは何か勘違いしてるんじゃない?」
トレーラーのドアから、3歩ばかり進んだところで本を手に持ったまま、オーランドは堂々と言った。
ばれるなんてこれっぽっちも思っていなかった。
「オーリ、ここのスタッフとより親しいのは、俺と、お前のどっちなんだろうな?」
ヴィゴは、声まで格好良く決めてきていた。
これだから、俳優という奴は嫌いだと、オーランドは思った。
現実にこんな格好いい刑事なんていやしない。
それなのに、尋問する声は、現実以上に刑事らしいのだ。
オーランドは、自分がアリスの絵本を手に入れるよう、スタッフに頼んだことがヴィゴにばれたことを悟った。
なんでそんなに情報通なのかと腹が立ったが、撮影に力を入れているヴィゴのファンを自認するスタッフは多い。
悪気もなく、面白い話題だと口を滑らしたのだろう。
オーランドは、気付かれないように口元を引き締めた。
それでも、同じ絵本だ。しらを切りとおしてしまえばわからないとオーランドは踏んだ。
絶対にショーンのプレゼントした本を、ヴィゴに渡したくない気分になっていた。
「ヴィゴが何を言いたいのかわらかないけど、俺がなにかしたとでも言いたいのかな?」
ヴィゴは、草を踏んで、ゆっくりとオーランドに近付いた。
何時も腰に下げている剣がかちゃかちゃと音を立てた。
「オーリ、手に持っている本を俺に返せよ」
ヴィゴは、オーランドに下から掬い上げるような視線と口元を上げた笑いを見せた。
「これ?これは、俺が買ってきてもらった本だよ。今日、あんたたちが妙に楽しそうに遊んでたから、ちょっと欲しくなってさ」
ヴィゴは、オーランドの正面に立つと、もう一度腕を組んで、にやりと笑った。
トレーラーの光を受けて、まるでヴィゴがこの場の主役だった。
ということは、オーランドは、犯人役というわけか?
現実でもそれは正しいのだけれど、その役のオファーは受けられないとオーランドは思った。
夜になって、大分涼しくなったというのに、オーランドの背中には、汗が流れた。
「ショーンのところで、一緒に遊んだのに?今更、欲しくなって?昨日、オーリは、同じ本をショーンにプレゼントしたんだろ?」
ショーンとヴィゴの仲の良さは、折り紙つきだったが、こんなことまでしゃべってるのかと、オーランドは、唇を噛み締めた。
この調子だと、ヴィゴは何でも知っていそうだ。
きつく口止めしておかないと、ショーンは、ベッドの中のことまで話しかねない。
「だって、あれは、ショーンにあげちゃったからね、俺も一冊欲しくなったんだよ」
オーランドは、あくまで、しらを切りとおすつもりだった。
ヴィゴは、首をかしげるようにして、オーランドの顔を覗き込んだ。
いつもの手だ。何かを聞きたそうなこの顔をされると、オーランドがいろいろしゃべりだすのをヴィゴは、わかってやっている。
たしかに、いつもなら、瞳の色にせかされるように、必要なことも、必要でないこともオーランドは、喋りまくってしまう。なんというか、オーランドは、ヴィゴのこの顔に弱いのだ。彼が自分に興味を持ってくれているのかと思うと、何もかも曝け出してみせたくなる。
「疑うんなら、自分の本があるかどうか確かめてくればいいだろ?俺は、指一本触れてない」
しかし、今日のオーランドは、強気だった。
「本当に?それが、擦り変えた本じゃないって言い切る?」
ヴィゴは、トレーラーの中へ動こうとはしなかった。
オーランドの前で、人差し指を横に振り、小さく舌を打ち鳴らした。
なんとも人を馬鹿にした態度だ。
それから、ヴィゴは、オーランドに向かってもう一度にやりと笑うと、とうとうとまくし立てた。
「オーリ、着眼点は悪くない。ショーンから貰った珍しいプレゼントなんだと、俺が誰かに本を見せびらかすたびに、お前は、腹の中で舌を出して笑う。上手くいけば、お前にとって、とても、楽しい悪戯だ」
ヴィゴは、瞳だけで、笑いを表現して、ぐっとオーランドに顔を近づけた。
オーランドは、身を引きそうになったのをぐっと我慢した。
「倉庫の中を半日宝捜しさせられたことに比べれば、可愛らしい悪戯だし、なかなか腹黒いいいアイデアだとも思うよ。ただしね、それは、俺にバレなければ、という大前提がものをいう」
ヴィゴは、もう一度ぐっと顔を近づけて、オーランドがひるんだ隙に、オーランドから、本を取り上げた。
「ここを見てみろ。読める?オーリ?こんなことが書いてある本なんて、お前にとって、何の価値もありはしないだろ?だけど、俺には、大事な宝物だ。勝手に持ち出されるわけにはいかないな」
ヴィゴが開いて見せたページ。
そこには、馬鹿馬鹿しいくらい大きく、マジックで
『尊敬する大事な親友、ヴィゴへ。ショーン・ビーン』
と、日付まで入っていた。
オーランドは、二人の熱烈な友情に膝の力が抜ける思いだった。
あまりに呆れて、笑い声がでた。
座り込んでしまったオーランドに、ヴィゴは、ごつんと頭にげんこつをいれた。
「痛っ!」
「悪戯坊主。人の大事なものには、手を出しちゃいけない」
オーランドは、ヴィゴを見上げて、呆れた笑いの続きを笑った。
空には、星が瞬いていた。
「ねぇ。ヴィゴ、どの口でそういう事言ってんの?最初に、俺の大事な鬘を隠したのは、あんたじゃん」
さすがにヴィゴは、決まりの悪い顔をした。
そのせいか、それ以上ヴィゴからの報復をうけることは、なかった。
ずっと笑いつづけても、ヴィゴは本を手に持ったままオーランドの隣に立っていただけだった。
ただし、その場では、という、限定つきだが。