ブラ豆劇場 ─7─
休憩で、椅子に座り込んだ、ショーンがペットボトルの水を手に取った。
自分で、気のすむまで飲むと、隣に座るブラッドに手渡す。
その水を、ブラッドが飲む。
ついでに、ショーンは、机の上に置いてあったクーラーボックスの中からチョコレートを取り出すと、一つ剥いて自分で食べ、もう一つを剥くと、ちょうどペットボトルから口を離したブラッドの口の中に押し込んだ。
「チョコは…」
「食っとけ。一番簡単に疲れが取れる」
ショーンは、自分の分を、もう一つ食べながら、ブラッドの持つペットボトルを取り戻し、もう一度飲んでいる。
先にターフの下で、休憩を取っていたトロイチームの面々は驚いた顔をして二人を見た。
急に、ショーンの椅子がブラッドの隣に移動した時も驚いていたが、今日の驚きは、皆を黙っておかせなかった。
前のは、ブラッドのわがままでそうなったのだと予想がついた。
だが、今日のは、ブラッドが動いているのではない。ショーンが、自分から、積極的にブラッドを構っているのだ。
ショーンは、自分の立場をわきまえることを知っていた。
ブラッドが椅子を動かし、お気に入りの表明を行っても、特に態度を変える事無く、ブラッドに接していた。
いきなり、隣に並び立ち、お気に入りの権利を見せつけるような真似は決して行わなかった。
「俺にもくれる?ショーン?」
エリックに肘でつつかれたオーランドは、ショーンに声をかけた。
ショーンは、オーランドにチョコを放って寄越す。
「あっ、じゃぁ、俺にも」
手を出したエリックには、少しだけ椅子から腰を上げたショーンが手を伸ばして、チョコを手渡した。
この態度が、ショーンだ。
いきなり人の口のものを押し込むようなことはしない。
オーランドが大口を開けて待っていたとしても。
エリックと、オーランドは顔を見合わせた。
「随分親しくなったんだ」
オーランドが口火を切った。
さり気なくショーンの椅子の真横に立った。
椅子の余っている部分へと無理やり腰を下ろす。
「自分の席に座れ。オーリ」
ショーンは、オーランドの体を押した。
オーランドは退かない。
「びっくりした。いつの間に、ショーンは、そんなにブラッドと仲良くなったの?」
ブラッドは、エリックまで会話に入り込む隙を伺っているのを見て、苦笑した。
ショーンが、ブラッドとの食べ物の共有に抵抗をなくしたのは、海老を食べに行ってからだ。
ショーンが、ブラッドの食べていたカシューナッツと海老の炒め物を食べたがった。
ブラッドは皿ごとショーンに押しやった。
ショーンがかわりに、自分の食べていたバニラソースの掛かった海老をフォークに突き刺し、ブラッドに差し出した。
それをブラッドが口にすると、もう、ショーンはブラッドに対して遠慮しなかった。
手で毟ったボイル海老をそのまま食えと言い、ブラッドが口に含んだ指をそのまま舐めた。
「ああ、そうか。ショーンは、子供がいるんだったか」
ブラッドは、ピーターと積み上げた皿の枚数を競っているショーンに言った。
「なに?それ嫌味?」
ショーンはにやりと笑った。
「いや、そういうわけじゃない。食べたり、食べさせたりそういうことに抵抗がないようだから」
「違うさ。まぁ、そういう部分があることは認めるが、今日のスポンサーにおいしいのを食わせてやろうと思ってね」
ショーンは、指で毟った海老の身を差し出す。
ブラッドは、ピーターをもてなす自分に対する特別待遇なのだと、ショーンの行動を理解した。
だが、違ったのだ。
「俺に、もう一個チョコを頂戴」
オーランドが口を開けてショーンに言った。
ショーンは、面倒くさそうにクーラーボックスの中に手を突っ込んだ。
2つ取り出し、一つをオーランドに、もう一つを、近づきつつあったエリックに手渡した。
「食べさせてよ。ショーン。ねぇ、俺にも。俺にも」
オーランドは、チョコの包みをショーンの手に戻した。
ショーンは、呆れた目をしてオーランドを見ると、そのままチョコをクーラーボックスに返してしまう。
「ひどいなぁ。ショーン」
「食いたかったら、自分で食え」
糖分の補給のため、チョコではなく、スポーツドリンクを手にしたブラッドに目を留めたショーンが、寄越せと手を伸ばす。
ブラッドは、笑って残り半分をショーンに手渡した。
目を見開いて、オーランドがショーンを見る。
エリックも、驚いた顔をした。
「何?」
ショーンは、二人を不思議そうに見ながらペットボトルを傾ける。
ブラッドの飲み残しが、ショーンの喉に消えていく。
ショーンはしたいことだけを選んでいるはずだった。
そうでないことはして欲しくないのだという、ブラッドの意思も伝えてあった。
ショーンは、ブラッドの隣の椅子に座る。
ブラッドと同じ食べ物を共有することを嫌わない。
ブラッドは、ショーンのために、ビールを取りに行くことにした。
そうすれば、皆を押し黙らせるショーンの笑顔がこの場を支配する。
ショーンに尽くすブラッドの立場を皆が理解する。
冷えたビールに嬉しそうに笑うショーンの顔から、ブラッドがいまだ、その立場から、一歩も外に出ていないことも、ついでに想像するだろう。
遠くに、エキストラたちに、号令をかけている監督の声が聞こえた。
撮影が再会されるまでには、まだ、当分掛かりそうだった。
END