道の途中 2
二人は、まだ、棚の間で止まったままだった。
ショーンは、オーランドから、捜索を済ませた範囲を聞き、広い倉庫を見回して、大きなため息を付いた。
オーランドは、随分頑張ったようだが、この場所の広さに比べると、オーランドがかき回した部分など、点でしかない。
「やはり、クリケット場をさがすべきなのか?」
「それってどこさ」
くたびれた顔をして、ショーンの足元に座り込んだオーランドは、ショーンの脚にもたれかかっていた。
見上げる顔は、埃に汚れていて、整った部位を損なおうとしていた。
けれども、瞳が強く光っていて、汚れなどささいなことだと言わせていた。
「ここにクリケットの道具が仕舞われていると思うか?」
「なんでもあるんじゃない?俺は、キングコングがでてきても不思議じゃないって思ってるけど」
オーランドの返事は、投げやりだった。
ショーンのいない2時間の間に、よほど、いろんなものがでてきたとみえる。
「女王様のってところが、ポイントなんじゃない?」
「どこの女王様だ?クイーンエリザベスか?」
「さぁ?芸術家の考えることは、よくわかんない」
オーランドは、身体を起こし、膝を軽く叩くと、腰を上げた。
ショーンが驚くほど近くまで顔を寄せて、にやりと笑った。
「まぁ、ぼちぼち探そうよ。焦っても無駄なことは、この2時間でよく分かったんだ」
オーランドは、手近にあった箱の中に手を突っ込んだ。
その中には、布の切れ端が、溢れそうに押し込まれている。
ショーンは、闇雲に探すことに、まだ、抵抗があった。
とにかく、ここは広すぎる。
二人で探したところで、金の宝物が見つかるとは思えない。
「我らが女王様だとして、どうして、この倉庫に英国王室が関係あるんだ?」
「知らないってば。俺、あの詩人の考えてることなんてこれっぽっちもわかんないもん」
「随分、懐いてるのに?」
ショーンには、オーランドの言葉が不思議だった。
子犬がついて回るように、ヴィゴのやることに鼻を突っ込んでいるオーランドは、てっきりヴィゴの何かを理解して熱狂しているのだと思っていた。
「もう、ショーンってば、わかんないから、魅力的なんでしょ」
オーランドは、箱に腕を突っ込んだまま、ショーンを振り返り、歯を見せて笑った。
「良くわかんない人って、興味をそそられない?それが、簡単に見破れないくらい複雑だったりすると余計に、気持ちが引き摺られるじゃん」
ショーンは、オーランドの魅力的な笑顔に気持ちが引き寄せられた。
「オーリ、お前は、悪い女に引っかかるタイプだよ」
「そうかな?じゃ、きっと、ショーンにも引っかかっちゃうね。あんたは、悪い男だろ?」
オーランドの手は、次の箱へと伸びていた。
軽口を叩いてはいるが、鬘を探すことに真剣だ。
ショーンも、ヴィゴの言葉について考えることを後回しにして、ダンボール箱の蓋を開いた。
しかし、これは、ひとめで違うと分かった。
箱の上一杯まで、発砲スチロールの切れ端が、詰まっている。
「これは、ゴミじゃないのか?」
「だから、俺にいろいろ聞いたってわかんないって。なんか理由があるんだろ?そんなんにいちいち引っかかってないで、次、次」
ショーンは、諦めた。
何を諦めたのは、ショーン自身分からなかったが、オーランドのとなりで、気味の悪いシリコンパーツをかき混ぜはじめた。
空調の音はうるさいくらいなのに、身体から流れる汗を止めることはできなかった。
倉庫のなかで、最初にオーランドの顔を見た時に、ショーンは、どうしてこんなにも汗をかいているのだろうかと思ったのだが、30分もオーランドに付き合って、ショーンは、すっかり納得した。
「暑い…」
「そんなの分かってる…言うと余計に疲れるよ」
「じゃ、オーリも、ヴィゴの悪口をいうのを止めろ」
「無理だよ。もう、エンドレスで口からでるようになっちゃってるんだから」
二人は、額の汗を拭いながら、新しい箱をかき混ぜていた。
ショーンは、日差しよけのため羽織っていたシャツをとっくに脱いでいた。
それでも、Tシャツが、背中に張り付いている。
「女王様ってのは、イギリス以外にどこにいるんだ?」
「知るもんか。トンガとか、そんなところに居るんじゃない?」
オーランドは、いかにも適当に返事を返している。
