道の途中 3
オーランドは、必死になってプラスチックの籠をあさっていた。
中には、もう、ほんとうにどうして、こんなものが取ってあるのか、汚れた軍手が山盛りだった。
この中から、鬘がでてきたとしても、使いたくない。
でてきたら、ヴィゴのことを呪ってやると思った。
隣では、恋人(予定)のショーンが、同じように、ガラクタを掻き分けていた。
自分でも恥かしくなるような告白をして、泣いてしまったりもしたもんだから、オーランドの身体は、すこしばかり疲れてもいたが、気分は高揚していて、このまま徹夜になったとしても、構わないとまで思っていた。
ショーンは、また、空振りだったのか、小さなため息を付いた。
「大丈夫?」
「疲れたってわけじゃないけどな、この暑さには参る」
「そうだね」
オーランドも、額から滴ってくる汗を拭った。昼にここに着いてから大分立つはずなのに、一向に涼しくならない。やかましい空調の音が空しかった。
「王様、こんなトコに、長く居たかなぁ?」
「うーん。あいつは、悪戯となったら、真剣になるからな…なんとも言えないが、だけど、こんなところは、長くいたい場所じゃないな」
ショーンは、別の箱を持ち上げた。汗で張り付いたTシャツが背中の筋肉を見せ付けていた。
オーランドがその動きをうっとりと目で追っていると、ショーンが飛び上がった。
「びっくりした!」
退かした箱の下から、生き物の作りかけ、と、いったシリコンが出てきた。
ショーンの大きな声に、オーランドも飛び上がった。
「俺もビックリした。ショーンったら、今、30センチは飛び上がったよ」
「だって、見てみろ。これ、かなり気持ち悪いぞ」
オーランドは、ショーンの側の棚に近付いた。
ショーンは、L─12という箱を何故か腕から離さず、持ったまま、しきりに物体を指差していた。
まるで、その箱がないと、シリコンが飛び掛ってくるとでもいいたげだ。
長い指の先の物体は、緑を基本としながら、だんだらといったほうがいいような、取りとめもない色をしていた。箱の重みに潰れてしまっているのが、また、不気味な感じだ。
「何を作りたかったんだろ?」
「わからん。地球外生命だ」
「失敗作なのに、着色がしてあるのが、またシュール」
「ここを片付ける奴がくるのを待った悪戯なのか?」
ショーンは、箱を胸に抱きかかえたまま、シリコンに鼻がくっつきそうな程、顔を寄せた。
しきりに首を捻る。
オーランドは、真面目に物体を考察するショーンを見て、鼻の頭に皺を寄せた。
「ものすごく気の長い時限爆弾だね」
オーランドは、鼻の脇を通っていく汗を手の甲で拭った。
「ここの連中は、面白いことなら何にでも夢中になる」
ショーンは、唇を尖らして首を振った。
真剣な顔をして反論したショーンは、汗を拭うオーランドを見て、自分も額を撫で回した。
けれど、汗は髪の中からも滴り、あまり代わり映えしない。
オーランドは、ショーンの説に、大真面目に頷いた。
そんな連中が集まらなければ撮れない映画を撮っている最中だ。
自身もその一員であるオーランドは、ショーンの持つ箱を開け、中身に鬘が紛れ込みそうにないとわかると、元通り謎の生命体の上へと戻した。箱は、難なく元通りの状態だ。
誰もこの下に地球外生命体が待ち構えているとは思わない。
「時限爆弾、セット」
オーランドのセリフに、ショーンは、嬉しそうに笑った。よほど自分だけが驚かされたことが悔しかったみたいだ。
「今度は誰がひっかかるかな?」
まるで太陽のような、どうしょうもなく魅力的な悪い笑顔をして、ショーンは、嬉しそうに元通りになった箱を見た。
「…永久に誰にも見つからなかったりして」
オーランドは、この倉庫の途方もない広さについて思い出し、つい、ため息をついた。
何百だか、何千だかある箱の下を一体誰が見るのか。
そして、その途方もない数の箱のどれが、金の鬘を隠した宝箱なのか。
オーランドの気弱な発言に、ショーンは、未練がましく箱の位置を目立つように置き換えた。
間違いなくショーンも「ここの連中」の一人だ。
