道の途中
「ったく、信じられないよな。こんなことするなんて、どこにあるんだよ。まったくもう」
オーランドは、整頓させたとは、いい難い倉庫の中で、ため息を付いた。
撮影用の機材やら、小道具やら、はては、見上げるような大道具まで収められた倉庫は、大型ジェットでも仕舞いこめそうな広さがあった。
しかも、置かれている品は、大小あわせて、何千点にも及ぶ。
入り組んだスチール棚の迷路。突然現れる鎧の一群。グロテスクなマスクが放り込まれているダンボール箱。衣装になる前の色とりどりの布。
大袈裟に言わなくても、ここはおもちゃ箱をひっくり返したようなありさまだ。
それでも、ここに全てのものが収まっているわけではない。なんと、ここは小さい倉庫…らしいのだ。
道具類のなかでも、重要度の高いものは、各オフィスに近い倉庫にそれぞれ大事に保管されている。
ここにあるものは、BからCクラス、なくなっては困るが、代替が利くもの。つまり、管理が甘いもの達だ。そのせいで、ここは整然としていない。しかし、ある程度の法則上に、ここの配置が決まっているらしいことも、この1時間あまり汗を流したおかげでオーランドは理解できた。それが、更に、ため息をつかせた。
つまり、『めちゃくちゃにひっかきまわす』というわけにもいかない。
オーランドは、短くしている髪をかき混ぜ、いらいらと掻き毟った。
暑い。
倉庫の中に、空調が利いているのがせめてもの救いだった。
そうでなければ、だらだらと伝い落ちる汗で、更に苛つくことになる。工場用の大きなエアコンがフル稼働していても、手には汗が滲んでいる。
手に握っている紙に書かれた文字が滲む。
『宝の地図』と、書かれたばかばかしい紙面。
オーランドは、薄汚れた衣装をひっくり返しながら、目当てのものを探し続けた。
もう、いくつ空振りしたか、覚えていない。埃っぽい床の上にも這いつくばった。
棚と床の間に腕を入れて、破れている不気味なマスクも発見した。
誰かが忘れていったらしい、財布だって棚の上に見つけた。
それでも、オーランドの捜し求めている、金の鬘は出てこない。
「どこだよ。くそっ!」
これも何度目かわからない罵りを、オーランドは、吐き捨てた。
いっそ大声で呪いの言葉をエンドレスしたい。
Tシャツは胸に汗で胸に張り付いてしまったし、きっと顔は埃まみれだ。
優雅にきまったエルフの王子がしていい格好だとは到底思えない。
オーランドは、使用済みとおぼしき不気味な腕のシリコンパーツの箱をかき混ぜだ。
また空振りだ。
腹立たしさに、入っていた気持ちの悪い肌色を床に叩きつけ、足で踏みにじった。
「あーあ」
オーランドは、力尽きて、床に座り込んだ。
ため息を付いて、頭を抱え込む。
信じられない。本当に信じられない。
ちょっと、いたずらしただけだ。
小道具の中に、警察が使うような黄色いテープを発見して、ヴィゴの椅子をぐるぐる巻きにしたなんてほんとたいしたことない悪戯だ。
みんなで、他の椅子に座って、彼を座れなくしたのだって、些細なことだ。
周りがおもしろがって、次の現場にもそのままの椅子を運んだのはオーランドのせいではない。
その後、ヴィゴ・モーテンセン失踪事件、はたまた、殺人事件が囁かれたのだって、ジョークでしかない。
その、仕返しが、宝さがしなんて、なんて大人気ないのだと、言いたかった。
オーランドにとって、なくてはならないレゴラスの鬘を隠すなんて、常識ある人間なら絶対にしないことだ。
オーランドが探し出せなかったら、メイクルームを管理している者の責任だって問われかねない。
毎日付け替える耳とは訳が違うのだ。
確かに、長い髪が邪魔だとは言った。
しかし、鬘がなくなればいいのに、なんて考えたこともない。
いくら金色だとはいえ、鬘では宝物と、言い難いだろう。
鬘の捜索は、困難を極めた。
ヴィゴはおもしろいジョークのつもりだろうが、オーランドには笑えるような余裕はなかった。
隠すほうにとって、ここは、うってつけだっただろうが、探す立場では、広すぎる。
行き過ぎた悪戯を叱られることを覚悟して、スタッフに探すのを手伝ってもらうという考えが、またオーランドの脳裏を過ぎった。
