ブラ豆劇場 ─9─

 

「今晩のパーティに出席してくれるメンバーの募集を募ります」

撮影現場では、おかしな募集が掛かっていた。

主要キャスト相手に、スタッフが走り回っていた。

今晩は、市側が用意したパーティがあるということで、主役と監督が招かれていることは皆が知っていた。

そのため、他の者は、オフだ。

こんな急な要請に、簡単に首を振るものはいない。

『もっと沢山俳優の方に出席してもらうことはできませんか?こちらは、市長も、議員の先生も大勢いらっしゃるんですよ』

この市に、特別の配慮と協力をして貰っている立場の製作サイドは、最後の打ち合わせのために、電話を入れた市広報部からの横槍に、努力するという返事を返すしかなかった。

撮影に入る前の準備段階で、商工観光部を相手に、打ち合わせをしていた時はもっと気楽だった。

それが、俳優が現地入りし、間違いなく映画が出来上がると踏んだ市側が、窓口を広報部に変えると、市長の支配力が一気に強くなったか、まるで気分屋の女にでも振り回されているように、要求がくるくると変わった。

今晩のパーティのこともそうだ。

最初は、ブラッド・ピットが参加するということで、向こうは大喜びをしていたはずだった。

それが、当日になって、急遽参加の俳優を増やせと言う。

向こうにも、予定していなかった貴賓の参加があったのかもしれないが、そんなに簡単に、主要クラスのキャストを拘束するのは難しかった。

特に、女優は、衣装の関係もあり、殆ど望みを抱けない。

「俺、行ってもいいよ」

監督の要請もあり、とうとうブラッド自身が、一緒にいかないかと、キャスト仲間に声を掛け始めると、ショーンがにっこりと笑った。

「困ってるんだろう?」

なんで俺がと、憮然とした顔で参加者を募っていたブラッドの隣で、スタッフは拝まんばかりに、ショーンに頭を下げた。

「…ショーン?」

「一杯借りがあるからね」

ショーンは笑った。

その肩にひょっこりとオーランドの顔が乗った。

「ショーンも行くの?じゃ、俺も行こうかな。そんなにいつまでもいなくちゃならないってパーティってわけじゃないんだよね?その後、ショーンと飲みに行く時間くらいとれるんでしょ?」

ショーンは、肩に乗ったオーランドの頭を軽く叩いた。

「オーリ。勝手に決めるな。俺は、飲みになんか行かないぞ。つい、3日前に行ったばかりだろう」

「ブラッドとは、昨日も一緒に食事に行ってたよね?その前も、俺が誘ったら断った」

「向こうは奢り。お前は、俺が出してるだろうが」

ブラッドが見ている限り、二人は、ものすごく仲のいい兄弟のようだった。

特に、弟が懐いている。

ショーンの言葉にオーランドは口を尖らせた。

「じゃぁ、俺もブラッドに奢ってもらう。今日の飲み会。ブラッド主催で、それ目当てにパーティの参加者を募ろう」

オーランドは、すっかり目的の変わった募集をかけに、仲間の下に走っていった。

ショーンが肩を竦めた。

ブラッドは、自分抜きで決まった今夜の支払いに、苦笑するしかなかった。

 

「ショーン。で、実のところ、どんな理由で参加する気になったんだ?」

ブラッドは、走り去るオーランドの背中を目で追っていたショーンにぐいっと近づいた。

ショーンは、ブラッドを振り返り、にやりと笑った。

「やっぱり、バレてる?」

緑の目が、それはもう、嬉しそうに笑った。

「俺が困っているなんて程度の理由で、あんたが、七面倒くさいパーティになんか参加するとは思えない」

「いつも、いつも、ご馳走してもらってるから、感謝の意味をこめてだとか、思わないのか?」

「…そんな殊勝な玉か」

ブラッドは、笑うショーンの唇を横へと引っ張った。

「痛いよ。ブラッド。実はさ。ここを表敬訪問した、ほら、ミスなんとかっていう女の子がいただろう?あの子と少し話をしたんだけど、結構可愛かったから、きっと今日みたいな市の主催パーティなら、来てるだろうなと、思って」

ショーンは、楽しげに種明かしした。

20歳は、違うだろう娘相手に、そうやって楽しくなれる気持ちをもてるのは、すこしばかり尊敬してもいい。

ブラッドは呆れた顔でショーンを見た。

「じゃぁ、オーランドと、エリック辺りが、参加するだろうから、そのミスなんとかという女の子に近づかせないよう注意するんだな」

ブラッドが言うと、ショーンは、ブラッドこそ、絶対にパーティの最中、彼女に近づくなと言った。

 

「残念だったな。ショーン」

やはり、市主催のパーティは、それほど面白くなかった。

だが、ショーンのお目当ては参加していた。

結構な美人だ。

こうやって遠くて眺めていても、わかる。

「…うるさい」

ショーンは、オーランドやエリックを中央に押しやり、意気揚揚と彼女に近づこうとしていたが、残念ながら、自分のキャリアが邪魔をしてしまった。

ショーンのことも、挨拶を贈る名士たちが離さなかったのだ。

その間に、そういった気苦労の無い、ギャレット・ヘドランドがにこりと彼女に笑いかけた。

ブラッド演じるアキレスに似ているというパトロクロスを演じているのだ。

笑顔が通用しないわけが無い。

やっと名士たちを退けたショーンは、ブラッドと一緒に壁の花になっていた。

口がへの字に曲がっていた。

 

「ショーン。今晩、何が食べたい?」

ブラッドは機嫌を取るような、猫なで声を出した。

その一方で、義理を果たしたという顔を小出しにしながら、近づいて来ようとする町の名士という人物をショーンと自分から遠ざけていた。

「…酒」

やけになっているショーンは、もう営業は終わりだと言いたげに、にこりともして見せなかった。

なかなかの迫力だ。

この顔では、彼女だって近づいて来れない。

「わかった。好きなだけ飲めばいい。ちゃんと部屋まで送ってやるよ」

ショーンの代わりにブラッドがにやりと笑った。

ブラッドの作戦勝ちだった。

ギャレットを誘ったのは、ブラッドだった。

「…いい。部屋にはオーリに送ってもらう」

ショーンは、肩を抱こうとしたブラッドの腕からするりと抜け出した。

「また、ブラッドと散歩に行って、恥をかくのは嫌だからね」

いつかのことを言って、笑いながら逃げていくショーンを捕まえようと、ブラッドは手を伸ばした。

「ブラッド!それは、セクハラ!!」

手が、ショーンの腕を捕まえ損ね、たまたま、ショーンの尻を触っただけだった。

そこを、近づいて来ようとしていたオーランドが見ていた。

隣には、監督が一緒だった。

ショーンは、ブラッドをみて、にやりと笑った。

「ブラッド、セクハラだとさ。今晩は、あのうるさいのにずっと吠え付かれるぞ」

ブラッドは、タイミングを狙っていたに違いない監督に腕を引かれ、また、パーティの輪の中に戻された。

 

ブラッドは、ショーンの尻に触った手で、笑う二人組みに向かって地獄に落ちろとジェスチャーした。

 

 

END

 

 

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