「あっ!」
オーランドは、何度も箱を置きなおすショーンの姿を見ているうちに、ひらめいた。
幸運の女神が走りぬけ様、ちらりとスカートの下を覗かせてくれたみたいだ。
オーランドは、その太腿をしっかりと目に焼き付けた。こういうときは、遠慮なく恩恵に預からなければならない。それが魅力ある女性に対する正しいマナーだ。
「どうした?」
オーランドの大きな声に、ショーンは、びっくりした顔で振り返った。
「ねぇ、ショーン、箱の番号。箱の番号だよ。俺、あんまり気にせずにいたけど、これって、ちゃんと番号にそって、集まってなかった?」
「そうだったか?」
ショーンは、自分の手が掴んでいる箱を持ち上げ見回した。
確かに、L─12と書かれていた。
オーランドは、慌てて棚を見回した。
見上げる棚に詰め込まれた馬鹿みたいな数のダンボール箱。
乱暴に書きなぐられたマジックの字。
全ての箱に番号がついているわけではないが、書いてあるものは、同じアルファベットで揃っていた。
「ねぇ、そうだよ。きっとそうだ。ショーン、わかった。多分、これで正解!」
オーランドが勢い込んでも、ショーンは、首を傾げたままだった。
「箱に書いてあるアルファベットだよ。ショーンが持っているのが、L。さっき、俺たちが会った場所がE。わかんない?」
オーランドは、自分の発見に頬が緩んだ。
「Qだよ。Qの場所がここの倉庫のなかにあるんだ!」
オーランドが飛跳ねるように言い、やっと、ショーンは、大きく頷いた。
「なるほど、QueenのQね」
棚を見上げたショーンの顔にも笑いが浮かぶ。
「オーリ、Qがどこにあるかわかるか?」
「わかんない。でも、鬘そのものを探すよりは、ずっと簡単だよ」
言うなり、オーランドは、ショーンを置き去りにした。
埃が舞い上がるのも構わず、倉庫の中を走り回った。突き出た材木も、鉄筋のパイプだって、飛び越えた。
目に入るM・Nの表示。
Eがさっき居た場所だとすると、Qは、今の場所より、きっと先だ。
オーランドの足音が倉庫のなかに反響した。
「ショーン、こっち、こっちにQがある!」
オーランドは、叫んだ。
Qの表示はあっさりと見つかった。
表示を見つけて、大きな声で叫んだものの、オーランドは、体中の力が抜けるのを感じた。
棚を前に、思わず、がっくりと項垂れる。
なんてこった!
ニヤニヤと笑うヴィゴの顔が思い浮かんだ。
「もう、やだ!ここ、入り口のすぐ側じゃん!!」
オーランドは、倉庫の入り口で地団太を踏んだ。
ショーンは、叫びつづけるオーランドの声を頼りに、ゆっくりと後を追ってきた。
迷子になるんじゃないかとかすかに心配そうな顔をしていたのは、オーランドと目が会う直前までだ。
オーランドが盛大に悔しがっているのを見つけると、飛び出した材木を横に退けて慎重にドアへと近付いた。
「ヴィゴの意地悪!根性悪!!」
オーランドは、遠慮なくヴィゴの悪口を口にした。
顔を真っ赤にして、つばが飛び散るのも構わず毒づいた。
ショーンも、顔を顰めて苦笑した。
「もっと簡単に考えれば良かったな」
「こんな広いところで、入り口に隠すなんて、思いもつかないよ」
「いかにも悪戯坊主がやりそうなことじゃないか」
「…ほんとに…ヴィゴは…」
オーランドは、ぶつぶつ言いながら、Qの棚を見回した。
ちゃんと、ここは、アリスのクリケット場だった。
とっさに思いついたヒントにまで洒落を利かす、ヴィゴの才気が腹立たしかった。
「くっそー!!棚に猫がいやがる。ここだ。絶対ここだ。本当に馬鹿みたいだ!!」
猫を掴んで、悪態をつくオーランドを、ショーンは、面白そうに笑った。
「よかったじゃないか。俺と一緒だったから、ハンプティ・ダンプティがいなくても、ここがクイーンズ・クリケット・グランドだと気付けた」
オーランドは、剥製のようによく出来た作り物の猫を、一安心だと汗を拭っているショーンに向かって投げつけた。
猫は、オーランドの気のせいか、性格の悪い顔をして笑っているように見えた。
あのチャシャ猫みたいに!