探し始めてから、何度思いついたか分からない選択肢だ。
オーランドは、膝に顔を埋めてため息をついた。真っ白だったラバーシューズが埃まみれだ。
しばらく休憩しないことには、膝にだって力が入らない。
しかし、無事見つけ出した後、倍返しの悪戯をヴィゴに仕掛けようと心に決めているオーランドは、最低の礼儀として、人に迷惑をかけたくなかった。
遊びの範囲で済ませるつもりなら、それなりのルールがある。
例え、汗まみれになろうとも、そのなかの、何割かは冷や汗だったりしても、大雑把な宝の地図で、トレジャーハントを成功させなければならない。
オーランドは、自分の頬を軽く叩き、気合を入れると、笑っている膝に力を入れて立ち上がった。
どんなマジックで隠したのか知らないが、面倒がり屋のヴィゴが、発見できないような複雑な場所を探してまで鬘を隠すはずかない。
オーランドは、汗を拭いながら、大きなダンボール箱の蓋を開けた。
オーランドが、空振りの回数を数えることを止めようと思いながらも、無意識にカウントする自分に舌打ちをした時、近付いてくる足音が聞こえた。
足音は、近くなり、遠くなり、滅茶苦茶に乱立した棚の迷路で迷っている。
少なくとも、ここの場所を知った人間の歩き方のようには感じなかった。
ちらりと、ヴィゴがやってきたのかと考えたが、その考えは、すぐに捨てた。
あの、奇矯な芸術家なら、裸足でぴたぴたと歩くから、オーランドにも音でわかる。
足音は、芸術家のものとは、違っていた。タイルを踏む音は、オーランドと同じ、ゴムの靴を履いている。大きな音を立てる空調のため、足音で誰だと聞き分けることはできなかった。
そうでなくとも、ここにいるスタッフの数は、途方もなく、オーランドが顔を知らない者だって沢山いる。
下手をすると、スタッフだって、オーランドの顔をしらないかもしれない。
足音で、誰それだなんて、言うことが出来るはずはなかった。
オーランドは、ダンボールを引っ掻き回している自分が、倉庫荒らしだと引き立てられなければいいけど。などと、疲れ果てた頭で考えた。これ以上のトラブルは疲れた頭が拒否していた。
オーランドは、背丈の倍は積み上げられたダンボールを見上げた。
足音は、さ迷っている。
オーランドは、また、箱に頭を突っ込んで、中を漁った。
いくら探しても、鬘は見つからない。
金色のふさふさは、一本だってオーランドの目に入らない。
探し方を変えるべきなのかもしれない。オーランドはダンボール箱の中に転がり込みそうな頭を持ち上げながら、血の気が下がってまともな発想をしない頭で考えた。
40ウン才の親父の気持ちになって、いや、多分、10才にもならない悪戯坊主の気持ちになって、見つけたときに、発見者がせいぜい悔しがるようなところを探すべきなのだ。
それは、一体何処だ。
ヴィゴの悪口をエンドレスする暇に考えなくては。
オーランドは、ダンボール箱から顔を上げた。急に上げた頭に、足元がふらつく。
「畜生。覚えてろよ。ヴィゴ!」
やはり、頭が動いていない。言っても仕方がないとわかっているのに、罵りが、口から漏れる。
思ったより大きく響いた声に、ばたばたと足音が近付いた。
「オーリ?オーリ、いるか?どこにいるんだ?」
大きな声が倉庫に響いた。
張りのあるテノール。
舞台で鍛えてきた声だから、くぐもったところがない。
オーランドは、意外な人物の声を聞いて、驚きを隠せなかった。
「ショーン?ショーン、なんで、あんた?」
オーランドは、天上に向かって大きな声を張り上げた。
「何処にいるんだ?ここは、迷路だ。さっぱりオーリの位置がわからない」
「ショーンこそ、何処にいるんだよ」
二人は、大声で、お互いの位置を求めた。
天上が高いせいで、声は、はっきり届くのだが、様々なものに遮られて、相手の姿を見ることができない。
オーランドは、とりあえず箱の上で伸び上がってみたが、やはりショーンの金髪を見つけることはできない。
足音は、ただひたすら、さ迷っている。オーランドは、汗をぬぐって、目の前を遮る箱を眺めた。箱の番号は、E−65。これは、何か意味があるのか?