「それとも、小説の中の話かな?」
「さぁ?指輪物語には、特にいなかったよね?恐くて綺麗な奥方様ならいたけどさ」
「でも、彼女は、エルフの女王って呼ばれてただろ?」
「だとして、一体その意味は?」
オーランドはキツイ語調で言葉を切った。
大きな音を立てて、箱を棚に押し込んだオーランドは、脚を投げ出すようにして、床に座り込んだ。
「ごめん。ちょっと休憩。喧嘩売る気はないんだけど、どうしても暑くてカリカリしてきちゃうよ」
床から手を伸ばしてショーンのズボンの裾を掴んだ。
オーランドに引き摺られて、ショーンもその隣に腰を下ろした。床は、埃まみれだが、もう構う必要のない格好になっていた。
オーランドの目が叱られた犬のように垂れ下がっていた。
オーランドの苛立ちがわかるだけに、ショーンは、怒る気にもなれない。
ショーンは、ハンカチをポケットから取り出したが、もう、布の乾いているところがなかった。
「ガラドリエルにちなんで、西の方に隠してあるとか」
それでも、顔を汗をぬぐって、ショーンは、思いついたままのことを口にした。
「西…ねぇ。ロスロリエンの場所をこの倉庫で再現ってのは?」
「ここは、中つ国に似てるかな?」
「なんでもごちゃまぜってところは、似てるかも」
二人は、ヴィゴの悪戯が最高にクールなできだとため息をついた。
「休憩中に、芸術家さんが、どんなことを考えてヒントをだしたのか、考えようか」
オーランドはショーンに、もたれかかった。
暑かったが、ショーンは、文句を言わなかった。
「そうだな。その方がいっそ早いかもしれない」
「じゃぁ、何について考えよう?そうだ、まず、そのヒントを言った時、ヴィゴは何をしてたの?」
ショーンは、顎を手で撫でるようにし、汗を感じて、Tシャツで拭った。
肩に頭を乗せているオーランドの鼻にも汗が噴出している。
「あの時は、手にスクリプトを持っていた。ソファーに座って、机の上には、コーヒー。テレビはついてなくて、そわそわしていた」
「俺が謝りに来るのを待ってたのかな?」
「そうかもしれん。昼頃訪ねた時から、そわそわはしてたんだ」
「仲良しだね。あんた達。大概一緒に過ごしてない?」
ショーンは、オーランドに臭いかもしれないと、断ってから、彼の鼻をハンカチで拭った。
オーランドは、鼻をくんくんと動かして、臭くないじゃんと、笑った。
「ヴィゴは、仕事熱心だからな。一緒にいると勉強になるよ」
「たしかにそうだね。でも、あんたの集中力もすごいと俺は思うけどね」
オーランドは、自分で座っている力を抜いて、もっとショーンに寄りかかった。
汗が気持ち悪いのに、もっと近くにいたかったのだ。
その心理的トリックについてオーランドは思い当たる節があったが、あまり真剣に考えないことにした。
ショーンは、うっとおしそうにオーランドの頭を押し返した。でも、寄りかかっている肩はそのままだ。
「ねぇ、今日は、ヴィゴと、どんなことしゃべった?」
「撮影所の話だろ?朝食の話もした。昨日ヴィゴが思いついたとかいう詩についても、猛烈な勢いでしゃべってたし、あとは…」
「あんたが、ヴィゴに話たことは?」
「あー。サッカーの話をして、邪険にされて、それから子供の話をしたかな?」
「…サッカー好きだねぇ」
ショーンは、また、からかわれるのかと、眉の間に皺を寄せた。間近でみると、指一本ぶんくらいは、沈み込みそうな深さだ。
「お前だって、好きなものがあるだろ?」
「あるけどさ、そんなに熱心になれないよ」
オーランドは、もう一度ショーンに深く寄りかかった。
もう、ショーンは、押し返さなかった。
皮膚は汗でじっとりとして、あまり心地のいい感触ではなかった。でも、離れるのは嫌だった。
「子供さんの話って、何話したの?」
「べつにたいしたことじゃないよ。元気にしてるのか?とか、電話したか?とか」
「親父同士の会話?」
「そんなもんだな。ああ、そういや、赤毛のアンの話をして、それから、不思議の国のアリスについて話たな」
ショーンの肩で、オーランドが吹き出した。
「メルヘン」
「娘がビデオを見たって話してたんだよ。それで、花の話になって、アリスはいかにもイギリスの庭らしい話だと」
ショーンは、照れたように、何度も瞬きした。