「アリスちゃんは、そいつとお茶でも飲んでろ!」
未だに、物語を間違えたオーランドに拘るショーンに、指を突きつけた。
びっくりした顔で、猫を受け止めたショーンは、オーランドのセリフに今度こそ大笑いした。
「オーリ、それも間違ってる。アリスが一緒にお茶を飲むのは、ウサギ。チャシャ猫じゃないんだ。鬘を見つけたら、アリスの本を買ってやるよ。なんなら、読んでやろうか?」
オーランドは、もう、ショーンの方を見ずに、棚の箱を引き摺りだした。
結局、鬘は、本当にばかばかしい場所から見つかった。
10歳の子供が、仕掛けた悪戯のように、発見者をとことんからかっているような場所だ。
実のところ、箱の中にすら入っていなかった。
ドアに近い棚の足元に、ばらばらになったマネキンが、何体か積み重ねられており、そのうちの一体が、オーランドの鬘をかぶっていた。
マネキンの鬘が、取り外しの利くものだということを、失念していた二人は、Qの棚まで近付きながら、まだ、しばらくその周りをうろうろした。
マネキンは、本当に自然に鬘をかぶっていたのだ。
その上、いろいろな髪の色があった。まさか、そのうちのブロンドが、レゴラスの鬘だなんて思いもしなかった。
「畜生!!!」
マネキンから、すっぽりと鬘が外れると、オーランドは、思いつく限りの悪口を口にした。
ショーンは、気が抜けたように、床に座り込んでしまった。
オーランドは、ポケットにねじ込んでいた宝の地図をびりびり破き、怒りのあまり、棚とドアを蹴りつけた。
目の前に、ヴィゴが舌を出して笑う顔が思い浮かぶ。
「ああ、むかつく!!!」
怒りが収まらず、もう一度、ドアを蹴り飛ばした。鉄のドアは、大きな音を立ててオーランドの怒りを表現した。
「まさしく、ヴィゴらしい悪戯だ…」
ショーンの目は空ろに笑っていた。
すっかりくたびれ果てた顔をして、いらいらと歩き回るオーランドを目で追いながら、感心したような声を出した。
「絶対、仕返しする。ヴィゴが冷や汗をかくような、クールなのを考えてやる」
「無駄だ。無駄」
ショーンは、疲れた声で、手を顔の前で振った。
「年季が違う。あいつは、冷や汗をかいてても、肩をすくめて笑ってみせると思うぞ?」
「でも、やる。ほえ面をかかせてやるんだ」
自分が吼えまくっているオーランドの熱意を認めて、ショーンは、頑張れとエールを贈った。
足を止めず歩き回っていたオーランドは、はっとしたように立ち止まった。
ショーンの胸に飛び込み、Tシャツに額を摺り寄せた。
「ありがとうね。ショーン。本当に嬉しいよ」
汗でぬめる腕で、ショーンの背中を抱きしめた。
ぎゅっと抱き締め、Tシャツに顔を埋める。
「オーリ。悪い…暑いから勘弁して欲しい」
ショーンは、すっかり力の抜けた様子で、床に足を投げ出して座り、上に乗っかってきたオーランドを言葉だけで牽制した。
押し返すのも面倒な様子だ。
宝物を発見したせいで、この倉庫の暑さを一気に思い出したように、喉を反らすように喘いでいた。
早い息が薄い唇から漏れていた。
オーランドは、少しだけ、身体を離してショーンを見つめた。
ショーンの髪から汗が滴って、顔を伝っていた。
「本当に、ありがとう。おかげで、明日の撮影に迷惑をかけなくて済んだ」
オーランドは、その汗を拭った。
「でも、多分、怒られるぞ。鬘の髪がくちゃくちゃに絡んでる」
ショーンは、膝に乗り上げたままのオーランドを押しやることはせずに、仕方なさそうな顔で笑うと、オーランドが掴んでいる鬘を指差した。
「あっ…本当だ。どこまでヴィゴは祟るのか…」
オーランドは、髪に指を通してなんとかしようとしたが、細かい編みこみのある鬘は、触れば触るほど、酷い有様になっていった。
「オーリ、もう、諦めろ。それより暑いから、もう少し、離れてくれ。いや、もう、ダメだ。早くここから出よう。宝物を発見できたかと思うと、ここの暑さが我慢できない」