「ショーン?周りに何がある?」
「あー、これは、オークの鎧か?兜が山積みなってるところの側にいる」
ショーンの声は、かなり近くで聞こえた。全く姿が見えないのが不思議なくらいだ。
声の近さとさっきまでの探索で、オーランドには、ショーンの位置を正確に捉えることができた。
そこは、オーランドもさっき通った。
直線だと、3メートルもない。なのに、姿はちらりとも見えない。
「そこから、3つ分の棚を回ってくると、俺のところまで来られる」
オーランドは、放っておくと額に伝う汗を拭いながら、天上に向かって声を張り上げた。
オーランドの返事に、ショーンが足音をさせて移動を始める。
なんとなく焦っているような足音だ。
「なぁ、このダンボールの山はよじ登らないといけないのか?」
「ダンボールの山?」
大分遠くなった声が、情けないような風情で届いた。
「俺の背丈よりずっと高いダンボールの山だ」
ショーンは、反対方向に進んだようだ。声が反響して、ここの地理を理解していないショーンには、オーランドの位置が全くわからないのだろう。
「違う、ショーン、さっきの所まで戻って、逆に進んで」
急ぎ足が戻ってくる。
「この狭いところを?」
「そう。ぎりぎり通れるだろ?そこから、入って、今度は左」
「今度のダンボールは乗り越える?」
「ああ、そう。ごめん。俺が出しっぱなしにしたんだ」
大分近くなっている。
「今度は?」
「えっと、どっち向いてる?周りの床にオークの腕が落ちてない?落ちてる方に進んでよ」
右だ左だというのは、位置を把握していないショーンには危険だった。
散らかしてきて良かったと思う。思わぬところで、オークの腕が役立った。
「あー、わかった。落ちてる。こっちなわけだな」
オーランドの指示に従って進んできたショーンの影が、棚の隙間からちらりと見えた。
やっとだ。
続いてショーンの顔が僅かに見えた。
眉を寄せて、不安そうな顔をしていた。まだ、全くオーランドの位置がわからないみたいだ。確かに、ここは、乱雑に積み上げられたモノのせいで迷路だ。
「ショーン、こっち。見えるかな?ここにいるんだけど」
オーランドは、腕一本分程度の棚の隙間から、手を伸ばして、ショーンに向かって手を振った。
通り過ぎようとしていたショーンは、いきなり伸びてきた手にぎょっとしたように立ち止まった。
「ここ、この手、俺」
オーランドは、ひらひらと手を振った。ショーンが、その手を掴む。
汗まみれのオーランドの手と違い、ショーンの手は、さらりとしていた。
「びっくりした。オーリ。やっと会えた。お前の顔を見るためには、後、どのくらいさ迷えばいいんだ?」
立ち位置のせいで、ショーンの顔が見えなくなって、手の感触だけになった。
「あと、少し進むと、また細い道があるから、それをこっちに入って来てよ」
ショーンは、わずかにオーランドの手を強く握ると、先に進んで、そこで立ち止まった。
もう、全く姿が見えない。
音がしなくなった。
オーランドは耳をすました。
「ダイエットを強要させている気がするよ」
ショーンの声が思い切り困っていた。なんとなく笑えてくる。
「無理そう?」
「オーリが出てきてくれ。ここに入ったら、俺は二度とこの倉庫から出られない気がする」
オーランドは、散らかしたダンボールに適当に蓋をして、来た道を戻り始めた。
ショーンと自分を隔てる通路さえ通ってしまえば、このあたりは結構広い。
まぁ、突然飛び出している木材だとかをかいくぐる必要はあったりするが、オーランド一人通るのには、問題ない。オーランドは、するすると棚の間を通り抜け、ショーンの待つ細い通路へと戻っていった。
棚から押し出ている大きな箱に圧迫された狭い空間を難なく通り抜け、心配そうに見つめている金髪の俳優の前に立った。
確かに狭いが、ショーンにだって、通れないことはないような気がした。
自分で言うほど、ショーンの体格は、太くない。
「ハイ、ショーン。今日はどうしてここへ?」
オーランドは、疲れを隠して、にっこりと笑った。悪戯の仕返しで、へとへとなんて格好悪すぎだ。
オーランドが、狭い通路を無事に通り抜けても、まだ、ショーンは、緑色の目に心配そうな色を浮かべてオーランドを見ていた。とくに顔をじろじろと見ている。