「アリスかぁ…あれ?そういや、アリスにも女王様って出てこなかった?」
自分で読んだ覚えはなかったが、オーランドの頭には、挿絵まで浮かんできた。時計を持ったウサギと、ハンプティダンプティ。可愛いアリスに、ふとっちょで、カードの兵隊を引き連れた女王様だ。
「そうだ…でてきたな。すぐ怒る、意地悪なキャラだったような」
さすがに、ショーンは、娘を持つだけあって、オーランドよりアリスについて詳しかった。
「えっと、たしか、アリスは、クリケットしたんじゃ…」
「してた。してた。フラミンゴみたいな鳥のラケットでやってたような気がする」
二人は、顔を見合わせた。
「ヴィゴのいうのは、アリスのクリケット場だ」
そして、また、二人で頭を抱え込んだ。
「一体ここのどこに、アリスのクリケット場が?」
ショーンは、小さく笑い声を上げた。
「しかし、ヴィゴも可愛いことを思いつくじゃないか。あいつ、実は童話のファンだったのか?」
「違うと思うなぁ。ショーンがアリスの話をしたから、それに合わせて、ヒントを思いついただけだなんじゃない?」
オーランドは、にやにやと笑った。
「ヴィゴがロリコンって話なら、同意してもいいけど」
ショーンは、大きく目を開いて、オーランドを覗き込んだ。
「どっかに事実が?」
「事実無根だよ。でも、童話ファンより、真実味があるだろ?」
ショーンは、もう一度くすくすと笑った。
大分、気力が回復していた。
「しかし、ここのどこに、アリスがいるのやら」
「まぁ、ガラドリエル様がクリケットをするとは思えないから、アリスで正解だと思うんだけど」
触れ合っている肩は、溶けてあってしまったように体温を移してくっついていた。
鬘は、絶対に見つけなければならないが、オーランドは、そんなに急ぐ必要を感じなくなっていた。
「アリスかぁ…なんだろ?なんか、アリスにちなんだものが、ここにあったかなぁ」
「オークなら沢山いたけどな。時計を持ったウサギは、みかけなかったな」
「ハンプティ・ダンプティもね」
ショーンは、一瞬不思議そうな顔をしてオーランドの顔を覗き込んだ。
オーランドは問い掛けるように、顔を覗き返したが、それ以上、何も言わなかった。
小さく息を吐き出して、ショーンは、身体を起こすと、立ち上がろうとした。
それは、身体をもぐように不快な気持ちをオーランドに与えた。
オーランドは、それが嫌で、つい、言うつもりのなかったことを口にした。
後で、考えてみると、疲れと、暑さに大分脳みそが溶けかけていたとしか思えなかった。
「ショーン。まだ、立たないで。俺、あんたに話したいことがあるんだ。」
ショーンは、笑いながらオーランドを見た。
顔には、まだサボる気なのか?と、たしなめるような表情があった。
「あんたのことが好きなんだ。俺と付き合ってほしいんだ」
ショーンは、立ち上がりかけた格好のまま、何度もオーランドに向かって瞬きした。
「オーリ?」
とても自然に、自分の汗を拭い、オーランドの額も撫でていった。
「ショーン、信じられないかもしれないけど、ちょっと真面目に聞いて欲しい。俺は、ショーンのことが好きなんだ。わかる?俺、告白してるんだけど」
「オーリは、ヴィゴが好きなんだろ?」
緑の目が、まだ、オーランドの気持ちを理解していないことを伝えていた。
「ヴィゴは、好きだよ。でも、ショーンも好きなんだ」
「ありがとう。俺も、オーリが好きだよ」
オーランドは、ショーンの鈍感が、演技なのかどうか、見抜くことができなかった。
「ショーン!迷惑なのは、わかってる。こんなことを言わないほうがいいことも、ちゃんとわかってる。でも、言いたいんだ。ショーンのことが好きなんだ」
初めて、ショーンは、表情を硬くした。
オーランドに伸ばしていた手を引っ込めた。
「オーリ、自分が何を言ってるか、自覚してるか?」
「してる。こんなことをいきなり言って悪いと思ってる」
「口にした以上、取り返しがつかないことも知ってるか?」
オーランドは、緊張した。頬が引きつるのを感じた。
「軽蔑する?」
ショーンは、ゆっくりと横に首を振った。
じゃぁ。
オーランドは前のめりになって、ショーンの腕を掴んだ。
「俺が好きだというのは、ショーンにとって迷惑にならない?」
ショーンは、オーランドの手を緩く掴んで自分から離させた。