ショーンは、額を伝う汗をうっとしそうに手で拭うと、オーランドを押しのけ、立ち上がるように促した。
仕方なしに、オーランドは、気持ちのいい太腿から腰を上げた。
立ち上がったオーランドに、ショーンは、手を伸ばして自分を引き起こすよう要求した。
全く自分で立とうとしないショーンに、オーランドは、勢いよく腕を引き、わざとショーンを自分にぶつけるようにした。
ショーンは、頭からぶつかるようにオーランドの腕の中に収まった。
「ショーン、すごい汗だよ」
鬘が見つかったことに、やっとほっとした。
ほっとしたら、今更ながらに、恋人予定の人物が、側にいることが胸に迫った。
オーランドは、自分のTシャツで、ショーンの顔をぬぐった。
ショーンは、暑そうにぐったりとしながら、オーランドのシャツに顔を擦りつけた。
Tシャツは、埃や汚れに、新しい模様を描いていた。
「帰ったら、最初にシャワーだ。それから、冷たいビール!これで決まりだ。それ以上なんて何もいらない!」
ショーンは、オーランドのTシャツから顔を上げると真剣な目をして重々しく宣言した。
本当に、それ以外はいらないという顔をしていた。
つまり、オーランドの甘い言葉なんかもだ。
ショーンは、オーランドを急かすように押し、倉庫のドアを開けた。
空調がないはずなのに、ドアの外のほうがすこし、涼しかった。
オーランドは、ショーンに倉庫の外に押し出されながら、ドアのところに踏み止まった。
ショーンは外に出ようとしないオーランドを不思議そうな顔で見た。
心理学なんか勉強したことがなくても、迷惑だと思っているのが見てとれる顔だった。
一刻も早く、シャワーとビールに有りつきたいらしい。
「17:53。鬘を発見。ミッション終了。これから帰還」
オーランドは、汗ばんだ腕に嵌めた腕時計を見て、スクリーンで観た女王陛下のスパイを真似て気障な笑い方をした。
まだ、ふざける余裕のあるオーランドをショーンは、呆れた顔をしてみた。
片眉が上がっていた。
何度か、ドアの外を恋しそうな顔をして見、オーランドがそこから退きそうにないのを感じると、仕方なさそうに口を開いた。
「オーリ、Mは、捜索に時間が掛かりすぎだと怒るだろうさ。女王陛下は愛玩犬の躾に厳しいんだ」
ショーンは、オーランドを見たまま、チッ、チッ、チッと舌を鳴らした。
通じた嬉しさに、オーランドは、スマートなスパイを気取り、ドアを大きく開けると、ショーンに先に出るよう促した。
ショーンは、これまたスマートにエスコートされた。まるで、レストランのドアを決まったスーツ姿で通り抜けるみたいだ。
「仕方がないよ。006が迷子になっちゃうんだもん」
ショーンは、汗に濡れたTシャツでオーランドにタックルするように、ドアから外に押し出した。
ショーンが、宝物のご褒美にオーランドに許してくれたのは、舌を絡めたキスまでだった。
それも、汗まみれの身体が気持ち悪いのか、強く抱き締めることすら顔を顰めて、嫌がった。
仕方なく、オーランドは、身体を離したまま、口付けをして、間抜けだと思いながらも、何度も頬にもキスを贈った。
それを、ショーンは、邪険に振り払う。
「もう、帰ろう。今日は、ここまでだ。俺はもう、疲れたよ」
まだ、夕日の残る駐車場で、くるりと背中を向けて、自分の車へ向かう。慌ててオーランドは、ショーンに追いすがった。
「ショーン、夕飯を奢らせてよ」
「シャワーが先だ。今日は、帰って家でビールを飲む」
ショーンの返答はにべもなかった。
「じゃ、俺があんたんちに行ってもいい?」
オーランドは、車のドアを開けるショーンに食い下がった。
「明日は、朝が早いからダメだ」
「酷い…」
オーランドは、ドアが閉まらないように、自分の身体を挟み込み、ショーンに向かって手を伸ばした。
