ブラ豆劇場 ─8─
ブラッドは、熱い風の中で、眼を閉じていただけのつもりだった。
肩を揺さぶられ、自分が眠っていたことを知った。
見下ろす緑の眼が悪戯に笑っていた。
「お疲れ?」
ショーンは、いつの間にかブラッドの横に立ち、眼を細めるようにして笑っていた。
ブラッドは髪をかき上げ、そのまま汗で湿った頭を掻いた。
指先が、じっとりと濡れた。
「…暑いな…」
ブラッドが言うと、ショーンは、手近にあった書類でブラッドに風をそよいで寄越した。
だが、そんな風では、このマルタ島において、気休めにもならない。
風を送っているショーンだって、汗をかいていた。
ブラッドは、ショーンに向かって手を伸ばし、汗が伝い落ちている顎の下に触ろうとした。
ショーンがさり気なく、身を引いた。
「…残念」
ブラッドは、それほど残念そうではなく言って、もう一度眼を閉じた。
「結構いい夢をみていたんだ。もう少し寝かしておいて欲しかったな」
閉じる前に見たショーンの顔は、すこし気まずそうだった。
ブラッドは、気付いてない振りをして話しかけた。
「そうか?難しそうな顔をして眠ってたぞ」
ショーンは、自分の椅子を引き寄せ、ブラッドの隣に座り込んだ。
「もう直ぐ、呼び出しが掛かりそうなんだが、ブラッドはまだ寝るつもりなのか?」
知らない間に、ターフの下は、ブラッドとショーンの二人だけになっていた。
他の奴らは、撮影なのだろう。
ショーンは、一人取り残されて、つまらなくなったようだ。
「何をして遊ぼうっていうんだ?」
ブラッドは、椅子に凭れかかったまま、眼を開けなかった。
「別に遊ぼうなんて誘ってない」
ショーンは、ブラッドの様子を伺っているようだ。
「…雑誌は読み終わったのか?」
「なんだよ、ブラッド。俺と話をするのは嫌なのか?随分邪魔にするじゃないか」
ブラッドが全く眼を開けようとしないので、ショーンは、不機嫌な声を出した。
「だから、いい夢を見ていたと言っただろう?まだ、余韻が残っているんだ。もう少し味あわせろ」
ブラッドは、額から伝ってくる汗を拭いながら、ショーンに言った。
ショーンが、ブラッドの椅子を揺さぶった。
まるで子供だ。
がたがたと動く椅子に根負けして、とうとうブラッドは青い目を開いた。
「夢の中のあんたは、もう少し、いい奴だったんだがな」
苦笑するブラッドを、ショーンは不思議そうな眼をして見た。
「あんたに、セックスして欲しいってお願いされる夢をみていたんだ」
ブラッドは、衒い無くショーンに夢の内容を話した。
ショーンの反応を思うと、唇が自然と笑いの形になるのを感じた。
「それはまた、珍しい。あいにく俺は、お願いされることはあっても、お願いしたことは滅多にないな」
ショーンは、笑ってブラッドの攻撃をかわした。
なかなか手ごわい。
「嘘をつけ。あんたは、意外とそういうことにまめそうだ。その気がなくても、自然と口説いているんだろ。少し照れた笑いを浮かべてさ」
ブラッドは、ショーンにおいでと手招いた。
「ショーン。俺が見たショーンの話をしてやろうか?」
ショーンは、ブラッドに顔を寄せ、その状態であたりに視線を走らせた。
「ブラッド」
ショーンはにやりと笑った。
キスをするように顔を近づけ、じゃれかかるように、ブラッドの鼻を噛んだ。
「誘いたくなったら誘ってやる。だが、今じゃない。その時になったら、夢でみたことなんて、この程度かと思わせてやるから、心配するな」
ショーンは、実に楽しそうだ。
ブラッドは、呆れて、笑ってしまった。
「それはいつの話だ?」
ブラッドは、ショーンの汗に濡れた額を拭い、髪をかき上げてやった。
「後、何回、デートに誘ったら、部屋まで送るのを許す?」
ショーンは楽しげな眼をして、意地悪く笑った。
「さて、何回かな?ブラッドがお願いしてみたら?ブラッドだって、滅多にお願いなんてしたことないだろう?」
ブラッドは、ショーンを押し退け、開いたままにしていた台本を取った。
ブラッドたちを呼びに走ってこようとする人影が見えた。
「ショーン。俺からふっておいて悪いがね。遊びの時間は終わりみたいだ」
ブラッドは立ち上がった。
「ブラッドは、仕事となるとすぐモードが切り替わるな」
ショーンは、つまらなさそうに椅子から立ち上がった。
だが、ショーンだって切り替えが早い。そのまま歩いていこうとする。
ブラッドは、ショーンの手を引いて呼び止めた。
「セックスのお誘いは、まだ、断られそうだから、遠慮しておくけど、今晩の食事をお誘い申し上げるよ。どう?ショーン?一人でもいいし、他に何人か一緒でも構わない。一緒に食事をしよう」
ブラッドは、すこし遠慮がちに笑った。
こういう笑い方が、了解を貰うための、誘い水になることは、経験から学んでいた。
ショーンは、簡単に承諾した。
嬉しそうだ。
「地道に努力する俺を評価する?」
ブラッドは、おどけてショーンに言った。
「評価するとも。スタンプカードでも作ろうか?」
近づいてくるスタッフにショーンの声が小さくなっていた。
「全部押してもらえたら、どうなるんだ?…そんな手間隙かけたお願いなら、いっそ、ショーンに俺の作った映画に出てもらう方が、いいな」
しっかりとした演技のできる脇役は、映画を締める。
ブラッドにとって、その価値は、高かった。
「映画の話なら、小切手の額によるね。だが、違うお願いなら、スタンプカードで承諾しよう」
ブラッドは、思わず、笑ってしまった。
「どっちが高くつくのやら」
スタッフが、ブラッドたちのところまでたどり着いた。
やはり、スタンバイの知らせだった。
「じゃぁ、稼ぎにいこうか。ショーン?」
ブラッドは笑った。
ショーンは、笑いながら先に立って歩き出した。
END