オーランドの胸は、張り裂けそうに緊張した。
目が潤んでくるのを感じた。
ショーンの顔はなまじ整っているだけに、無表情になると近寄り難い感じだった。
ショーンは、随分年上だ。俳優としてのキャリアだってある。人気もある。ショーンに好意を抱く人は沢山いて、こんな告白は迷惑なだけだ。
ショーンは、オーランドから視線を外した。
そうされると、オーランドは、自分が最低な奴にでもなったような気がした。
わかっている。こんな告白は、正気の沙汰じゃない。
ショーンは、同性だ。
恋愛対象として、普通じゃない。
いつのまに、ショーンを好きになったのか、オーランドだってはっきりとは言うことができない。
でも、好きになってしまっていたのだ。
どうしょうもない。
オーランドは、もう一度腕を伸ばしかけて、勇気が出ずに、手は中に浮いた。
ショーンが自分を好ましく思っていてくれているのは、自惚れでなく感じていたが、こんな感情に付き合ってくれるほどかというと、それは、無理だと自覚していた。
だから、まだ、言うつもりなんてなかった。
もしかしたら、一生言わなかったかもしれない。
今日、ここに来なければ、一緒にならなければ、多分……いや、やはり言ったかもしれない。
しかし、充分にチャンスを伺わなければならなかった言葉は、今、口から飛び出してしまった。
言ってしまった言葉は元に戻すことが出来ない。
「ショーン、迷惑?」
腕を払われ、距離を取られたのが、胸に突き刺さっていた。
堪えようとしていたのに、目尻には涙が盛り上がってきていた。
唇を噛むのに、嗚咽がこみ上げる。
「ちょっと、待て。お前、泣いてるぞ。泣くほどのことなのか?」
オーランドは、顔を顰めて我慢しようとしたが、涙はぽろぽろと頬を流れていった。
「…緊張しすぎたみたい」
鼻を啜りながら言うと、ショーンは、ハンカチをオーランドに差し出した。
オーランドは、受け取り、鼻水が垂れないようにハンカチで抑えた。
いくらなんでも、格好悪すぎた。
「オーリ、人恋しくなってるんだろ?」
ショーンは、慰めるようにオーランドの隣にもう一度腰掛けた。
「そうだね。それもあると思うよ」
でも、まだ触れ合うような距離ではなかった。
ショーンは、ハンカチで鼻を抑えるオーランドの顔を見ないままに、話を続けた。
「いままでも、同性を好きになった?」
「それは、ない。これからは、わかんないけど」
「そう…だな。なぁ、憧れるってのとは、違うのか?」
「憧れてもいるよ。でも、憧れるだけなら、もっと簡単で済んでるんだよ」
「俺は、下手したら、お前の父親の年齢だぞ?」
「年の差カップルってのは、結構いると思う」
オーランドは、自分ではなんでもないつもりで返答をしていたのだが、また、涙が込み上げてきて、鼻を啜った。突然押し寄せた激情は、オーランド自身にもコントロールできなかった。
ずぶ濡れになって、嵐にもみくちゃにされているような気分だった。
涙が止まらない。
「…好き…なんだ。…好きなん…だってば!」
しゃくりあげながら、叩きつけるように告白した。
大きな自分の声に興奮した。
「ねぇ、ショーン!好きなんだってば!」
呼びかける声に、ショーンは、自分の膝に頭を埋めた。
オーランドは、背中に拒絶されているような気がした。
「わかんないんだって!…俺だって…わかんないの!…でも、ショーンの側に居たいし…好きだって……言って悪いか!!」
オーランドは、叫んでいた。
ショーンは、大きなため息をついた。
「逆キレするな。俺に冷静になって考える時間を与えるんだ」
今のオーランドに、冷静さは求めようもなかった。
オーランドは、自分の感情を抑えることが出来なかった。
零れてくる涙を拭いもせず、ショーンの手をつかんで、かき口説いた。
「ねぇ、付き合ってよ。いま、フリーだって言ってたよね。毎日、ヴィゴと遊んでるんでしょ?俺とも遊んでよ。ねぇ、俺のこと、好きって言って!」
ショーンは、緑の目を顰めて、涙でくちゃくちゃのオーランドを呆れた顔でみた。
「ねぇ、ショーン…」
「ヴィゴと遊ぶと、お前と遊ぶは同じ意味でいいのか?彼を好きだという重さで、お前のことを好きだといえば気が済むのか?」