キィを回して、クーラーをかけたショーンは、送風口に顔を突き出すようにして、横目でオーランドを見ていた。
「ショーン、俺と付き合ってくれるんでしょ?」
オーランドは、ショーンの頬に触った。
クーラーが当たって、すこし冷たくなっていた。
「付き合うとは、言ったけどな、俺は逃げないんだ。そんなに焦る必要はないだろ?」
ショーンは、オーランドの掌が熱いのを嫌がり、頬から、手を離させた。
「今晩は、ここで、おやすみなさいだ。デートなら今度の週末にしよう。今晩は、ヴィゴに電話して説教もしてやらないといけないし、俺は、忙しいんだ」
「…本当に?」
悲しそうに目尻を垂れたオーランドに、ショーンは、車から身を乗り出した。
「あいつのことは、きつく叱っておいてやるから、早くベッドに入って寝るんだ」
ショーンは、オーランドの唇の脇にキスをして、オーランドの眉が更に下がると、唇に唇を重ねた。
オーランドが機嫌を損ねない程度に、優しく舌を使っていく。
「お前、教えといてやるけど、どこのレストランもいれてくれない位、酷い格好をしてるからな」
ショーンは、オーランドの髪についていたくもの巣を摘んで見せた。
オーランドの顔が引きつった。
「…それ、大嫌いなんだ…」
オーランドも、シャワーを浴びるために、大急ぎで自分の車に戻った。
翌日、オーランドは、ブルースクリーンの中から飛び出すと、床をうねるコードを飛び越え、ショーンたちの撮影現場に走っていった。
駐車場にセットを組んで、撮影をしているこちらの班は、暑過ぎる日差しに、皆、帽子を被ったり、サングラスをしている。
そのなかで、タオルを頭に被っている金髪を見つけた。
衣装の首を緩め、周りを取り囲むスタッフと何かしゃべっている。
オーランドは、すばらしい勢いで走った。
散々注意された後に、せっかくきれいにしてもらった鬘が、風に大きくたなびいた。
「オーリ!」
ショーンに近付く前に、にやにやと笑う野伏が、オーランドの前に立ち塞がった。
まるでオーランドが飛び付くのを待っているかのように、格好良く大きく腕を広げていた。
勢いの殺せなかったオーランドは、つんのめるようにして、その腕に飛び込むことになった。
一歩も揺らぐ事無く、しっかりと受け止めたヴィゴは、オーランドをあやすように、背中を撫でた。
「…なんなのさ」
オーランドは、ほとんど同じ位置にあるヴィゴの顔を下から舐め上げるように見て、睨んだ。
「エルフボーイ、金の髪が良く似合っている!」
「おかげ様でね。さんざん苦労させてもらったよ」
「そんな、すぐ見つかるところにあっただろ?大した悪戯じゃなかったはずだ」
ヴィゴは、瞳で思い切り笑いながら、オーランドを覗き込んだ。
あのトレジャーハントは、絶対に!大したことだった。とんでもないとオーランドは叫びたかった。
照明用のコードをリールに巻いているスタッフが、ふざけた笑いを浮かべたまま、オーリを抱き締めているヴィゴに足を上げてくれと笑った。
ヴィゴは、オーランドを離さないまま、にやりと笑うと、優雅に場所を移動した。
年の離れた二人の仲がいいことを微笑ましく受け止めているスタッフたちは、にこにことオーランドに笑いかけた。
「そうだね。大した悪戯じゃなかった。ヴィゴの悪戯なんて全く子供騙しだ」
じゃれあう二人を笑っているスタッフたちの手前、オーランドは、見栄を張って嘯いた。
ヴィゴは、片目を細めるようにして、本当に?と、首をかしげると、オーランドの顔を掴んで、思いっきりキスをした。
時々、オーランドがふざけてする、唇にするキスだ。
しかも、食いしばる歯を開けるよう舌でノックまでしている。
オーランドは、仰け反って、キスを拒んだ。
周りでは、大きな笑いと、歓声が上がった。
「ヴィゴ!!」
「ご褒美だよ。よく頑張ったじゃないか」
あっけらかんと笑う中年に、オーランドは、アスファルトにしゃがみこんだ。