オーランドは、自分の身なりを思い出し、頭を手で払い、顔をTシャツでぬぐった。
「そんなに酷い?」
Tシャツにべっとりと汗と、埃がつく。
「男前が台無しだ、酷いな」
ショーンは、オーランドの頬を優しく撫でた。
頬についてしまっている汚れを落そうとするように、滑らかな指が、何度もなぞっていく。
「ヴィゴも悪戯が過ぎる」
ショーンは、優しい顔で、オーランドを見つめた。すこしくすぐったくなるような視線だ。
「ヴィゴから聞いたの?」
オーランドは、無意識に首の後ろを掻きながら、ショーンの顔を見返した。
「と、いうか、聞き出したんだ。さっきまで、ずっとヴィゴの家に居たんだよ。読み合わせをしようと言う割に、そわそわしてるから、どうしたんだと言ったら、オーリの来るのが遅いと言って」
オーランドは、ショーンの指に感触に、うっとりと目を閉じた。汗まみれで、人に触られるのなんて、暑くて嫌なくらいだったが、指の感触は、そんな気持ちを凌駕していた。
「鬘は見つかったのか?見つかってないなら、一緒に探してやる。ヴィゴから、もう少しヒントを貰ってきたんだ。あいつときたら、絶対に自分でみつけさせろと、こんなヒントを出すのにも、さんざん渋るんだから、大人気ない」
ショーンは、すこし怒ったような声だ。
「ヴィゴらしいよね。でも、ショーンのおかげで助かったよ。もう、諦めてヴィゴに頭を下げるべきかと、ちょっと考えてたところだったんだ」
ショーンの表情が動いた。
撫でていた頬をやさしくつねる。でも、全然、痛くない。
「オーリ、それは、嘘だな。お前は、絶対に自分で見つけるつもりだったろ?一晩中掛かっても、見つけ出して、ヴィゴを悔しがらせる気だったはずだ」
オーランドは、小さく舌を出した。
「…ばれた?」
ショーンが肩を竦める。
「どのくらい探したんだ?」
「多分、2時間くらい」
「2時間分、たっぷり汚れてるよ」
オーランドはもう一度袖口で、顔をぬぐった。ハンサムを台無しにする大雑把な行動を、ショーンが目を細めて笑う。
オーランドも、ショーンの笑顔につられて笑った。気持ちが柔らかく緩んでいくのを感じた。倉庫の温度は変わらないのに、まるでエアコンがよく効くようになったみたいに気持ちがよかった。
「さて、ヒントなんだがね」
瞳にきらめきを取り戻したオーランドの顔を見て、ショーンは、申し訳なさそうに、金の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
言いにくそうに唇を舐める。
「The Queen‘s Crocquet−Groundなんだとさ」
ショーンは、もう一度、唇を舐めた。オーランドには、ショーンの言葉自体理解することが不能だった。
「は?なにそれ?」
「あー、ヴィゴがいうには、鬘は、女王さまのクリケット場にあると」
繰り返されても、まだ、わからない。
「なにそれ?なぞなぞ?」
「わからん。いくら聞いてもそれ以上口を割らなかったんだ。俺がここへ来ようとするのも最初はダメだと言っていたのを無理やり場所を聞き出した。それ以上は、決して教えなかったんだよ」
ショーンは、思い出すように鼻の頭に皺を寄せた。そうとうてこずった様子だ。
「ヒントがこんなんで悪いな。ここに来るまでの間も考えてきたけど、俺にもよくわからない。一緒に探してやるから、地道に探そう」
ショーンは、申し訳なさそうな顔で、オーランドを見つめた。
オーランドは、ヴィゴの見上げた大人気なさに、盛大なため息をついた。
そして、ショーンの人のよさにも、すこし呆れた。
付き合ってくれるのは、ありがたいのだが、キャリアのある俳優の休日の過ごし方として、宝捜しなんて最適じゃない。
「まぁ、こんな地図だけよりは、ずっと宝物に近付いた気がするよ」
オーランドは、ポケットにねじ込んでいた地図をひらひらとさせた。
ショーンは、オーランドが手に持っていた地図を見て、呆れた声を出した。
「それは、州地図?」
オーランドがひらひらと振るのは、市販の地図の切抜きだ。