冷静なショーンの言葉は、オーランドを変に刺激した。頭の奥が熱く痺れているようで、上手く考えを纏めることができない。我慢がきかない。
オーランドは、ショーンの腕を掴む力をもっと強くした。
「好きって言って!言えよ!ショーン!!……お願い、好きだって言って」
プリーズを繰り返し、オーランドは、ショーンの手に額を擦りつけた。
ショーンは、オーランドの頭を撫でて、髪に小さいキスを落した。
「なぁ、少し、落ち着け。怒鳴ったって、俺は、ウンとは言わないぞ」
オーランドは、何度も胸で息をして、こみ上げてくる感情を自分の中に押し返そうとした。
しゃくりあげが止まらないが、それも、大きく息を吸うことを繰り返して、落ち着けた。
荒く鼻から息を吸い込み、歯を食いしばって、泣き声を上げるのを堪えた。
「すごい汗だ。まるで、赤ん坊じゃないか」
ショーンは、興奮に赤くなったオーランドの顔を自分のTシャツでぬぐった。
オーランドは、倒れこむようにショーンの胸に縋り付いて、自分の息が落ち着くのを待った。
「…好きなんだ」
しゃくらないように話すのは、大変だった。
ショーンの鼓動は、落ち着いていた。
「ありがとうよ。かなりビックリしたけど、嬉しいよ」
ショーンは、ぽんぽんとオーランドの頭を叩いた。それから、早い呼吸を繰り返す、オーランドの背中を何度も摩った。
「もう少し、落ち着くまで黙ってろ」
ショーンの声は優しかった。いつもと変わらない。
二人とも、汗まみれだった。触れ合っている首筋なんて、汗が下っていた。
ショーンのTシャツは、汗と、オーランドの涙で、色が変わっていた。
「好き。ねぇダメ?ショーン」
背中の手は、大きくてオーランドを安心させた。
「せっかちだな、オーリ」
「今、教えてくれないと、俺、死んじゃうかもしれない」
オーランドは、ショーンのシャツと強く掴んだ。
ショーンは、笑った。
「滅茶苦茶だな。いっそ格好いいぞ」
「ねぇ、ダメ?俺と付き合って」
「…仕方のない奴…」
ショーンは、オーランドを自分の胸から引き剥がすと、オーランドの顔をじっと見た。
「本気か?」
オーランドは、ごくりと唾を飲み込んだ。
じっと緑の目を見詰め、大きく顎を引いた。
目一杯緊張した面持ちのオーランドに、ショーンの目の色が緩んだ。
「どんなことを考えて、付き合うって言ってるのか知らないけどな、もう、ダメだってところまでは、付き合ってやるよ。お前こそ、逃げ出すな」
「うそ?」
オーランドは驚いた。
ショーンは、オーランドの鼻を摘んだ。
「嘘でいいなら、それでいい。告白しただけで気がすんだんなら、これで終わりで構わない」
「本当に?本当に、俺と付き合ってくれる?」
オーランドは、慌ててショーンにしがみついた。
ショーンは、いつもと変わらない顔で笑って頷く。
「まず、ここで、お前の鬘を発見してからだけどな」
オーランドは、弾かれたように立ち上がった。
「すぐ、見つける。ハンプティ・ダンプティをすぐ見つける!」
ショーンは、眉を寄せてオーランドを見上げた。
立ち上がろうともせず、不信な顔をしてオーランドの瞳を見つめていた。
「そのことなんだけどな、オーリ。お前、冗談で言ってるのか?ハンプティ・ダンプティは、アリスにはでてこないんだ。あれは、マザーグース。アリスにでてくるのは、チャシャ猫の方だ」
オーランドの顔が一気に赤くなった。
「なんでもいいよ。とにかく見つける。女王さまのクリケット場なんてすぐ、見つける」
「この広い倉庫で…大変だぞ?」
ショーンは、棚上げになっていた問題を思い出したように、棚を見上げ力の抜けた顔をした。
オーランドは、背中に力が入るのを感じた。
「でもそうしないと、ショーン、付き合ってくれないんだろ?鬘がないと俺も困るし、ほら、ショーンも立ってよ。ぐずぐずしてると、夜になる!」
オーランドに引き摺られるように立たされ、ショーンは、口元に苦笑を浮かべた。
「まるで、時計を持ったウサギみたいに焦ってるな」
オーランドは、わざと、ショーンに顔を近付け、アリスちゃん早くと言うと、頬にキスをした。
「目も真っ赤で、ほんとにウサギみたいだろ」
アカンベーをするように下瞼を引っ張ったオーランドに、ショーンは笑って、ダンボールに手をかけた。
オーランドは、先の倍の速さでダンボールを引き出した。