せっかく、昨日ショーンとキスしたのに。
感触が残ってるって思ってたのに。
「貧血か?」
「そんなわけあるか!」
オーランドは、野伏の足を思い切り踏んだ。
ショーンは、タオルの中からじゃれあう二人を見ていた。
スタッフが日よけのテントを張れない代わりに、ショーンの前に立ってくれていたが、日差しは容赦なくショーンに降り注いでいた。
ボロミアの衣装は、とにかく暑い。
オーランドが、ヴィゴを邪険に突き飛ばすようにして、ショーンに近付いてきていた。
目が、ケーキを前にした子供のように煌いていた。
「ちゃんと謝ったか?あいつ?」
ショーンは、タオルの端を持ち上げオーランドを見上げた。こちらを見ているヴィゴを顎で示して、笑いかけた。
オーランドは、野伏を振り返り、鼻に皺を寄せた。
「謝る?何それ?」
「謝らなかったのか?しょうがない。ちゃんと約束させたのに…」
オーランドは、スタッフに断り、ショーンの隣へと椅子を引き寄せるとそこに座った。
日よけの為だけに、そこに立っている身体の大きなスタッフは、立つ位置をずらし、オーランドにも少しでも日陰を与えようとした。
「本当に、昨日電話したの?」
「したさ。あいつだって、どうなったのか、気になってるはずだと思ったから、シャワーを浴びたらすぐ、電話した」
「ビール片手に?」
それでも、オーランドは、眩しそうに目を細めながら、ショーンに笑いかけた。
今日の太陽は、全く容赦がない。
ショーンは、タオルの端を持ち上げた。
美貌を誇るエルフの王子が真っ黒に日焼けしないように、自分のタオルを、オーランドの頭にも掛けてやった。
バスタオルの下に、金色の頭が二つ収まる。
暑かったが、日差しを除けるために、くっつくほど額を寄せた。
オーランドは、嬉しそうに笑う。
「すっごい恋人っぽい」
ショーンは、唇の前に指を立て、しーっと、オーランドを睨んだ。
「オーリ、時と場所を考えられないほど、お前は頭が悪くないはずだ」
「…どうかな?あんまり、期待されると困るんだけど」
オーランドは、本当に嬉しそうに笑っていた。
ショーンは、その笑顔をみていると、なんでも許したくなる自分がいることに気付いていた。
二人は、スタッフの耳を気にしながらも、タオルに包まって、内緒話を続けた。
「で、ショーンは、シャワーを浴びたままのセクシーな格好で王様と電話してたの?」
「短パンで、首にタオルを巻いている姿がセクシーってんなら、その通りだ」
「王様はどうだった?悔しがってた?」
オーランドは、ちらりと歩き回っているヴィゴを見た。
ヴィゴは、暑さをものともせず、ハンディ・カムを持つスタッフを追い掛け回して自分のカメラに収めようとしていた。
「かなり心配してたぞ。連絡が遅いからって、倉庫に出かける準備をしていた」
「ほんと?」
「そのくらいは信じてやれ」
ショーンは、優しい目をしてヴィゴの姿を追っていた。すこし焼けたが、オーランドは、頷いた。
「ショーン、王様に電話した後、俺にも電話をくれればよかったのに」
ショーンは、驚いたようにオーランドの目をのぞきこんだ。
「なんで?それまで会っていて、次の日も会うのがわかってるのに、なんで?」
「当然じゃん。おやすみをいわなくちゃ」
「それは、オーリの当然か?」
「そう。……関係なら、当然でしょ?」
オーランドはショーンの言い付けを守って、関係を匂わす言葉を口にしなかった。
スイートとか、ベストとかつく、ラバーって言葉だ。
「お前の当然は沢山ありそうで、合わせるのが大変そうだ…」
ため息を付いたショーンの太腿にオーランドは自然に見えるよう、手を置いた。
ショーンは、うっとおしそうに額に皺を寄せ、オーランドの手を払った。
「オーリ、まとめて払うから、週末までつけといてくれ」
ショーンは、監督から声がかかると、タオルだけをオーランドに残してさっさと椅子から立ち上がった。