「そう。ヴィゴってとっても親切だよね。ショーンが来てくれたおかげで、とりあえず、矢印の場所が、ここで間違いないってわかってほっとしてるとこだよ」
オーランドは、肩を竦めた。
「お礼を言っていい?ショーン」
オーランドが片頬だけを歪めるように笑うと、ショーンは、慰めるように肩を撫でた。
「お前、勘が良くって良かったな。これじゃ、このあたり10キロ半径は全て捜索範囲だ」
ショーンは、地図に書かれた大雑把な×ってんと、矢印に目を見開いた。
「濡れると大変だから、室内にしておいてやったというありがたいお言葉をいただいたからね」
「まったく…あいつは…」
ショーンは、労わるようにオーランドの頬を撫でた。
その感触に、オーランドは体中の力が抜けるのを感じた。安心したのかもしれない。
オーランドは、ショーンの体に凭れるように、身体を傾けた。
「すこし、疲れたよ。ショーン、探すのは、休憩してからでもいい?」
ショーンは、頷いて、オーランドの背中に腕を回した。
オーランドは、ショーンに寄りかかり、熱く感じる体温に頬を摺り寄せた。
人の体温を感じたいほど、ここは快適な空間ではないのだけれど、オーランドはしばらくこうしていたかった。
「ショーン、来てくれて嬉しいよ。無謀なハントに挑戦してるような気になりかけて、すこし淋しくなってたんだ」
「いや、もっと早く気付いて来られればよかったんだ。悪かったよ。一人で酷い目にあったな」
「ううん。俺が悪戯をしたせいだもん。来てくれただけで嬉しいって」
「んー。いや、あそこまでヴィゴが臍を曲げたのには、俺も原因があるし」
「椅子に座ったこと?」
「…」
ショーンは、返事をしなかった。肌を通じて、困惑がオーランドに伝わる。
「椅子は、皆で座ったじゃん。王様一人だけ座るところをなくしたのは、ショーンだけのせいじゃないって」
「あー…と、いうか。それもあるんだが…、ヴィゴ・モーテンセン失踪事件…あれを、言い出したのは俺なんだよ」
「失踪事件?」
ショーンは、申し訳なさそうに、言いにくそうにした。
オーランドは、不思議なことを聞いたような気がした。
「そう、殺人事件は、俺が言い出したわけじゃないけどな」
オーランドは、ショーンの肩から顔を上げた。
ショーンは、眉をよせ、予想通り困った顔をしていた。しかし、ショーンが困るような原因が、オーランドには思い当たらない。
「椅子に座れなくて、テープを外せと怒鳴ってヴィゴが森の中に消えただろ?あの後、まるで、ヴィゴの椅子だけ事件現場のようだなぁ…なんて思いついて、つい、そんなことをしゃべっちまったんだ。そしたら、次の日には、ヴィゴ・モーテンセン殺人事件に発展してて。椅子はあのままだし、話は大きくなるしで、どうしようかと思ってたんだ」
オーランドは、眉の寄ったショーンの顔を見つめてくすりと笑った。
「それは、全く、ショーンのせいじゃないと思うな。俺は、リジが、大袈裟に失踪事件の実況中継してるのを聞いたよ。みんなその位のことは、思いついて、それぞれしゃべってたって。王様が臍を曲げたのは、ショーンのせいじゃないよ。本当に人がいいんだから」
ショーンは、不思議そうに目を見開いた。
口を噤んで表情を崩さなければ、随分強面に見えるのに、実際、ものすごく気さくだ。おまけに、優しい。さらに付け加えるなら、シャイで、礼儀正しい。
ショーンは、恥かしそうに、瞼を何度も閉じた。
「発端は俺なんだから、やっぱり俺が悪いんだよ。皆が乗ってくれちゃうくらい、よく出来た悪戯だったということで、どう?」
「どうって?」
「ショーンのせいじゃないってことだよ」
「それでいいのか?」
「もちろん。でも、一緒に探してくれると、すっごく助かるんだけどね」
オーランドは、わざとショーンの服で顔をぬぐい、彼の服を汚すと、にやりと笑った。
「ほら、もう、汚れちゃったし、一緒に探してよ。一人ってのが淋しくなってたんだ」
ショーンは、仕方がなさそうに笑って、オーランドの頭を撫でた。
オーランドはやはり、空調の利きが良くなった気がした。こんなに近くに体温を感じているのにもっとショーンに近付きたい。
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